魚影の中心にいたナッキは驚愕の声を上げつつ思うのである。
――――何だコレ? 不安とか恐怖とか、そんな感情が一切合切消えて行くのを感じる…… 今だったら何も怖くない、ぞ?
そこまで考えて周囲の様子に思いが至りナッキは改めて考えを巡らせる。
――――周りのメダカ達から恐怖や不安の感情を感じないのはいつもと変わらないけど、口の中のサニーも急に落ち着いた様だぞ、さっきまで激しく震えていたはずなのに、今は身動(みじろ)ぎ一つしていない…… 泰然自若(たいぜんじじゃく)ってやつを感じるぞ、いつも結構頻繁に右往左往だって言うのに…… メダカにこんな能力が有ったなんて驚いたな、でも、いいぞ! これならこの水路だって怖くない! 遡上してニンゲンを探し出せるぞ!
ナッキはメダカとサニーに向けて出発を宣言する。
『行こう! 出発だ!』
っ!
驚いた事にナッキの発声に寸分の狂いも無くピタリと合った声が、周囲のメダカ達とサニーから、同時に発せられたのである。
メダカに初めて出会ってから繰り返されてきた独特な会話法、最近は慣れてしまっていた為に、そう言う物だ、そんな風にさえ感じてしまっていた不思議なハーモニーを、内側から経験したナッキはこの話し方の正体に気が付く事が出来た気がしていた。
――――そうか、誰かの言葉、発言に合わせているって訳では無いんだな…… 構成しているメンバーの考えが次々と頭の中に浮かんできている、その中から発言すべき台詞をみんなで選んでいるみたいだ…… 少数や個人の言いたい事は除外されるみたいだな、良し試してみよう!
…………
――――やっぱり、みんなの同意を得られない言葉は言えないんだ! 試しに『ブルとダルマはデキてるらしい』って嘘を言おうとしたけど発声出来なかったぞ! これは…… 言うべき言葉とそうでない言葉のチョイスを全員で出来るって事だよね? 失言の類も無くなるだろうし、良いじゃないのぉ!
『オーリは最近腹回りのサイズを気にしてるから、植物プランクトンだけ意識して食べてるんだ』
「なっ! ナッキっ!」
『それだけじゃあ無い、周りに誰もいない時はリズム良く腰を振り振りご機嫌なダンスだ』
「そ、そうなのかオーリ? にしてもなんで今そんな事を…… ナッキ」
『言いたい事はそれだけだ、じゃあ行って来るぜっ! レッツゴーロッケンロール!』
一糸乱れぬフォーメーションで水路を遡り始めた巨大な魚影、背後では顔を真っ赤に紅潮させたオーリの鋭い視線が貫く様に投げ掛けられ続けていた。
恐怖こそ感じてはいなかった物の、周囲から押し寄せる圧迫感はやはり凄まじく、注意力を切らさぬよう慎重に目と気を配りつつ進み続けながらナッキは思った。
――――僕は知らなかったけど、メダカ達の間じゃオーリの秘密の行動は、公然の秘密だったみたいだな…… それにしても、周りから発せられる圧が更に濃密になって来ているような…… こんなのメダカの力が無かったら絶対通り抜けられなかったぞ! でもここって帰りも通るのか…… やだなぁ、でも仕方が無いな
考えている間にも凶悪な圧はフォーメーションの外側に位置しているメダカ達の体や鰭を圧迫し、中には炎症を起こしたり筋肉を痛める個体の発生も感じられてきた。
ナッキは自分の体が傷付いた時にやるように、まだ健在な部位と入れ替えさせて庇うと同時に、緑の石を取り込んで手に入れた回復力を駆使して、必死の治療も続けていた。
口の中に納まっているサニーも同様らしく、舌の中であちらこちらへ忙しく動き回っている。
命懸けで群れの集団性を守っているメダカ達と、大切な仲間達の治療に夢中なナッキとサニーは気が付いてはいなかった。
出発した時、半透明なメダカ達の色で構成されていた十二メートルの巨大ギンブナは、いまや、全身をゴツゴツとした漆黒に染めた二十メートルを超える物にさせていた事に……
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