コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「頑張れ~強く、もっと強く引っ張って~!!」
「ぐんぬおぉぉぉぉぉぉ……!!」
「これはきっと大物だよ! イスティさま、踏ん張れ~!」
「ふぉごぉぉぉぉ!!」
「そ~れ! そぉ~れぇっ!!」
どれくらいの時間が経ってしまったのか。
色濃い霧が強いせいで、今が夜なのか昼なのか分からない途方もない釣り。
そんな時、湖底から何かとてつもない引きがあった。フィーサは狭いボートに腰掛けながら、ひたすらにおれを応援しまくっている。そんな彼女に手伝ってもらおうという気は起きず、ずっとおれだけの力で竿を引っ張っている。何故ならこんな力で引っ張らなければいけない魚は、どう考えても尋常じゃないからだ。
嫌な予感もあり、フィーサは人化のままでいつでも攻撃出来る状態だ。彼女の声援とおれの気合いが静寂を壊す。
「ぬっ……こ、これは――!?」
そんな時だ。強力な引きを見せていた糸が、どういうわけか今度はおれを引っ張り始めた。
「イスティさま、竿を離して!! このままじゃ引きずり込まれちゃうよ!」
「おれの力を舐めるなよ? ルティよりも怪力になった拳の本気を見せてやろう!」
「あ、あまり参考にならないけど……そういうことなら、引っ張れ~引っ張っちゃえ~!」
「ぐ、ぐおおおおおお……!! おわっ!?」
引っ張り合いを楽しんでいたかのような力の均衡――それが急激に崩れた。
そして、
「あぁぁっ!? イ、イスティさまっっ!!」
フィーサの叫び声も空しく、自分が引っ張っていた力の反動をまともに受け、おれはそのまま湖に引きずり込まれた。
「……うう~ん」
水属性耐性のおかげで溺れる心配は無い。だが手狭な所に全身が包まれているような感じを受ける。溺れはしないが息継ぎの心配はつきまとう。
しかし不思議と息が出来ているようで、呼吸をするのも問題が無い。目を開けると目の前にあったのは漁礁のようなものがあった。おれはそこにものの見事に体が挟まっていた。
「くっ、何でこんな……」
漁礁を棲み処としているヌシにでも引きずり込まれたか?
「人間の手の力、それだけでいい気になるのは駄目だゾ! ”再生”しないとだゾ!」
……ん?
以前にもこんなことがあった気がするな。姿が見えず声だけのようだが、恐らくおれを引きずり込んだヌシと思われるが。
「そこから出してやるゾ。だから、ソレちょうだい!」
それと言われても意味が分からない。水中の中では自由が利かないので手振りを見せるしかないが……。
「忘れ去られたガントレット! 忘れ去られたままは悲しいゾ? それじゃあ、いくゾ~!」
「――なにっ!? う、うおおおおおお!?」
水中では思うような動きは出来ない。
そんなおれに対し、ヌシは漁礁ごと破壊する勢いで地上へと押し流す。
「はぁぁ~イスティさま。全く戻って来ないなんて、どうすればいいの~……」
あまりの威力に目を開けていられない圧がある。そうして何度も瞼を強引に開けていると、湖面を覗き込むフィーサの姿があった。その時点で、どうやらおれは空高くまで飛ばされたようだ。
「フィ、フィーサ、避けろっ!!」
「ふぇっ!?」
勢いそのまま湖に落下し、おれはボートとフィーサをずぶ濡れにしてしまっていた。
「ひゃうぅ~どうして何で、何でこんな~……」
濡れることを誰よりも嫌うフィーサを濡らしてしまい、ショックを受けたことで彼女は放心状態になっている。
「錆びることは無いけどこんなの、こんなのは嫌なのに~」
「すぐ乾かしてやるから!」
「……まぁいいなの。ところでイスティさま。その子、誰?」
「う? あ、あぁ……多分、ラーナと似た感じの子だ」
ずぶ濡れのフィーサをなだめていた状態の中、彼女の正面に見知らぬ女の子が座っていた。その子は大事そうにガントレットを抱えていた。その姿は、さながら卵を大事そうに温めているかのようだった。
姿を見るに湖底のヌシと判断していいだろう。
「ラーナ? って、そのトラウザーから現れたっていう?」
「ああ」
「ふ~ん……?」
水中のヌシは忘れ去られた何とかと言っていた。そうなると声に従って渡したガントレットも、再生されるということになる。
「……キサマ、名は?」
いや、言葉悪すぎだろ。
「おれはアック・イスティ……」
「聞いて跪くがいいゾ! 忘れ去られた湖底のヌシ、シリュールであるゾ!!」
「一応聞くが、ヌシのナマズか?」
「無論であるゾ! 余の怒りは地を揺らす! 怒らせた人間は、全て沈めてやったゾ」
ヌシを名乗るナマズの女の子の姿は、カエルのラーナと同様に人間の姿をしている。真っ黒で長い髪をしているが、どうやら長い髭のようだ。
「沈めてやった……って、まさか、この辺り一帯をか?」
「無論だ! 湖そのものが忘れ去られた所なのだゾ。参ったか!」
「そうか、そういうことか……」
フィーサの顔を見ると、ようやく気付いてくれたといった呆れた表情をしている。
つまり――南アファーデ湖村そのものがそういう場所だった。
「アック・イスティ! 再生を付けたら閉ざされた時間が動くゾ! 覚悟しとくといいゾ!!」
「閉ざされた時間が動く……なるほどな」
「イスティさま、ここはこの子に委ねるしかないよ~」
忘れ去られた湖村を明らかにして、果たしてどこにたどり着くのか。ルティとシーニャは自分たちで気付いてきちんと脱出しているといいけど。