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凪川 彩絵
#独占欲
「ほう」
晴永は祖父を真っ直ぐに見据える。
「瑠璃香は、遊びの相手なんかじゃない」
その言葉に、清香の手が一瞬止まる。
だが盛晴はまるで意に介さない。
「若いうちはそう思うものだ」
静かな声だった。
「いずれ分かる」
晴永は小さく息を吐いた。
「……分かりませんね」
そして続ける。
「伴侶は自分で決めると言ったはずです」
盛晴はコーヒーカップを置いた。
「決めさせんと言ったはずだ」
静かな応酬だった。
晴永は一瞬だけ視線を落とす。
だがすぐに祖父を見据え直した。
「一つだけ言っておきます」
声は落ち着いていた。
「瑠璃香に手を出すようなことがあれば――」
わずかに間を置く。
「俺は、角実屋が相手でも黙っていません」
ダイニングがしんと静まり返る。
盛晴は数秒、晴永を見つめていた。
やがて、ふっと小さく笑う。
「威勢がいい」
それだけだった。
晴永はそれ以上何も言わなかった。
踵を返す。
「食事の邪魔をしました」
形式的な言葉だけを残して、ダイニングを出る。
背中に、盛晴の落ち着いた声が追ってくる。
「晴永」
足は止まらない。
「諦めろ」
その言葉を、晴永は聞こえないふりをした。
***
角宮家を出たあとも、晴永の胸の内に渦巻く苛立ちは少しも収まらなかった。
車のハンドルを握る手に、じわりと力がこもる。
信号待ちの間、フロントガラス越しに流れていく街並みを睨むように見つめた。
だが、目に入っているはずの景色は、ほとんど頭に入ってこない。
祖父の言葉。
母の沈黙。
そして、瑠璃香の名前をあまりにも軽く口にされたこと。
思い返すだけで、はらわたが煮え繰り返る。
(……ふざけるな)
自分の人生を勝手に決められようとしていることも腹立たしい。
だがそれ以上に耐え難かったのは、瑠璃香との関係を「遊び」だと決めつけられたことだった。
あの人たちは何も分かっていない。
瑠璃香の笑顔にどんなに癒されるか。
彼女の気遣いに、自分はもちろんのこと、周りがどれだけ助けられているか。
鈍感で酒癖が悪いところはあるが、基本的には真面目で、まっすぐで、放っておけないところがある可愛い女性だ。
「何も知らないくせに、勝手に決めつけて、否定してんじゃねぇよ」
やっと、瑠璃香と想いが通じ合ったというのに。
邪魔だけはしないで欲しい。
ハンドルを握る手に、無意識に力がこもる。
(……瑠璃香)
今すぐに彼女の顔を見て安心したい。
そうして無駄な雑音が入る前に、自分の口からこれから起こるであろう懸念をすべて話しておきたい。
晴永はハンドルを切った。
***
自宅の前に車を止め、足早に玄関へ向かう。
鍵を回し、扉を開ける。
「瑠璃香――」
呼びかける。
返事はなかった。
室内は、妙に静かだった。
リビングへ足を踏み入れると、すでに人の気配はなくて……乾燥棚に伏せられた洗浄済みの食器類が目に入る。
当然のように、テーブルの上も綺麗に片付いていた。
残しておいてくれるよう頼んでおいたはずの朝食も――ない。
代わりにメモ書きが残されていた。
晴永はわずかに眉を寄せてそれを手に取った。
コメント
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るりかちゃん、どこいったの?