遊園地の約束をした翌週、祐杏の体調は少しずつ、確実に悪化していった。
朝起きた時のめまい。
歩くだけで息が切れる日も増えてきた。
それでも、笑都と会う日は、できるだけ元気なふりをした。
「もうすぐ全部終わる」ってことを、彼女にだけは絶対に感じさせたくなかった。
***
「祐杏裙、最近顔色悪くない?」
昼休み、屋上でパンを分け合っていた時、笑都が言った。
彼女の声には、かすかな不安が滲んでいた。
「寝不足。最近ちょっと忙しくてさ」
軽く笑ってごまかす。
笑都はそれ以上何も言わなかったけど、明らかに見ていた。
祐杏の嘘も、その沈黙も。
「…倒れないでね」
ぽつりと呟いたその一言が、妙に心に残った。
***
遊園地に行った日は、快晴だった。
青空の下、笑都はカチューシャをつけて、いつもより少しだけはしゃいでいた。
「観覧車、乗ろっか」
「お、おう」
祐杏は少しだけ動悸を感じていた。
でも笑都の笑顔を見て、それ以上何も言えなかった。
観覧車の中。
静かに昇っていく空間。
小さな窓の外に、街の景色が広がる。
「祐杏裙、無理してない?」
笑都が、突然そう言った。
「…してねぇよ」
「ほんとに?」
「お前が楽しそうだから、来たんだろ」
祐杏は、ふっと息をついた。
この言葉だけは、嘘じゃなかった。
「わたしね」
笑都がぽつりと呟く。
「小さい頃に、病気したの」
祐杏の目が一瞬、揺れる。
「もう治ったけど、ずっと“死ぬかも”って思いながら生きてきたから…わかるんだ、そういう顔」
祐杏は何も言えなかった。
笑都の横顔は、笑っていたけど、目はまっすぐだった。
「だから、無理しないで。わたし、怒らないから」
その優しさが、胸に刺さる。
「…あと、1ヶ月なんだ」
自分でも、驚くほどすんなり口から出た。
笑都は、何も言わずに祐杏を見つめていた。
「医者に言われた。“残された時間を、どう生きるか考えてください”って。笑うよな、そんなの」
「…笑わないよ」
笑都が、そっと祐杏の手を取った。
その手は細くて、でもしっかりと温かかった。
「残りの時間、わたしにちょうだい」
「…え」
「祐杏裙がいなくなるその日まで、ずっと一緒にいたい。だから、わたしの時間、全部あげる。分け合お?」
言葉が、出なかった。
喉が詰まって、何も言えなかった。
ただ、彼女の言葉がまっすぐに胸に届いて、祐杏は顔を背けた。
涙なんて見せたくなかった。
でも、頬に落ちたものは、確かに祐杏のものだった。
「お前、ずるいよ」
「うん、祐杏裙の次にね」
観覧車が、一番上までたどり着いた。
その瞬間、祐杏は思った。
――神様、あと一日でいいから、この時間を延ばして。
それが祐杏の初めての“祈り”だった。
𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡20
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