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「救われた、と仰いますと」
「煜峰が宮刑に処されたと聞いてからというもの、あの判断ははたして正しかったのかとこれまで思い悩んでいた。今になって煜峰が浄心していない事を知り、心底ほっとしているのだよ。もし本当に刑が執行されていたら、一生悔いることとなったであろう」
皇后から煜峰の真実が伝えられた時、皇帝は涙ぐんでいたという。
本当はずっとこれで良かったのかと、激しく後悔していたと。
宮刑に処したあとも煜峰を避け続けたのは、嫌いだったからではない。皇帝が自分自身に負い目があるとよく分かっていたからこそ、煜峰をまともに見ることが出来なかったのだそうだ。
『今更どんな顔をして会えば良いか分からない。朕は煜峰に取り返しのつかないことをしてしまうところだったのだ』
そう言う皇帝に皇后は、煜峰と引き合わせた。
『父上と呼ぶことをお許し下さいますか』
煜峰の問いかけに、皇帝は何度も「すまなかった」と言い続けたのだった――。
「そのことを鑑みて、三人の処分は次のようにする。皇后は己の罪を自ら自白したことからひと月の謹慎とし、また暁明は刑部の責任者からはずすこととする」
「陛下! その程度では民は納得致しませんぞ」
「まだ朕の話は終わっておらぬぞ、胡中書令よ」
「――っ」
「それから煜峰、そちは宮刑を受けても構わないと言ったな?」
「はい」
「皇后と暁明が自らの立場を危うくしてまで守った身。そして朕も煜峰は宮刑に処すべきではなかったと思ったことから宮刑にはしない。しかしながら朕を欺いた罪は看過する訳にはいかぬ」
「はい、勿論でございます」
「よって煜峰が生涯で持てる妻は一人だけとする」
「妻を一人だけ……?」
煜峰と同様、キョトンとする官吏たちに、皇帝は至極真面目な顔で処罰を下す。
「そうだ。宮刑を受けぬ代わりに持てる妻は生涯でただ一人とし、妾も持つことは許さぬ」
皇子ともなれば普通は正妻の他に何人もの側妻をおくものだが、皇帝は正妻の他に女性をそばに置くことはならないと言う。
「よいな、煜峰」
「陛下のご厚情に深く感謝致します」
「その程度では罰にはならないではございませんか!」
「そうだ」と声を上げる官吏たちに向かい、皇帝は笑ってみせた。
「胡よ、そちは何人の女人を屋敷に置いている」
「わ……わたくしで御座いますか?」
「そうだ」
「妻の他に、まあ15人ほどおりますが」
「ふむ。それでは成俊昊、そちはどうだ?」
「私は妻を含めて7人ほど」
その後も何人かに同じ質問を答えさせると、皇帝はしたり顔をしている。
「そちたちは屋敷に置く女の他にも、外ではまた別の女人と関係を持っているであろう? そんなことは妓楼にでも行き調べればすぐに分かる」
「はあ……。調べることは構いませんが、陛下が一体なにを仰りたいのか測りかねるのですが」
「まだ分からぬか? 男としての機能を持ち合わせておきながら、抱ける女は正妻ただ一人だけ。そち達なら辛いと思うのではないか?」
「そ、それは……」
気に入った女性を屋敷に住まわせ、妓楼で女遊びに耽っている男たちにしてみれば、下が付いているのにたった一人の女性しか抱けないのは相当な苦痛だろう。
さらに何人もの女性を匿い養うことは、自分の財力と地位が如何程のものかを誇示するためのステータスでもある。
だから一人の女性とだけ、と限定されるのは男にとって良い罰になるだろうと皇帝は言っている。
この処罰に皇后はコロコロと愉快そうに笑いだした。
「それは良いお考えです、陛下。男たちへの良い見せしめとなりましょう」
「そうだろう?」
「ええ。ちょうど先日、私が煜峰を栗家の娘と婚姻の約束をさせたところです。栗家の娘に煜峰をきっちりと監視させるよう、キツく言いつけておきましょう。女ほど女の影に敏感な生き物はいませんからね」
