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「……そうですね、まず、今日のことについて、結論から言えば、あの騒ぎを起こしたのは稲見組……というより高遠率いる一部の人間の仕業です」
「……!」
「あちらの動向を探らせていた者からの報告を受け、騒ぎが起こる前に向かったので何とかあの場は間に合いましたが……やはり、判断が甘かった……。高遠は我々が考えているよりも遥かに勢力をつけていて……高遠の意見に賛同する者も多くいる。その結果、捨て駒となる要員も多いから厄介だ……」
「…………」
「それに、貴方や希海は、私にとって弱点になり得る存在だと相手は勿論理解している」
「…………っ」
「だから敵はそこを突いた。貴方や希海を安全な場所へ囲い込めば今日のようなことにはならないが、そういう訳にはいかない。出来れば、普通の生活を送ってもらいたいから」
そう話す昴の横顔はどこか苦しげだった。
極道の世界に身を置いている以上、危険は避けられない。
それは前回の襲撃の一件で羽衣子も身をもって体験し、理解している。
それがあったからこそ、昴は皐月たちを護衛に付かせ、最大限危険から守る体制を整えていた。
それでも、やはり危険は避けられない。
羽衣子たちを一番に考えて行動している昴だからこそ、今回の件で自分の甘さに気づいてしまう。
「……本来なら、こうなる前に距離を取るべきだったのでしょう」
数秒の沈黙の後、小さく息を吐いた昴は自嘲するよう微かに笑った。
「やはり、周りの反対を押し切ってまで希海を引き取ることも、貴方と関わることも……しない方が良かったのかもしれません」
「え……」
突然の言葉に、羽衣子は戸惑ったように目を見開くけれど昴は視線を向けることなく、真っ直ぐ前を見据えたまま静かに続けた。
「私の行動で、貴方たちを危険に巻き込むと分かっていた。それでも――出来なかったんです」
一度言葉を切り、握り締めた拳に僅かに力が入る。
「大切な人たちが愛した希海を放っておくことも……いつも私や希海に優しく寄り添ってくれる貴方を放っておくことも、私には出来なかった」
「…………」
「貴方や希海が笑っていると嬉しくなるし、無事だと分かるだけで、心の底から安堵するんです」
低く落ち着いた声なのに、その言葉には隠し切れない感情が滲んでいた。
「だからこそ……今日のようなことがあるたび、自分の甘さを痛感する。貴方たちを守りたいと思っているのに、傍に置いているせいで危険から遠ざけられなくなるのだから……」
苦しげに眉を寄せる横顔を見つめながら、羽衣子は胸が締め付けられる。
「……でも、私は」
気付けば、羽衣子の口から掠れた声が零れていた。
「京極さんと出会ったこと、後悔してません」
「…………」
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「狙われていると分かって怖い思いはあります。でも、それ以上に……京極さんが危険から守ってくれてるって分かるから」
その言葉に、昴はようやくゆっくりと羽衣子へ視線を向けた。
静かな車内で視線がぶつかり合った瞬間、いつも冷静な昴の瞳が一瞬だけ揺れた気がした。
「……貴方は、本当に」
そこで言葉を止めた昴は、困ったように微かに笑う。
「どうしてそんな風に私の心を救ってくれるのか……貴方がいてくれて……良かったです、本当に」
その声はどこまでも優しく、愛おしさが滲んでいるように思えた。
互いの胸の内を少しだけ覗いてしまったような、不思議な静寂が車内を満たしていた。
そんな二人の間に流れる空気は先程までとは違い、互いの存在が少しだけ近く感じられる。
「……そろそろ帰りましょうか」
「はい」
昴のその言葉と共に車がゆっくりと走り出す。
二人を乗せた車は静かに進んで行き、後二十分程で自宅へ辿り着く頃、バックミラーへ視線を向けた昴の目が僅かに細められる。
一定の距離を保ったまま、一台の黒い車が後方を走っていたからだ。
始めは偶然かとも思ったが、何度か右左折してもついてくるし住宅街へ入っても離れない。
