「う〜」
 このままずっとお風呂にいたら、私、溶けてなくなるか、頭がふわふわして蒸発してしまうか……はたまた上せて倒れてしまうかのどれかになってしまうかな?と思う。
 「あ〜、でもでもっ」
 このマンションのお風呂場についている鏡は、とっても大きい。
そして、防湿加工でもされているのかな。
 どんなに湯気が立ち込めていても、滅多に曇ったりしないの。
 だから少し後ろに下がって立てば、もくもくと湯気の立ち昇るお風呂場にいても、自分の姿――もちろん裸!――が否応なく目に入ってしまう。
 私は洗い終えた身体が鏡に映ったのを見て、自分の愚かな選択を思いっきり後悔しています!
 
 「あーん! こんなんじゃお風呂から出られないよぅ」
 別にムダ毛がどうこう言ってるわけじゃないの。
 いや、それも大事だけど、私もともと体毛は薄めだし、言っちゃうとほとんど無毛に近い。
 胸が陥没乳首なのは今更後悔するポイントじゃないし……じゃあ何にショックを受けているのかというと――。
 
 ***
 
 「春凪、お風呂で倒れたりしていませんか?」
 コンコン、と脱衣所の外からノックがあって、宗親さんの心配そうな声がかかる。
 ここでお返事をしなかったらドアをこじ開けられて、乗り込まれてしまうかもしれない。
 そう思った私は、声を張り上げて答えた。
 「だっ、大丈夫ですっ。倒れてません! 元気ハツラツです!」
 オロナミ●Cのキャッチコピーか!と突っ込まれそうなセリフを叫んでいることにも気付けない程度には私、テンパってます
 「でも……もう春凪がお風呂に入ってから三十分以上が経ちましたよ? いい加減出てこないとふやけるでしょう」
 「ずっとお湯の中に浸かってるわけじゃないから大丈夫ですぅ〜! ちゃんと陸地にいます!」
 洗い場のことを陸地と言ってしまって、しまったと思ったけれど今更訂正するのもおかしいので、しれっとそのままにした。
 でも正直宗親さんのご指摘通り、指先がシナシナになってきている。
 「――もう五分だけ待ちます。それまでに上がってこないようでしたら、扉、蹴破りますね?」
 ややして、私と問答をしていても埒があかないと思われてしまったのかな。
 宗親さんが、穏やかな声音で穏やかじゃない言葉を投げ掛けていらした。
 
 私は鏡に映る自分の姿に泣きそうになりながら、とりあえずこの状態で乗り込んで来られるよりは、とお風呂場からは出る覚悟を決めた。
 
 ***
 
 パジャマを着て脱衣所のドアを開けると、デジャブでしょうか。
 宗親さんが廊下で私の出待ちをしていらした。
 いや、入籍日のリベンジだし、そうなるといいなと思って宗親さんに先にお風呂に入ってもらったんだけど――。
 でも、今はお風呂に入る前とは事態が変わってしまったの。
戦況は時事刻々と変化するものなのですよ、宗親さんっ!
 なんてことを思いながらススッと宗親さんから距離を取るようにピッタリ壁に背中をくっ付けたら、ギュッと手を握られてしまった。
 ああっ! これもっあの日の再現ですね。
 わかります、わかります。
 でもっ。
 
 「あ、あのっ、宗親さんっ。どうしても今日じゃないとダメですか?」
 この期に及んでまたしてもそんなことを言い出した私に、宗親さんが「今朝約束しましたよね? 『夜に続きをしましょう』って」って。
 ……そうですよねぇぇぇぇ。
 「で、でも私っ。実は本日、身体の方に重大な問題が起こりましてっ。もし今日でしたら……そのっ、む、胸だけじゃなく上半身は満遍なくお見せ出来ない感じになっちゃうんですが……よろしいですか?」
 ソワソワと視線をそらしながら問いかけたら、宗親さんが私の顔をじっと覗き込んできて。
 「春凪がバカみたいに食べるからですよ」
 って、全てお見通しみたいにクスクス笑うの。
 宗親さんがチラッと私のお腹の辺りに視線を流されたのを感じて、
 「みっ、見ないでくださいっ! ポンポコリンなんですっ!」
 私は慌てて掴まれていないもう一方の手でパジャマをビッとダボつかせるように引っ張った。
 「わっ、分かっていらっしゃるんなら話が早いですっ! そ、そういうわけですのでっ。下だけしか脱げませんが……それでも今日決行なさ――、ひゃぁ!」
 「決行なさいますか?」と言い終えるか終えないかのうちに、私は宗親さんに、横抱きに抱き上げられてしまっていた。
 「春凪のお腹がお寿司の食べ過ぎでポンポコリンでも、僕は一向に気にしません。――キミは三十分以上も風呂場でそんなことを悩んでいたの?」
 きゃー、宗親さん、わざわざ〝ポンポコリン〟復唱しないでぇぇぇっ!
 
