「 へー、御前ツツジっつーんだ 」
「 ええ、まあ。貴方は? 」
「 ンー、俺の名前は企業秘密かな 」
人差し指を唇に添え、妖しく微笑むその男。
スカした茶髪にチャランポランした見た目。
それでも高い鼻に整ったパーツ。嫉妬してしまう程きめ細かい肌に、憂いを帯びたグレーの瞳を持つ男。
世間一般でいう、イケメンの分類。
勿論、私の知り合いの中にこの様なイケメンは存在せず。連絡先を交換している訳でも、同じ高校の生徒という訳でもなく。
この状況下だと、私と彼の関係は ──
… まあ、‘ 誘拐犯 ’ と ‘ 被害者の少女 ’ が妥当だろうか。
「 ツツジはさぁ、高校生? 」
「 知らずに連れ去ったんですか? 」
「 あーウン、まーね? ツツジ、俺のタイプだったから一目惚れでさ 」
「 … それは光栄です、 」
彼はにこーっとずっと近くで私を見て、時折謎に褒めてくる。
正直、目の遣り所に困っている。
‘ 褒められる ’ 事なんて、中々無いから。
「 あ、ツツジ今照れたでしょ? 」
「 別に、照れてませんけど 」
「 キスでもする? 」
「 話聞いてます? ちゃんと文脈を呼んでください 」
圧倒的に KY なのは、本当に素なのか。
情報を得ようと会話をしても、のらりくらりとはぐらかされるから余計にタチが悪い。
瞳の奥を覗き込み 探ってみた所で、グレーなのは変わらない。
── 否、変わってくれない。
「 貴方 … と呼ぶのは少々呼びずらいですね、
何と呼べばいいのでしょうか … 」
「 呼び方かぁ、確かに重要だよね … 」
重要 … かどうかは解らないけど、何故か真剣な顔付きで顎に手を当てる彼。
誘拐犯の癖に、どんな格好をしても様になるのが腹立たしい。
「 … リマ。そう読んでよ 」
「 リマ、ですか? 」
「 そ。俺にピッタリだからさ 」
「 はぁ …? 」
リマ と聞いて思い浮かぶのは、女の子の名前。勿論この時代、男女間での差別や名前いじりは余り宜しくないと云うが、流石に違和感のある様な名前だ。
まだ「 アオイ 」や「 ナナセ 」とかなら解る気もするけど、「 リマ 」とは。
「 … つくづく変わった人ですね 」
ボソッと、愚痴とも言えない言葉を吐く。
「 お互い様じゃない? 」
すると、とても心外な言葉が吐き返された。
「 はい?私は至って普通ですけど? 」
ムッとして、また吐き返す。
「 じゃあ何で誘拐されてこんな冷静で居られんの? 何にも叫ばず、抵抗もせずに居れんの? 」
「 は、 」
事実だ。とは、思った。
それでも、ふっと零れた本音をブーメランと事実で返され、少し頭に熱い何かが昇っていく。
その感覚を感じながら、必死に言葉を探す。
誘拐されて、冷静なのは。それはきっと、こんなに呑気な誘拐犯だからで。
何も叫んでいないのは。それはきっと、叫んでも無駄だって理解してるからで。
何も抵抗していないのは。それはきっと、この無駄な日常に別れを告げれるかもしれないと、心の何処かで思ってるからで。
‘ 変わった人 ’ だなんて、そんな。
「 … 私をクラスで浮いてる奴ランキング一位の、カワイソウや人間にしないで下さい 」
そんな事ないと思い込みたいから、現実から目を逸らして強い口調で当たってしまう。
人間。思い込まないと、生きていけないって解ってるから、防衛本能が出てしまう。
誰にも気付かれたくない。言われたくない人間の深淵領域。
仮にも其処に足を踏み入れられたら、その人間はきっと壊れてしまう。
なのに ──
「 えーでも俺知ってるよー?
── ツツジが学校で浮いてるって事 」
リマはその領域内に、一瞬にして入ってきた。
凍りついた脳内は真っ白。死刑が下され、死んでも尚罵られる死刑囚の様な気分で。
優しく冷たい瞳で私を見つめるリマを、唯絶句して見返すだけ。
「 カワイソウだよね、ツツジも。唯々だぁい好きな先輩に一途なだけだったのに、クラスメイトからハブられてさ?
… しかも、両親からも愛されずに育児放棄されちゃってさ、 」
「 な … んで、其れを …? 」
「 ふふふ、
俺、ツツジの事なら何でも解るよ? 」
だって、ちゃんとツツジを見てたもん。と
チョコレートよりも甘く蕩けていく、不気味な笑顔で私を誘う。
そして、何より ──
「 俺ならちゃんと、ツツジを見てさ。沢山たーっくさん愛すと思うよ 」
「 愛して、くれる …? 」
今私が、一番求めている言葉を吐いてくる。
‘ 理解 ’ も ‘ 注目 ’ も ‘ 愛 ’ も
私が欲しかった言葉だらけ。
嘘を吐いてる様には見えない。彼なら、私を本当に愛してくれるかもしれない。
淡い期待に当てられて、少しずつ。リマの近くに寄っていく。
… 嗚呼、今ようやく解った。
愛に飢えた獣と成った、人間界の劣等生物の私は、ひたすらに
愛してくれる人を、探してただけなんだ。
誰の一番にもなれない私の、存在意義。証明となる ‘ アイシテル ’ を。
躰目当てだっていい。イカれた男だって構わない。フツウじゃなくていい。寧ろそれがいい。
「 ねぇ、それ本当 …?アイシテくれるの? 」
「 うん。 君の親より。親友より。一途に想ってたオトコよりも。
今迄ツツジがアイされなかった分、俺がアイシテあげる 」
耳から入り、鼓膜を揺らして脳内を震わせるそのチョコみたいな囁きに。
唯ひたすらに、融けて。蕩けて。堕ちて逝く。
「 ねえ、だからさツツジ。俺と ──
ううん、季京と。
愛し合お? 」
狂おしい程、愛おしい。
そんな愛の告白に
虚しさなど遺らぬくらいに、私の心臓は大きく脈を打った。
「 … ウン、ちゃんとアイシテよ? 」
唇を重ねて、誓った約束。
決して純愛では無い。
グレーで汚れた不純愛。
出会って一日。別にそれでもイイ。
狂った儘で、今は未だこのチョコみたいなリマの ──
否、‘ 季京 ’ の愛情に溺れていたいの。
薄 暗 い 地 下 室 に 、 二 人 っ き り 。
狂 っ た 恋 慕 の 病 名 は
ス ト ッ ク ホ ル ム 症 候 群 。
ス ト ッ ク ホ ル ム 症 候 群
【 すとっくほるむしょうこうぐん 】
誘拐事件の被害者が、被疑者に好意を寄せる心理現象。症状としては、主に相手に依存感情を持つ事が多い。
リ マ 症 候 群
【 りましょうこうぐん 】
誘拐事件の被疑者が、被害者に行為を寄せる心理現象。症状としては、主に相手を自分に依存させたいという独占感情を持つ事が多い。
亜霧 榴 × 吉野 季京
ツツジの花言葉
__ 愛 の 喜 び 。
キキョウの花言葉
__ 永 遠 の 愛 。
ひなのコンテスト!
大人ロマンス部門希望。
コメント
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初コメ失礼します🙇♂💕 もうほんと好きですこの作品!!!ストックホルム症候群大好きなんですよ…🥺 文才ありすぎて羨ましいです😭💞
ノベル書く上手さに感動しました✨ もちろん、お話も最高です