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「“抜かないで”――って。――どうして? もしかして、どこか痛むの?」
桔流の言葉を受け、その身を案じる花厳に、桔流はふるふると頭を振り、言った。
「――違います。そうじゃなくて……その……、――花厳さん……、――まだ、硬いから……」
「……え」
― Drop.013『 WhiteRum〈Ⅲ〉』―
「――い、いやいや。大丈夫大丈夫。すぐ治まるから。――だから、とりあえず抜くね」
己の昂ぶりが、未だ文字通り“昂ぶりのまま”である事を叱りつけながら、花厳は桔流を宥めた。
桔流はそれに、縋るように言う。
「な、なんでですか? ――花厳さん、俺じゃあ良くなかったですか……?」
切なそうにする桔流に、花厳は言う。
「まさか。――凄く良かったよ」
良くなかったわけがない。
花厳の昂ぶりが昂ぶったままである現状が、その事の何よりもの証明だ。
正直なところ、花厳は桔流を侮っていた。
普段から落ち着きがあり、クールとも云える桔流が、快楽に晒されると、こんなにも愛らしい一面を見せて来るようになるとは思わなかった。
だからこそ、できるだけ理性を保つように自身を律し続けたつもりだった。
だが、どんなに律しようとしても、桔流が見せてくる色香には歯が立たなかった。
それゆえ、桔流との交わりが“良くなかった”など、有り得ない。
むしろ、大大大満足――といったところである。
(俺だって、できるなら、このまま朝まで抱いてたい……。――でも)
「――君に無理をさせたくないんだよ。桔流君」
確かに、花厳は己の情欲に敗北し、桔流の色香にも屈した。
だが、だからといって、桔流が花厳にとってどのような存在であるかは、変わらない。
花厳にとって、桔流は、たとえ初夜を経たとしても、この世で一番大切にしたい人である事に変わりはない。
花厳はもう、桔流を心から愛しているのだから。
しかし、そんな花厳の心をよそに、桔流は未だ切なげな様子で言う。
「俺、無理なんてしてないです……」
花厳は、それに愛おしげに苦笑すると、桔流の頬を撫でて言った。
「気持ち的には無理をしていないかもしれないけど。――身体は辛いはずだよ。――結構しつこくしちゃったし……」
桔流は、そんな花厳に首を振る。
「身体も平気です……。どこも痛くないし、ずっと気持ち良かったから、辛くもないです。しつこくされたとも思ってないです。――もし、辛いとしたら、今の方が辛いです……」
すっかり元気をなくしてしまった桔流を案じつつ、花厳は優しく問う。
「“今の方が”? ――どういう事だい?」
桔流は、それに、目を伏せたまま紡ぐ。
「――俺のためにって言って、花厳さんが気が済むまでシてくれないのが辛いんです……。――俺はシてほしいのに……。――俺。花厳さんに……まだ近くに居てほしいです……」
「桔流君……」
(敵わないな……この子には……)
これまでとはまったくの別人になったかのような桔流に甘えられ、花厳は愛おしさで胸が詰まりそうになる。
(どうしてここまでの事を思えるのに、誰かを好きになれないんだろうね……君は……。――もしかして、本当はもう……、――………………。――いや、違うな)
その中、花厳は、そんな桔流に甘えられ、しばし勘違いしそうになった自分を律した。
(きっと、こっちが彼の本来の姿なんだ。――桔流君は多分、本来は、これくらい甘えられる子なんだ……。――でも、本来はそうだったとしても。――もしこれが、心を開いてくれた結果だとしたら、それは、素直に嬉しいな)
そして、そんな花厳が、桔流を想いながら思考を巡らせていると、桔流が花厳の名を呼んだ。
「花厳さん……」
花厳は、それに、理性が揺らぐのをはっきりと感じた。
そんな桔流は、またひとつ、花厳に甘く紡ぐ。
「花厳さん……お願い……」
まるで、桔流に名を呼ばれると――、桔流に懇願されると――、“桔流を甘やかす”という口実で、花厳が自身の理性を放る事を知っているかのように――。
だが、その誘惑をも振りきると、花厳はなんとか踏み止まり、言った。
「そんな顔をしないでくれ。桔流君。――酷くしたくないんだ」
