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何人かの村人と会話をしてみたが、やはり邪悪な気配は一切感じない。ルティたちは宿に入るまで言葉が無いまま身震いをさせていた。しかし、それは全身を水に濡らしたせいもあるだろう。
「ではアックさん。この竿で釣りをしてくれるかな?」
「それが依頼ですか?」
「そう、そうなのだよ! ノルマは無いが淡水魚かナマズを釣って欲しい。それが無理ならこの湖からごくまれに釣れることがある魔物でも良い。もし釣れてしまったら狩っても構わない……」
町からの依頼では無く個人依頼だとこんなものだな。
「それくらいお安いもんですよ」
「……それじゃあ、わしらは気長に待つとするよ……気長に、気長に…………」
村長かどうかは不明だが、布を貸してくれた人が依頼してきたのは単純な釣りだった。他の村人たちの姿はすでに無いが、早々に家の中に戻って行ったとみえる。
湖側から眺めてみると南アファーデ湖村は、全体的に薄い霧がかかっている。宿は比較的すぐ近くにあるものの、宿の主人は不在。それでも寝床だけはきちんと整えられていたので気にはならなかった。
村人たちは天に近い村と言っていて、魔族がいたシシエーラ村とは気配がまるで異なる。ラクルの南は未開の地で、魔族の村があることさえも知らなかった。そういう意味で湖村の存在も知らなかったのは当然と言えるだろう。
まずは渡された竿を持って岸につけてあるボートに乗ることにする。
ラクルでも荷下ろしで小船に乗ったことがあるし、特に難しいことは無いはずだ。
それにしても淡水魚かナマズとなると簡単にはいきそうにない。餌こそもらえたが、狙い撃ち出来る程のスキルは持っていないわけで。しかしむしろ魔物でもいいなら、そっちの方が数多く釣れそうではある。
おれはボートを離し、櫂《かい》を使って釣れそうな所まで漕ぎ出した。
辺りはかなりの静寂ぶりで、自分が漕ぐ音しか響いてこない。気のせいか岸から離れれば離れる程、霧が色濃くなっている感じがあった。
「さて、釣るか」
「……イスティさま。ここにいるのはイスティさまだけなの?」
「ん? 何だフィーサ、ずっと眠っていたのか?」
「そんなことじゃないなの。とりあえず人化するなの」
「あぁ、いいぞ」
フィーサは神族国では両手剣の姿を保っていたままだった。幼さを残す言葉遣いも慣れていただけに、こちらが逆に戸惑いかねない。
「ふ~……。何か、久しぶりって感じがするよ?」
「それもそうだな。その姿だと攻撃は出来ないのか?」
「ううん、出来るよ! でもそれだと~……」
やはり慣れないし違和感も感じてしまう。
「何だ?」
「体は人化しているのに腕だけが剣に見えていたら怖いかなぁって」
「慣れの問題だ。人化で不自由なく攻撃が可能なら、そのままでもいいぞ」
「えっ、本当? やったぁ! さすがイスティさま!」
しばらく人化していなかったせいか言葉遣いがくだけているように思える。ずっと沈黙していた理由が気になるが、まずは釣りをしよう。
渡されたゴカイを針につけ、勢いをつけて湖面に振り下ろした。
「……それで、フィーサ」
「なぁに?」
「ずっと沈黙していたのはどうしてだ? 水に濡れたからだけじゃないだろ?」
「う~ん……イスティさまって、つくづく鈍感!」
「うん?」
自分が鈍感かどうかはまるで自覚が無い。一体フィーサはどの部分のことを言っているのか。
「あっ、動いてるよ! 釣れたんじゃない?」
「そんな簡単じゃないぞ。ここはじっくり待つ戦法で行く。ところでおれが鈍いってのはどういう意味でだ?」
竿は動きを見せたものの、手ごたえを感じられない。魚か魔物か、どちらにしても大物を釣ってみたいものだ。
「う~うん……えっと、シーニャと小娘の様子、変じゃなかった?」
「顔を赤くしたと思ったら震えていたな」
「……やっぱり二人は気付いているのかも?」
「何を隠している? はっきり言ってくれ! それともこの湖村が実はアレか?」
少なくとも村人からは魔族だとか神のアレといった気配は感じられなかった。
しかしフィーサの反応はどう考えても。
「違うよ~? 村そのものに霧が出てるけど敵じゃないよ。でもここはあんまり長くいない方がいいと思うんだ。多分、小娘もシーニャも先にイスティさまを待っているよ?」
「……ん? 敵じゃないのにいたら駄目な湖村? よく分からん。とにかく何か釣果を上げないと戻るに戻れないぞ」
「うん、それもそうかも。イスティさま、何でもいいから釣って岸に戻らないと駄目!」
「まぁ、頼まれているからな。一匹以上は釣ってやる」
フィーサははっきりと答えてくれないようだ。
いずれにしても何か釣らないとどこにも戻れそうにない。