昴は表情を変えぬまま、さりげなく進路を変えた。
そこは明らかに遠回りになるルート。
どんなに迂回しても後ろの車は離れず、更にはサイドミラーの端に一台の大型バイクの姿が映った。
「…………」
昴の瞳が鋭くなり、これまで不安にさせまいと羽衣子には黙っていたものの隠しきれなくなる。
「吾妻さん」
「はい?」
「落ち着いて聞いてください」
突然掛けられた言葉に羽衣子の背筋が自然と伸び、
「後を尾けられています」
「……え?」
予想していなかった言葉に息を呑んだ。
「後ろの黒い車と、少し離れた位置にいるバイクです。今のところ接触してくる様子はありませんが、恐らくこちらを監視しています」
羽衣子は恐る恐るミラーへ視線を向けると、言われた通り車とバイクの姿が見えたことで、
(本当に……いる)
心臓が大きく跳ねていく。
怖いけれど取り乱したら迷惑をかけてしまうかもしれないと羽衣子は必死に平静を装った。
「……そう、ですか」
「そういう訳で、少し自宅からは離れますが、心配しなくても大丈夫です、今応援を呼びますから」
昴は短く答えるとハンドルを握ったままイヤホンを装着し、スマートフォンを操作するとどこかへ電話を掛けた。
「後を尾けられてる。現在○○通り付近を走行中。これから通りへ出るから至急応援を回してくれ」
そして通話を終えると、車は住宅街を抜けて大通りを走り続けた。
そんな中、ふと昴は視線を横へ向けて助手席に座る羽衣子を見る。
一見落ち着いているようにもみえたものの、膝の上で握り締められた手が微かに震えていた。
「……吾妻さん」
「え?」
次の瞬間、昴の左手が羽衣子の方へ伸びていくと、そっと包み込むように羽衣子の右手を握ると、前を見据えたまま静かに告げる。
「大丈夫です、必ず守りますから」
短い言葉だけど不思議な程安心出来た羽衣子の指先から少しずつ力が抜けていく。
手の温もりが羽衣子を安心させてくれているものの、襲撃の件や屋上での出来事が頭から離れない。
もし更に仲間が現れて強引に車を止められたら。
もし何か攻撃を仕掛けて来たら。
もし昴が傷ついたら。
考えたくない最悪の展開ばかりが次々と羽衣子の脳裏に浮かび、不安が胸を締め付ける。
安心したい、これ以上心配もかけたくない。
どうすれば心を強く持てるだろう――そう考えた時、羽衣子は屋上での出来事を思い出す。
あの時、助けに来てくれた昴に名前を呼ばれたあの瞬間、恐怖でいっぱいだったはずなのに不思議と胸が高鳴った。
怖かったはずなのに、それ以上に嬉しかった。
だから今も名前で呼んでもらえたら、きっと大丈夫だと思えた羽衣子は意を決して顔を上げる。
「……あの」
「はい?」
「京極さん、一つだけ……お願いがあるんです」
「何ですか?」
優しく返される声に羽衣子は、
「その……」
耳まで熱くなるのを感じながら、ポツリと口にした。
「……あの時みたいに……名前で呼んでほしい……です」
言った瞬間、恥ずかしさで胸がいっぱいになるけれど今更後には引けない羽衣子。
昴は一瞬だけ目を見開き、繋いだ手に僅かな力が込もると、何かを堪えるように静かに息を吐き、そして――
「……羽衣子」
低いけれど優しい声で名前を呼んだ。
その響きだけで、羽衣子の胸の奥は不思議な程温かくなる。
昴は握った手を離さぬまま、真っ直ぐ前を見据えて言った。
「お前のことは、例えどんな状況になっても俺が必ず守る。だから安心してくれ」
その言葉に、羽衣子の張り詰めていた不安が解けていき、
「……はい」
昴を信じ、全てを預けようと思えた羽衣子のその表情に一切の不安も迷いも無くなっていた。
コメント
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うわあ、第46話……! 昴さんの「距離を取るべきだった」って自嘲、めちゃくちゃ胸に来たわ。でも羽衣子が「後悔してない」って真っ直ぐ返すから、昴さんの「貴方がいてくれて良かった」が沁みた……。ラストの尾行で名前呼びのお願いとか、緊張感の中の甘さがたまらん。次どうなるか気になりすぎるわ🔥 昴さん、絶対守ってくれそうで信頼できる!