あれから村長の家に戻り、約束をしていた男の子と遊んだ。絵を描いたり本を読んだりした。僕が男の子と遊んでいる間、ラズールは壁にもたれて遊ぶ僕達をずっと見ていた。
しばらく遊んでいると、疲れたのか男の子の頭が揺れだしたので部屋に戻るように言い、男の子が去った後に僕とラズールも仮眠をした。そして夜が更けた頃、再び採掘場に向かった。
採掘場からそのままイヴァル帝国に戻るつもりにしてたので、僕は村長に突然押しかけた非礼を詫びて世話になった礼を言った。
ラズールも礼を言った。しかしその後に村長に近づき威圧しながら、もし今夜に他の騎士が来た時には、眠らせて動けなくするか採掘場に向かわせるようにしてほしいと頼んでいた。表向きは丁寧に頼んでいるように見えたけど、実際は家族を人質に脅していたので、更に村長に辛い思いをさせてしまった。申しわけない。
村長は、黙ってラズールに頷いて、僕に孫と遊んでくれたことを感謝していた。
村長の家を出て裏山を登りながら、僕はラズールに聞く。
「採掘場に行ったらゼノ達が待ち構えてるんじゃないの?」
「彼らはまだ動けません。朝になって俺達がここを出る頃には、動けるようになっているでしょう」
「それならいいけど…ずっと暗くて寒い中にいて大丈夫かな」
「身体を鍛えてるでしょうから、三日ほど放置しても問題ありません」
冷たく言い放つラズールを見て、僕は小さく息を吐く。
「おまえは厳しいね。僕が同じような状況下におかれたらどうするの?」
「とんでもないことです。すぐに助けます」
僕は小さく笑う。いつも僕のことを一番に考えてくれるラズールの言葉が嬉しい。
「ふふっ、頼りにしてるよ」
「お任せください」
ラズールも僕を見て、小さく笑った。
勝手に来てしまって迷惑をかけてるだろうにラズールは何も言わない。いつも通り僕の傍にいて世話をしてくれる。信頼できる一番の家臣であり兄のような存在のラズール。彼がいてくれるから僕は王として頑張っていける。
採掘場に着き、警戒しながら中へ入る。ラズールに手を引かれながら奥へと進み、ゼノ達がいる横穴へは行かずにまっすぐ進む。
僕は通り過ぎた横穴を見ながら尋ねた。
「ゼノの様子を見に行かないの?」
「微かにうめき声が聞こえます。元気そうですよ」
「でも体調を崩してる人もいるかも…」
「…あなたは変わらずお優しいですね。わかりました。後で見に行きましょう」
「うん、そうして」
僕とラズールの声が、暗い穴の中に響く。
突き当たりまで行くと、横の壁に人が一人通れるくらいの穴があった。
「こんな所に穴がある」
そう呟いて、僕は胸の高さにある穴の中に顔を入れて覗いてみる。
「暗くてわからないけど外に繋がってる?」
「たぶん。それを調べたくてここに来ました。他にも何ヶ所か同じような穴がありましたよ。フィル様、少しの間ここで待っていてください。調べてきます」
「僕も行く」
「安全が確認できるまでダメです。一応この周辺に結界を張っておきます。異変があれば、すぐに俺を呼んでください」
「…わかったよ」
僕は不満げに唇を突き出した。
ラズールが困ったように息を吐いて手を伸ばしてくる。軽く僕の頬に触れてから穴に両手をかけ、軽々と登って穴の中へと入っていった。
どんどんと奥へと進むラズールに「気をつけてね」と声をかける。
ラズールの姿が暗い穴の中に消え、ついには見えなくなってしまった。
採掘場の中は静かだ。僕の息づかいと天井からボトリと落ちる水の音しか聞こえない。
昨夜、ゼノ達をここに残して村長の家に戻ると、ラズールが村長に「今日明日は村人は採掘場に行かないように」と頼んでいたらしい。実際は脅したのだろうけど。
村長の話だと、村人達が石を採掘する時には、歌を歌ったり大声で掛け声をかけたりして賑やかだそうだ。その賑やかな声が、今日は響かなかった。だから余計に静かに感じるのだろうか。
そんなことを考えながら、ラズールが入った穴の下で、膝を抱えて座る。
夜の穴の中はとても冷える。暗くてよく見えないけど吐く息はきっと真っ白だ。村長の家を出る時にはそんなに寒いと思わなかったから、ラズールが持つ荷物の中にストールを入れて、採掘場の外の茂みの中に置いてきてしまった。
「寒い…」
指先も冷えて感覚が鈍くなっている。
僕はフードを脱ぐと、茶色のカツラを取って結い上げていた銀髪を解いた。そして長い髪で首を覆って、もう一度フードをかぶる。
「長すぎるから切りたいと思ってたけど、役に立つもんだな」
ブツブツと呟きながら、カツラを上着のポケットに突っ込む。動かないから余計に寒いのかと立ち上がったその時、誰かが採掘場の中に入ってきたような気がした。
僕は足音を立てないように入口に向かおうとした。直後に後ろでタンと音がして「どこへ行くのですか」とラズールの声が聞こえた。
僕は振り向きラズールに走り寄る。
ラズールは、服についた汚れを叩いて落とし、僕を見た。
「どうだった?外に出れそう?」
「はい。少し狭いですが外と繋がってます。ところでどこへ行こうとしてたのですか?」
「入口に行こうかと…。誰かが入ってきた気がする」
「ああ。またバイロン国の騎士が来たのか?しかしまだ夜なのに…」
「でも…入ってきてると思う。…ほらっ、足音が聞こえない?」
「たしかに。二人…か。フィル様、とりあえずこの穴に隠れましょう」
カツカツという足音がどんどんと近づいてくる。何か話してるようだけど、声がかすかにしか聞こえない。
早く隠れなければと思っていると、近づいていた足音が遠ざかっていく。
「横穴の方へ行きましたね。さて、倒れているバイロン国の騎士を見つけてどうするか…」
「ラズール、様子を見に行こう」
「そうですね」
僕はラズールの前に出て先に歩く。
しかし横穴に入る時には、ラズールが前に出て僕を守るようにして進んだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!