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「えっ、こ、こん……⁉」
驚きのあまり、二の句が継げずにいる私に、「そうだろう?」と、彼が同意を促すように、さっき周囲へ振り撒いていたのと同じ柔らかな笑みを向けてきた。
そうして気づけば私は、自分にも笑いかけてほしいと望んでいたこともあり、ついほだされて首を縦に振ってしまっていた。
「婚約者が、いらっしゃったんですね。それで、そちらのご令嬢のお名前は何とおっしゃるんでしょう?」
周囲の目が一斉に自分に向けられ、
「はじめまして。私は、草凪 彩花と言います」
焦りから、反射的に頭を下げて答えた。
「可愛らしい方ですね、久我社長」
「本当に、愛らしい女性で」
「ええ」と周りに頷いて、談笑を続ける彼を見ながら、流れで婚約者ということになってしまったけれど本当によかったのかなと、私は心臓がバクバクで動揺しきりだった。
ようやく人が途切れたところで、「あの、」と、彼へ声をかけた。
「うん、なんだ?」
「……あの婚約者というのは……」
「何か問題でもあっただろうか?」
あっさりと問い返されて、戸惑いが隠せない。
「そんな話は、だって……」だいたいお付き合い自体もまだしていなかったはずが、まして婚約者だなんてありえないようにも思えた。
「私は、そのつもりでいたのだが、君は違ったのか?」
「ええっと……」
どうやら本気らしい彼の言葉に、一体いつからそのつもりでと感じる。まさか最初から、そういうつもりだったとか──⁉
いやいやと、ひとり首を横に振る。
だって、会ってもあんなに素っ気なかったのに、そんなわけが……。
「だったらどうして、冷たくて……」
ずっと同じ疑問がぐるぐると頭で回っていたせいで、心の奥の声がいつの間にか口から出てしまっていた……。
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