 ***
 
 私の心の叫びなんてどこ吹く風。
 宗親さんはたらふくお寿司を食べていつもより数パーセントは重みが増しているであろう私を軽々と抱き上げたまま、ズンズン廊下を進んで行く。
 「あ、あのっ、宗親さんっ。じ、自分で歩けますのでっ」
 宗親さんってば何だか物凄いスピードで進んで行くから、まるで絶叫マシーンに乗っている気分です!
 いや、実際にはそこまで速くないのは分かっているけれど、大好きな宗親さんに抱き上げられているという事実が、私の心臓を無駄に踊らせているの。
 それが宗親さんに対するときめきなのか、スピードに対する恐怖心なのか、はたまたポンポコリンを見られてしまうことへの羞恥心なのか、最早訳が分からないことになっていますっ!
 
 「却下です。春凪の歩みに任せていたら、また何だかんだ言い訳して牛歩みたいになりそうですから。――それに」
 そこで私を冷ややかな目でチラリと見下ろしてから、
 「せっかく外食にして片付け時間をなくして……店だって調理のための待ち時間がない回転寿司を選んだのに……。春凪。風呂であんなにタイムロスするとか有り得ないんですけど……?」
 わ〜。
むっ、宗親さんっ。もしかしてお待たせしすぎてお冠ですかっ?
 私は宗親さんの吐息まじりの抗議に、彼の腕の中でシュン、と小さく縮こまる。
 でも、でも……。
そんなことおっしゃるなんて……宗親さんってばまるで――。
 「……宗親さん、そんなに私と、早くその……そういうことになりたかった、の、かな?……なんて自惚れてしまいそうです、よ?」
 叱られてしまうのを覚悟でしどろもどろにそう言ったと同時、「ずっとそう申し上げているつもりなんですけどね?」という宗親さんの吐息まじりの声音とともに、私の身体はふかふかのベッドの上に降ろされた。
 (ひょっとして、寝室の扉、開け放たれたままだった?)
 宗親さんは私を両腕で抱え上げていらしたはず。
足で扉を開ける素振りも、私を抱いたままぎこちなく扉を開けた雰囲気もなかった!
 まるで最初から、私を抱き上げて両手が塞がった状態でここへ来ることが想定されていたみたいだよ?と気が付いて、私はにわかに恥ずかしくなる。
 もしその推理が正しければ、いまこの部屋の明かりが恥ずかしいくらいに何もかも見通せるぐらいの明度で煌々と付けられているのも、宗親さんの計算のうちな気がしてしまう。
 (もしかして……ううん、もしかしなくても宗親さん。本当の本当に私とエッチしたくてたまらない、とか思ってくださってる、の……?)
 明るすぎるシーリングライトに目をしばしばさせながら見上げたら、
 「僕は前に一度、キミからお預けを食らわされています。仕返しに今朝、春凪の身体にわざと触れて、キミにも悶々とした一日を過ごしてもらえるよう仕掛けたつもりですが……今日一日、春凪は僕とのこと、想像したりしなかったんですか?」
 言いながら着ていらした上を勢いよく脱いで、早くも上半身裸になられた宗親さんに、私はどうしようもなく戸惑ってしまう。
 何これ何これ何これっ!?
聞いてないですよぅ!?
こんな齧り付きの席で(実際には組み敷かれているだけですけど)、極上のストリップショーが見られるなんてっ!
 口では「きゃーっ、宗親さん、いっ、いきなり何をっ!」とかもっともらしいことを言って顔を手で覆ったりしながらも、しっかり指の隙間から堪能させて頂いてます!
 有難うございます!
 
 
 「――ねぇ、さっきの質問の答えを聞かせて? 春凪」
 それで私、聞き逃してしまっていたの。
宗親さんからの問いかけを。
 「え、えっと、あの……」
 顔を隠したまま宗親さんの先のセリフを思い出して……。
 「――っ!!」
 私は今度こそ真っ赤になった。
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