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「始?どうした。こんなところに呼び出して」
もう暗くなった海は、お台場のビルの光を浴びてキラキラしていた。
電灯のあまりないベンチの人影を見て、芳也は声を掛けた。
「始?」
一歩一歩近づいて、芳也は足を止めた。
「兄貴……」
そっと立ち上がった人を見て、芳也は呆然と立ち尽くした。
「兄貴……なんで……」
まっすぐと芳也を見据える健斗に、耐え切れず芳也が頭を下げた。
「本当に……」
そう言ったところで、グイっとスーツの襟元を握られたことに気づいて、芳也は顔を上げた。
「……っつ!!」
ガンと言う衝撃と、痛みが芳也の頬にはしり、そのまま後ろへと倒された。
殴られたその頬を、芳也は手で押さえてぼう然として健斗を見上げた。
「これで終わりだ」
静かに上から掛けられた言葉に芳也は「え?」とだけ声を出した。
そっと健斗から差し出された手を芳也は取っていいものか悩み、一瞬出した手を戻した。
「おい!芳也!」
そう言うと、健斗は強引に腕を取り芳也を立たせた。
「悪かったな」
健斗の言葉に、芳也は訳もわからず言葉を発することができなかった。
「10年前もお前に、こうやってぶつかればよかったな。そうすればこんなにお前を苦しませなかったのかもしれないな」
柔らかく笑った健斗は更に続けた。
「これで、お前に対する気持ちはもう終わりだ。俺はもう何も思ってない。まあ、ずっと俺はもうお前の事は許していたんだけどな」
「兄貴……」
「お前の辛い気持ちを、俺もまだガキだったからわかってやれなかった。許せなくて、お前を避けるようにアメリカに逃げた事、ずっと後悔してたよ」
「でも……」
俯く芳也に、健斗は「大丈夫だ」そう言うと、チラリと後ろを向いた。
「小百合さん……」
そこに立っている人を見て、また芳也は立ち尽くした。
「小百合……」
「うん」
そう言ってまっすぐと歩いてくる小百合は昔の面影はあるものの、凛とした大人の女性だった。
昔よりきれいになって、自信にあふれた女性だった。真っすぐに見つめる瞳は何も変わらず、キレイな黒髪が海風になびいていた。
「反対にしてやれよ」
健斗の言葉に、芳也は何のことかわからず、小百合を見た。
バシッ!
小百合の平手が芳也の頬をぶった。
頬を押さえて唖然とした表情で、芳也は小百合を見た。
「あの時、芳也君が健斗を傷つける為だけに私に近づいたこと、それは本当にショックだった。でも私が姿を消したのは芳也君のせいじゃないのよ。時間が経ってあんな自殺まがいの事をして、宮田の家にも、自分の両親にも迷惑を掛けて、結果芳也君をあの家から追い出させてしまった。その自分自身の罪の意識だったの。まさか、この事があなたの心をこんなにも傷つけて、いまだに人を愛してはいけないなんて思ってるとは思っていなかった。本当にごめんなさい」
頭を下げた小百合に、慌てて芳也は声を掛けた。
「小百合さんが謝ることじゃない。俺が……俺が。俺が弱かったばかりに、兄貴に勝ちたい、両親に認められたいそんな思いを間違った方向に……。結果取り返しのつかないことになった。兄貴にも、小百合さんにもこれ以上ない傷を負わしてしまった」
「だから、これでお終いにしましょ。健斗も私もその為に今日時間作ったのよ。私なんて大切な旦那と子供の時間を割いてきたんだから、これから幸せにならないと許さないわよ」
ニコリと笑った小百合の笑顔に、芳也の頬に涙がつたった。
「おい、いい大人の男が泣くな」
健斗に抱きしめられて、芳也は嗚咽を漏らした。
「兄貴……ごめん」
「ごめんじゃないだろ?」
「ありがとう……」
「お前も幸せになれ。今までこんなにお前が悩んでいることに気づかなくて悪かった。始君にきくまで知らなかったんだ。お前が一人でやれるって証明するために家族から離れているだけだと思っていたから」
「始が?」
「ああ、許してやってくれって頭を下げに会社まで来たよ。いい友人を持ったな」
その言葉に芳也も頷いた。
(始……ありがとう)
「あと、アイリの事は俺から親父に話そうか?」
その言葉に芳也は首を振った。
「きちんとすべてに自分で蹴りをつけて行かないと」
真剣なその瞳に、健斗も頷いた。
「そうか……何かあれば俺に言え。一緒に親父を説得するから。お前は今もう立派にやっている。親父にどうのこうの言われることはない。今年はホテル業にも手を広げてるだろ?」
「知っていてくれたんだ」
「当たり前だよ。お前の仕事ぶりはいつもチェックしてたよ。まあ、困ったことがありそうなら助けないとっていけないって余計な事を思っていたけど、この6年そんな心配は一切なかったな。もう俺より立派な経営者だよ」
健斗はそう言うと、クスリと笑った。
「兄貴、ありがとう」
健斗は優しく微笑むと、芳也を見た。
※※
麻耶が芳也の家を出て、もう三か月が経とうとしていた。
「お先に失礼します」
「お疲れ様です」
事務所内にそんな声が聞こえてきて、麻耶も時計を見た。
二十一時半。
明日明後日と休日の為、もう少しやっていこうとパソコンに発注データーを打ち込み始めた所で、後ろから呼ばれて麻耶はゆっくりと振り返った。
「水崎さん、ちょっといい?」
「はい」
その顔を見て、始は肩をすくめた。
「まだかかりますか?」
「あっ……。今日やらないといけない事は終わっているので大丈夫ですが。何か?」
「この後少しいいですか?」
「はい」
「じゃあ、着替えて裏口で待っててください」
(外に行くの?)
