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穴の中を進んでいくと、途中で横穴が現れた。
僕とラズールは、走るのを止めて、横穴を歩いて進む。並んで歩きながらラズールを見上げた。
「バイロン国の人達はこの奥に向かった?」
「はい。あちらの方はすぐに行き止まりになってますので。念の為、あちらにも薬をしかけてますが」
ラズールが「暗いので余所見してると危ないですよ」と僕の腕を引く。
僕はラズールが手のひらに出した光で照らされた地面を注意深く見ながら進んだ。
しばらく歩いて足を止める。数人の低くうめく声が聞こえたからだ。
僕はそっとラズールのマントを掴んで引く。
ラズールが、上半身をかがめて僕の顔に耳を寄せた。
「どうかされましたか?」
「ねぇ、声が苦しそうだけど…本当に大丈夫なの?」
「…丸一日は身体が動かないかもしれませんが、大丈夫ですよ」
「丸一日もっ?ただのしびれ薬だろ?」
「少々…いや、かなり強力な効き目を発するように、最近作り直してもらいましたので」
「どうしてそんなものを…」
僕が疑問を口にすると、ラズールは口の中で何かを呟き顔を上げて黙ってしまった。
ラズールが話したくないのなら仕方がない。でもラズールが持つ薬のほとんどは、僕のためのものだ。ならばその強いしびれ薬も、僕のために使うつもりで持っていたのだろう。それが今回役に立った。ゼノや騎士達には申しわけないが、身体がしびれて動けないだけで、怪我をさせなくて済んだことに安堵した。
しかし今の僕は剣で傷つけられることもない。身体に絡まる蔦のような痣が、僕の身体に傷をつけさせないのだから。それなのにラズールは、どうしてしびれ薬を持っていたの。
僕は、僕の腕を引くラズールの手を外した。
ラズールが、ゆっくりと僕を見る。面のせいで表情がわからない。
僕はラズールの手を両手で握った。
「僕のため…だろ?身体に広がるこの痣が、いつか僕に害を成すかもしれない。この蔦の模様に身体を締めつけられるか、全身を裂かれるか。どちらにしろ痛くて苦しい思いをするかもしれない。もしそうなった時に、苦しまなくて済むようにだろ?」
「…そのようなことには、なりませんよ」
面に開いた穴からのぞくラズールの目が、悲しそうだ。
僕は「そうだね」と頷くと、ラズールから手を離して先を歩いた。そしてすぐに地面に倒れる人達を見つけた。皆起き上がろうと腕を突っ張ったり頭を上げようとするけど、身体が動かせていない。本当にすごい効き目だと感心していると、僕達に気づいたゼノが「誰…だ?」と掠れた声で聞いてきた。
僕は困ってラズールを見上げる。
ラズールは無言で頷くと、ゼノに近づき片膝をついた。そして光でゼノと周辺を照らす。
僕は一人一人の顔を確認した。ゼノしか見知った顔がいない。しかしこの中に、今回の盗難事件を起こした犯人がいるはずだ。その者は、黒の軍服か青の軍服かどちらだ?
ラズールが手を伸ばしてゼノの首に触れる。
「な…にを、する…」
抵抗できないゼノの言葉を無視して、そのままにしている。脈を確認しているのだろう。
小さく頷き立ち上がろうとしたラズールのマントをゼノが掴んだ。そのせいでマントがめくれて軍服が見えてしまう。
「おまえ…やはり…イヴァル…の…」
ラズールはマントを強く引いてゼノの手から放させると、僕の隣に来た。そして僕の肩を抱いて、まだ何か言いかけているゼノと騎士達を避けて通り過ぎ、さらに奥へと進んだ。
僕は地面に倒れ伏した人達を気にしながら、ラズールに促されるまま足を前に出した。
かなり歩いて、ようやく最奥に着く。これだけ深く掘られているのに、光に照らされた壁の中には、まだまだ石が埋まっているのかキラキラと輝いている。この鉱脈があるから、バイロン国は豊かなんだと僕は納得する。本物の宝の山だ。
隣接するイヴァル帝国が、この山を手に入れようとしていると噂が流れたら、誰もが信じるだろう。それを噂だけでは済ませずに、真実にしようと企んでいる者がいる。ラズールの考えでは、犯人はバイロン国の中にいる。そうやって我が国のせいにして、その者達は何がしたいのだろうか?イヴァル帝国とバイロン国との間で戦をおこしたい?若い王に代替わりしたばかりの国だから、攻めやすいと舐められている?
「疲れましたか?」
隣から聞こえたとても優しい声に顔を動かす。
ラズールに肌が出ている顎を撫でられて、僕は考えるのをやめた。
この盗難事件は謎だらけだ。王城に戻ってすぐに、イヴァル帝国の軍服を着ていたという共犯者を捜し出さなければ。
「そういえば」とラズールが僕から手を離して、壁に埋まる緑色の石に触れながら呟く。
「俺のマントがめくられて中の軍服が見えた時に、一人だけ他の者と違う反応をした人物がいました。そいつが犯人ではないかと考えます」
「えっ、そうなの?よく見てたね。どちらの軍服を着てた?」
「青の…軍服でした」
「じゃあバイロン国の王都から派遣されてきた騎士だ。ということは、今回のことを命じた人物が王都にいるということ?一体誰だろう。まさか…王族の誰かが…?」
「残念ながら第二王子…ではないことは確かですね」
「当然だよ!盗難が起きてた頃は僕と一緒にいたんだから。それにリアムはそんな卑怯なことはしないよ」
「そうですか」
ラズールが、光を出している手とは反対の手に炎を出して壁に押し当てた。ジュ…と音がして煙があがる。
「どうしたの?」
「毒虫です。気をつけてください」
「えっ、ゼノ達大丈夫かな」
「大丈夫ですよ。しびれ薬の匂いで虫は寄ってきませんから」
僕は安堵する。
「一旦ここを出ましょう」と言うラズールに手を引かれて来た道を戻ろうとした時に、ラズールが炎を当てた箇所が目に入った。
壁の中の大きな紫色の石が、黒く汚れていた。