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誰の目も見たくなかった。でも、見られているとわかっていた。
教室の隅で、鞄を握りしめたまま、背を向けて座っている。
耳の奥で、蓮司の笑い声が、鈍い金属音のように響いている。
日下部の視線も、確かに感じる。けれど、見返せない。いや──見てしまったら、終わる。
「“欲しがる”ことは、加害になるんだよ」
昔、玲央菜に言われた言葉が、また頭に浮かぶ。
彼女の目は笑っていた。けれど、冷たかった。
弟として、同じ年の“異物”として、遥は最初からそこにいてはいけなかった。
何かを求めるたび、何かを壊した。
父の目線も、義母の掌も、兄の拳も、全部が遥の「存在」によって歪んでいった。
“俺が壊した”──そう思っていた。
今でも思っている。
蓮司に身体を与えるたび、自分が“使い物になる”気がした。
“役割”があれば、存在していいと錯覚できる。
だから、痛みも声も、すべて与えるようにしてきた。
無表情で、淡々と。
でも──それを、
日下部にだけは見られたくなかった。
あいつだけには、“こんな自分”を知られたくなかった。
見られたら、また壊す。
あいつの目の中にある“信じたい何か”を、俺が踏みにじる。
「優しさは、罰になる」
「好き、なんて言葉は、拷問だ」
──そう信じ込んで生きてきた。
「助けて」なんて、
「触って」なんて、
「ここにいて」なんて。
言った瞬間、全部が壊れる。
欲した側が、壊す側なんだ。
だけど、日下部の手が、
なにかを壊さずに触れてくれそうな気がした。
そう思ってしまった瞬間、もうダメだった。
“欲しくなった”
“あの手が、欲しいと思った”
“抱かれたいと──思った”
──地獄だった。
欲した自分を、許せなかった。
“壊される”より、“壊す”ほうが怖かった。
「……俺が、あいつを壊す……」
「あの優しさを、俺が……」
目の前が歪む。
手が震える。
耳鳴りが止まらない。
それでも、立ち上がることはできなかった。
何を選んでも、傷つける。
何を言っても、壊す。
それが、俺という存在の本質だった。