始のその言葉に疑問が浮かんだが、麻耶は持っていた書類を片付けると席を立った。
残っていた同僚に声を掛けると、更衣室に向かい、ロッカーの中に付いている鏡に映った自分を見て、ため息をつくと簡単に化粧を直した。
(多少はマシにはなった気がするけど……)
「ひどい顔だな」
悲し気に笑った始の言葉に、「すみません」麻耶はそれだけ言うと俯いた。
(やっぱりマシにはなってないか……)
裏口で始と合流すると、始に誘われるまま、近くのBARに行きカウンターに座り開口一番の言葉はこれだった。
そして麻耶の前にはノンアルコールのカクテルが置かれた。
「弱いんだってな、橋本に聞いた」
「友梨佳に?」
「ああ、心配してた。お前がどんどんやつれて行くって」
「仕事はきちんとやってるつもりなんですが、やっぱり何か問題ありましたか?」
不安げに麻耶は始に尋ねると目を伏せた。
「いいや。仕事は問題ないよ。仕事に問題があったらもっと前に叱ってるよ」
始は悲し気な表情を見せると、ビールに手を付けた。
「何なら食べられそうだ?ちゃんと食べてるのか?」
「食べてますよ。もう三か月以上たちましたよ。大丈夫です」
その言葉に始は苦笑しながら、軽い物をいくつか注文すると麻耶を見た。
「大丈夫か……。そうは見えないからこうして呼び出したんだけどな」
今度はその言葉に麻耶が苦笑した。
(芳也……俺がどうやって水崎さんを助けるんだ?お前しか無理だろう……)
始は芳也に頼まれたからとは言えず、麻耶をじっと見てため息をついた。
「俺がこんなことを聞くのもおかしいけど、芳也から連絡は?」
「ありませんよ。なんでですか?」
「だってお前は……」
始の言葉に麻耶は、じっと始を見た。
「館長こそどこまで知っているんですか?」
「やった事?」
いつも真面目でふざける事すらない始の言葉に、麻耶は自分の耳を疑いじっと始を見据えた。
「なんていいました?」
「だから、芳也とSEXしたってこと」
はっきりと言葉にされて、赤くなるやら青くなるやら自分の顔が解らず、「え…??そんな……はっきりと……」しどろもどろしている麻耶に、始は意外な顔を向ける。
「落ち着けよ。そんなに慌てる事か?」
サラリと言われて麻耶は、大きく息を吐くとカクテルを一口飲んで呼吸を整えた。
「そうです。私が迫りました」
「え?水崎さんが迫ったの?」
意外そうな顔をした始に、今度は麻耶がキョトンとして頷いた。
「そこって重要ですか?とりあえず私が振られたっていう事が事実です。だから今更私に連絡がくるはずありません」
自分で言って、麻耶は自分で落ち込んでいた。
(そうだよ。もう忘れようと思ってるのに、どうして館長は傷をえぐるのよ……)
「なあ、芳也の家の事は知ってる?」
「芳也さんからはっきりとは聞いていませんが、ミヤタグループの息子さんですよね。そしてお家が厳しくて、出来の良いお兄さんがいて……。過去にそのお兄さんと何かがあった……私が知っていることはそれぐらいです」
麻耶は言い終えると始を見た。
「そのとおり。そのお兄さん、健斗さんと芳也はいろいろあったんだ」
「私が芳也さんと関係を持ってしまったのも、そのお兄さんが式場にいらしていたからなんですよね。そこで会ってしまったみたいで。帰ってきた芳也さんは荒れていて……まあ、それで。言い訳にもならないですけど」
「その流れでね……」
納得したように、始は言うと言葉を続けた。
「俺が……本来水崎さんにこの話をする事が正しい事かわからない。芳也と離れて、すぐに水崎さんが次の相手でも見つけて幸せになっていたのなら、俺も話すつもりはなかったけど……。そんな風には見えないから。どうして芳也があれ程人を愛さないか……知りたい?」
ジッと見つめられた始の瞳を麻耶も見つめ返した。
「聞きたいです」
ゆっくりと言葉を発した麻耶に、始も頷いた。
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