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深夜一時。部屋の明かりをすべて消し、冷えたシーツの間に滑り込んでも、私の意識は刺すように冴え渡ったままだった。
遮光カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、天井に細い白線を引いている。
静まり返った部屋で、枕元に置かれたスマートフォンが、不意に微かな振動と共に、網膜を焼くような青白い光を放った。
画面に浮かび上がったのは、今日、幾度となく目に焼き付けられた、あの「支柱の裏で撮らされた二人だけの待ち受け」。そして、その上に重なる一人の名前。
『角名 倫太郎』
(……また。……また、かかってきた。……逃げられない)
喉の奥がカラカラに乾き、震える指先で通話ボタンをスライドさせる。
耳に押し当てた端末の向こう側から聞こえてくるのは、深夜の密室特有の、少し掠れた、毒を含んだように気だるげな呼吸音。
「……ねぇ、紬。……寝ようとしてた? 俺のこと、一秒も考えずに」
低く、重く、地を這うような響き。
昼間の体育館で見せる冷徹な「先輩」とは違う、どこか湿り気を帯びた、熱を孕んだ甘い声が、静まり返った私の部屋の隅々にまでドロリと溶け込んでいく。
「……あ、いえ。……少し、本を読んでました……っ。眠れなくて……っ」
「嘘。……君、今ベッドの中でしょ。……さっきから、布団が擦れる小さな音、全部聞こえてるんだけど。……俺のこと考えて、心臓バクバクさせてたんじゃないの? ……正直に言いなよ」
角名さんの、獲物の心音さえ聞き逃さないような鋭い観察眼は、電話線を通じても微塵も衰えてはいなかった。
私は思わず、彼の手がそこにあるかのような錯覚に陥り、布団を頭まで被って身を縮める。けれど、耳元でダイレクトに響く彼の声は、まるで隣で添い寝をしているかのように、生々しい質量を持って私の脳の髄を痺れさせていく。
「っ……、角名、さん……。もう、夜遅い、ですから……っ。明日も練習、あるし……っ」
「いいじゃん。……君の睡眠時間、今夜は俺が全部買い取ってあげる。……明日、授業中にどれだけ寝てもいいよ。……俺が休み時間ごとに、君の教室まで行って起こしてあげるから」
角名さんはクスクスと、低く喉を鳴らして不敵に笑うと、受話器の向こう側で、唇を端末に寄せるような、ねっとりとした微かな音をさせた。
「……ねぇ、紬。……部活が終わって家に帰ってから、誰かからLINE来た? ……さっき俺が校門でチェックした後にさ」
「……来てません。……角名さんに言われた通り、通知も、全部切ってますし……っ。誰とも、話してません……っ」
「……いい子。……でもさ、すげー不安なんだよね。……俺の見えないところで、君が他の男の言葉に触れてるんじゃないかって。……想像するだけで、ここ、すごい痛くなるんだけど。……君のせいだよ?」
彼は自分の胸の辺りを、わざとらしくトントンと叩くような音をさせた。
嫉妬。執着。狂おしいほどの独占欲。
それらが極限まで煮詰められた「毒」が、電波という名の不可視の鎖を通じて、私の心臓に直接注ぎ込まれていく。
「……寝落ちするまで、絶対切らないで。……君が眠りに落ちる時の、無防備で可愛い寝息。……俺以外の男には、一生、絶対に聞かせないでね。……分かった?」
角名さんの囁きは、子守唄にしてはあまりに毒が強く、あまりに抗いがたい甘美さに満ちていた。
十分、二十分……。時計の針が進む音さえ聞こえない静寂の中。
耳元で響き続ける、彼の規則正しい、どこか安らぎを覚えるほど深い呼吸音。
私は、自分がもはや夢の中の暗闇でさえ、彼の巨大な掌から逃げ出すことなんてできないのだと。
深い絶望と、それ以上に抗う術のない歪な幸福感の中で、ゆっくりと、深いまどろみの中へ引きずり込まれていった。
「……おやすみ、紬。……夢でも、俺に捕まっててね」