桔流はそれに、納得がいかない様子で言った。
「“酷く”? ――俺。酷くなんてされてないですよ……?」
確かに、桔流は、“まだ”、酷くされたと感じていないかもしれない。
しかし、花厳は、自身の理性が、交わりの回数を重ねるごとに無力になってゆく事を自覚していた。
(こんな調子で、またもう一回なんて続けてたら、それこそ本当に酷くして、幻滅されるかもしれない)
花厳は、桔流の身体を満喫するために桔流との関わりをもっているのではない。
(俺は、この先もずっと桔流君のそばで、彼の事を見て居たい。――恋人である必要はないけれど、でも、幻滅されてしまったら、今の関係が終わるどころか、友人にすら戻れなくなる)
だからこそ、花厳は、今、己を誑かそうとしている欲望に抵抗したかった。
花厳は、胸の内を紡ぐ。
「いや、違うんだ。――今はまだ平気かもしれないけど……。――俺、何回かしてると頭空になっちゃうから。――そうなったら、本当に酷くしてしまうかもしれない。――そんな事で、君に幻滅されたくないんだ……」
すると、桔流は少し目を見開き、ふ、と微笑むと、花厳の頬に両の手を添え、
「――そういう事なら大丈夫ですよ。――俺、そんなにヤワじゃないんで。――それに、もし嫌だって言ってるのに聞いてくれなかったら、アレで殴って、目ぇ覚まさせてあげますよ」
と言って、ヘッドボードに置かれているスタンドライトを指さした。
そして、花厳がスタンドライトを一目したのを確認すると、
「――だから、俺はへーきです」
と言いながら、花厳の顔を自身に向き直らせた。
「――……桔流君」
しかし、桔流の言葉を経ても、花厳は頷く事ができなかった。
桔流は、そんな花厳の様子をしばし半目がちに見ると、パッと両手を離し、
「――はぁ……。――まぁ、でも、――どうしても嫌だったらいいですよ」
と口を尖らせた。
花厳は、そんな桔流の言葉に一旦目を逸らすと、しばし気まずそうに黙した。
すると、その様子を一目した桔流は、
「その代わり」
と言い、両手で花厳の両頬をぎゅっと挟みと、再びぐいと自身の方へ顔を向けさせて、言った。
「花厳さんが気が済むまでシてくれないの、俺 は す っ ご く 寂しくて辛いんで。――気が済むまでシてくれないんだったら、俺は今からトイレに篭って、“花厳さん、花厳さん”って泣きながら一人でするので。――終わるまで邪魔しないでくださいね」
「ええっ」
そんな桔流の発言に、花厳は思わず困惑する。
「ど、どういう脅し方なんだ……」
すると、桔流は、
「ふふ」
と笑うと、わざとらしく首を傾げて言った。
「花厳さんは、俺の事。一人でナかせたいんですか? ――今夜は、花厳さんが、ナかせてくれるんだと思ってたんですけど」
花厳は、その含みのある言い回しに、ひとつ苦笑した。
そんな花厳に、桔流は続ける。
「ねぇ、花厳さん。――花厳さんは、俺の事。何も分かってないです。――俺、花厳さんが思ってるほどか弱くないし、花厳さんが思ってるほどキレーな人じゃないし、キレーな恋愛経験も、性経験もしてないです。――むしろ、恋愛やめただけで、性に関しては結構奔放な方なんです。――だから、花厳さんみたいな優しい人に一晩中激しく抱かれたくらいで幻滅なんて、どう頑張ってもできないんですよ」
「桔流君……」
それに、未だ苦笑したままの花厳が言うと、桔流は微笑み、紡ぎ続ける。
「それに、花厳さん。――俺、言ったじゃないですか。――相手の気持ちも聞かないで、相手がお願いすらしてないのに、勝手に我慢しちゃ駄目ですよって。――だから……、――……ね。花厳さん」
そして、最後に艶を帯びた声色で花厳の名を呼ぶと、桔流はそっと花厳に腰を押し付ける。
それにより、未だ桔流の中で中途半端に待たされていた花厳の昂ぶりが、再び根元まで桔流の中に納まった。
不意に与えられた刺激と、眼前の艶めかしい光景に、思わず花厳は、一瞬だけ瞳の色を変え、桔流の双眸を射た。
桔流は、その雄の瞳に射られ、身体の芯が疼き、脳が痺れるのを感じた。
だが、花厳はすぐにその色を引かせ、いつものように苦笑すると、
「はぁ。――分かったよ……。俺の負け……。――無駄なカッコつけは止めて、自分の欲望に従う事にするよ……」
と、降参の意を示した。
