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春の匂いがする放課後だった。
「岩泉くん!」
体育館の外で呼び止められて、振り向いた。
見覚えのある女子。
最近やたら視線を感じていた相手。
「……なに」
「ずっと前から好きでした!」
真っ直ぐ。
逃げ場のない目。
俺は固まる。
「急にごめん。でも、本気だから」
本気。
その言葉が、やけに重い。
俺の脳裏に浮かぶのは、
いつも軽く笑う幼馴染。
…………、来る者拒まず、。
「……考えさせろ」
絞り出した返事に、女子はぱっと顔を明るくする。
「うん!待ってる!」
走り去っていく背中。
静寂。
「へぇ〜」
背後から、聞き慣れた声。
振り返ると、及川が笑っていた。
「岩ちゃんモテるねぇ」
いつもの調子。
軽い。薄い。何もない顔。
「うるせぇ」
「で?付き合うの?」
「わかんねぇ」
「なにそれ」
及川は笑う。
「好きでもないのにOKするのは俺だけの特権だよ?」
冗談みたいに言う。
でも目が、笑ってない。
俺は苛立つ。
「お前と一緒にすんな」
空気が変わる。
及川の指先が、ぎゅっとボールを握り潰す。
「一緒じゃないって、なに?」
声は穏やか。
なのに、冷たい。
「岩ちゃんは、ちゃんと好きになってから付き合う人?」
問いかけなのに、責められているみたいだ。
「……当たり前だろ」
“ちゃんと好きになってから”
じゃあ。
今。
岩ちゃんは、誰も好きじゃない?
それとも――
「ふーん」
俺は視線を逸らす。
「じゃあ、ちゃんと考えなよ。失礼だから」
“失礼”。
それは、いつも俺がしないこと。
岩ちゃんは眉をひそめる。
「お前がそれ言うのかよ」
「言うよ」
即答。
そして、にこりと笑う。
「俺、来る者拒まず去る者追わず主義だけどさ」
一歩、近づく。
距離が、近い。
「岩ちゃんは、来た人ちゃんと大事にしなよ」
胸がざわつく。
なんでそんな顔する。
なんでそんな目で見る。
「お前、なんで怒ってんだよ」
ぽろりと零れた言葉。
及川は一瞬、目を見開く。
「怒ってないよ?」
即答。
「岩ちゃんが誰と付き合おうが、俺関係ないし」
嘘だ。
関係ない訳ない。
なのに言えない。
“行かないで”なんて。
“俺を見て”なんて。
壊れたくない。
幼馴染のままでいられなくなるくらいなら、
嫉妬なんて飲み込んだほうがいい。
「たださ」
背を向ける。
「俺よりその子優先するようになったら、ちょっと寂しいかも」
冗談みたいに。
軽く。
でも最後の一言だけ、本音。
心臓が強く鳴る。
寂しい?
お前が?
「……優先なんかしねぇよ」
思わず出た言葉。
及川の足が止まる。
振り向かない。
「そっか」
“よかった”と言いかけて、飲み込む。
追わない。
引き止めない。
壊さない。
それが俺のルールだから。
でも。
もし岩ちゃんがあの子を好きになったら?
笑って祝福できる?
――できるわけない。
ボールを強く床に叩きつける音が、やけに響いた。
岩ちゃん は知らない。
その夜、俺が
スマホを何度も開いては閉じて、
“幼馴染 彼女”
と検索しかけて、やめたことを。
俺は、今日も追えない。
好きなのに。