呪霊降濁

淡い朝の光が、静かな街を照らし出していた。神楽坂は、戦いの合間の時間を使い、ふらりと街中を歩いていた。戦いに身を投じて以来、こうして一人で何も考えずに歩くことができる時間は、ほとんどなかった。だが、今日だけは特別だ。

彼の足音が、石畳の道に響く。遠くから聞こえてくるのは、鳥のさえずりと、時折行き交う車の音だけだった。いつもは緊張感に包まれた神楽坂も、この瞬間だけは少しだけ肩の力が抜けている。

「戦いばかりだったからな…たまにはこうして、何も考えずに歩くのも悪くない。」

神楽坂は心の中でそうつぶやき、淡々と歩き続けた。街の風景がゆっくりと変わり、昔住んでいたアパートが見えてきた。懐かしい思い出がよみがえり、一瞬足を止める。

「あの頃は、ただ普通の生活をしていただけだった…。」

過去を振り返ることは、神楽坂にとって滅多にないことだ。彼は常に前を向いて生きてきた。だが、この静かな朝の散歩は、彼に少しだけその余裕を与えていた。

散歩を続けていると、小さな公園が目に入った。子どもたちが楽しそうに遊んでいる光景を眺めていると、突然背後から声がかかった。

「おい、神楽坂！」

驚いて振り向くと、そこには透が立っていた。透はにやりと笑いながら、神楽坂に近づいてきた。

「こんなところで何してるんだ？まさか、ただの散歩か？」

「そうだよ。ただの散歩だ。」神楽坂はあっさりと答えた。

「へえ、珍しいな。お前がのんびりしてるなんて、よっぽど疲れてんのか？」透は冗談交じりに言った。

神楽坂は肩をすくめた。「たまにはいいだろ。俺だって人間だし、少しは息抜きも必要だ。」

透は少し驚いたように神楽坂を見つめたが、すぐに笑いを浮かべた。「まあ、それもそうだな。俺も少し歩こうかな。」

二人はしばらく無言のまま公園を歩いた。戦いの激しさから一時的に解放され、ただただ静かな時間が流れていく。だが、その静けさの裏には、次なる戦いへの不安が少しずつ忍び寄っていた。

「お前、次の戦い…どうするつもりだ？」透が突然問いかけた。

「わからない。だが、やるしかないだろう。」神楽坂は曖昧に答えた。

「そうだな…俺たちには、もう引き返す道はない。」

二人の間に、再び静寂が訪れた。だが、その静寂はどこか心地よいものだった。彼らは互いに言葉を交わさずとも、感じ取れるものがあったのだ。

「さて、そろそろ行くか。」透が言うと、神楽坂はうなずき、二人はそれぞれの方向に歩き出した。

「じゃあな、神楽坂。次の戦いも頼りにしてるぜ。」透は軽く手を振りながら、笑顔で去っていった。

神楽坂はそれを見送りながら、再び自分の道を歩き始めた。

「次の戦いか…。どうなるんだろうな。」

彼の心は次第に戦いの準備へと戻っていった。静かな散歩は終わりを告げ、再び神楽坂の心に戦いの気配が迫っていた。