桔流はそれに笑うと、嬉しそうに言った。
「ふふ。はい。――そうしてください」
そして、改めて見れば、あられもない姿のままである桔流の頬に手を添えると、花厳は言う。
「桔流君。――俺は、君を大切にしたい。――だから、傷つけたくないし、無理もさせたくないんだ。――これが、俺の正直な気持ち。――だから、俺が君の気持ちを尋いた時は、君もどうか、我慢せず、正直な気持ちを教えてほしいんだ。――お願い、できるかな」
桔流は、そんな花厳にひとつ口付けると、
「はい。――ちゃんと、正直に答えます」
と言って、微笑んだ。
花厳は、それにまたひとつ苦笑すると、
「うん。――無理をさせたらごめんね」
と言い、桔流の頬を愛おしげに撫でた。
そんな花厳に、桔流は、
「大丈夫ですよ」
と言い、微かに唇を寄せると、花厳の唇を強請った。
花厳は、それにふ、と笑むと、その後ろ髪を撫でながら桔流をそっと引き寄せた。
その晩。
幾度目かも分からぬ口付けで蕩け合い、煽り上げた熱で、互いを再び溶かし合い始めた二人は、その後も、互いが満たされるまで、幾度となく求め合った。
💎
初夜にしては濃厚すぎる一夜を経た翌朝。
普段の起床時刻よりもやや遅めに目を覚ました桔流は、開眼早々の眼前で、俳優らしい顔立ちの男の微笑みが展開されたため、しばし目を細め、眉間に皺を寄せた。
「おはよう」
そんな男は、次に桔流の聴覚を翻弄した。
どうやら、桔流よりも早く目を覚まして以降、その男――花厳は、しばらく桔流の寝顔を堪能していたらしい。
桔流は、その花厳からの眩しい挨拶に、
(ドラマかよ……)
と思いながら、ゆるりと挨拶を返す。
「ん……。――おはよう……ございます」
そして、暖かな布団と花厳の体温の心地よさに、思わず枕元に顔を埋めた。
その中、脳が覚醒してきたせいか、交わった翌朝特有の気怠さをじわりと感じ始めた桔流は、
(うわ……。この感じ久々……。――今日、すぐ起きんの無理かも……)
と、久々の感覚に懐かしさを感じていた。
しかし、対する花厳はというと――、平然とした顔で愛おしそうに桔流の髪を撫で、桔流の様子を眺めているだけで、文字通り、平然としていた。
その様子から、ひとつの仮説が立ったため、桔流は、花厳の名を呼ぶ。
「花厳さん」
花厳はそれに、笑顔のまま首を傾げるようにして応じた。
「ん?」
桔流は問う。
「あの、もしかしてなんですけど。――昨日、やっぱり、最後まで加減してました?」
「えっ」
(してたのか……)
たちまち戸惑いを見せた花厳に、桔流は半目がちに思った。
花厳は、眉尻を下げながら微笑み、紡ぐ。
「いや、……してない――」
「してたんですね……」
そんな花厳の取り繕いを、桔流は断ち切る。
すると、花厳は、苦笑しながら言った。
「い、いやぁ。ほら。やっぱり最初だからね。――でも、少しだけだよ? ――俺も、しっかり加減できるほどの余裕はなかったし」
「“少し”……? ――本当に“少しですか?」
「う、うんうん」
「そうですか……」
(――嘘だな)
そして、その一通りのやりとりで、やはり花厳は大いに加減していたらしい事を確信した桔流は、小さく溜め息を吐いた。
(――でも。――かなり加減してアレって事は……)
そうなのである。
桔流は、昨晩。
大いに加減していたらしい花厳に、“起床しても当分は起き上がれなくなるほどに”は、可愛がられた。
(つまり、花厳さんがガチで理性きかなくなったら……もっとスゴいって事か……)
そんな桔流は、ひとつ思うと、ふと、花厳を見やる。
すると、花厳はまた微笑んで首を傾げる。
桔流は、その微笑みを見つめ返すと、心躍る感覚を胸に、思った。
(理性とんだ花厳さん……見たい……)
そして、未だ微笑む花厳に邪な欲望を抱いた桔流は、花厳に言う。
「花厳さん」
「ん?」
「花厳さんって、――どうしたら理性なくなりますか?」
「………………え?」
濃厚すぎる初夜を経た翌朝。
愛する桔流からの予想だにしない問いに、なぜだかしばしの悪寒を感じた花厳は――、今後、己の理性をできる限り鍛えてゆこうと誓った。
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