「栗家? 一体誰だ?」とヒソヒソ話し合う声が聞こえてきた。
これには煜峰も苦笑いするしかない。
皇帝と引き合わされたあの日。
真実を知った皇帝だったが、煜峰が無実であったことは公には出来ないと言われた。
それもそのはず。
臣下に唆されたとはいえ、皇帝の妃嬪と煜峰とが姦通したように見せかけるよう指示したのは、皇帝自身なのだから。
煜峰の無実を証明するには、皇帝が自らの過ちを認めなければならないということ。
このことが公になればいくら帝といえど、全国から反発が起こるのは間違いない。
そのことは煜峰もよく理解しているので「分かりました」と返事をするだけだったが、皇帝は続けてこう言っていた。
『其方の無実の罪を晴らすことはしてやれぬが、だがこれだけは信じて欲しい。煜峰、絶対に其方の悪いようにはせぬ。出来うる限りの手を尽くして、其方を守ると誓おう』
力強く肩を捕まれ頷き返した時には、皇帝がどうするつもりなのか検討も付かなかったが、こういう事だったのかと納得がいった。
皇帝は皇后から全て聞いていたのだ。煜峰と麗霞のことを。
だから生涯一人の女性だけ愛せといっても、煜峰にとってなんの問題もないと知っていて、処罰を下したのだ。
皇帝と皇后、そして煜峰が皇太子の為に動いていると知っている皇太子一派は「名案だ」と盛り上がる中、胡中書令はなおも食い下がる。
「それでは陛下、煜峰殿下が陛下の妃嬪に手を出した件はどうなるのです? 陛下は宮刑を言い渡したことを後悔していたと仰せですが、お咎めなしでお許しになるということですか?! それともまさか、煜峰殿下が無実だったという新たな証拠でも出てきたのですか」
当然そこの所は皆が気になっていただろう。気になっていても問わなかったことを、敢えて口にした胡中書令。
皇帝の心がどこにあ
「胡よ」
「はい」
「煜峰に朕を欺いたという罪以外の罪はないことは、そちが一番良く知っているであろう」
一気に場の空気が張り詰めた。
表向きは煜峰が父親の妻に手を出したとなっているが、あくまでそれは表向き。
表立って口には出さなくとも、誰もが知っている。
若く有能な煜峰に嫉妬した皇帝が、息子を陥れたのだという噂。その提案をしたのは、最も重用している臣下・胡中書令だということも。
ただ、それを言ってしまえば胡氏だけではなく皇帝までもを糾弾しなくてはならない為、指摘する者は現れない。皆、固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「……以上の罰をもってこの話は終わりとする。皆の者、良いな?」
「「「「皇帝陛下の仰せのままに」」」」
こうして煜峰の身に起こった真実は公のものとなった。
***
「聞きましたよ、煜峰殿下」
やっと画院に戻ってきた煜峰に膨れっ面の麗霞が迫ると、「驚いたか?」と笑っている。
「驚いたどころではありません!」
皇宮では煜峰の話で持ち切りだ。まさか偽宦官だっただなんて!!
「仕方がないだろう、万が一他の者に秘密が知られれば、皇后様や暁明兄上に迷惑をかける事になったのだから」
「まあ、それはそうですけども……」
「宦官と結婚するのは嫌だったのだから都合が良いではないか」
「もうっ、まだそれ言いますか?!」
「いくらでも言ってやる。これでもお前の期待に応えてやれないと、本気で悩んでいたんだからな。どうだ、不安は解消したか?」
「もーーーーっ!!!」
ポカポカと煜峰の胸を拳で打った麗霞だったが、ふと動きを止めてそのまま胸元に顔を埋めた。
煜峰が浄身していなかったことだけではなく、もう一つ気になっていることがある。
「殿下が持てる奥さんは一人だけだと聞きました」
「そうだ」
「……私で良いのですか?」
「なんだ? 私を満足させる自信が無いのか?」
「ふざけないで下さい!」
人が真剣に話しているのにこの人は!!
煜峰の顔を見上げると、麗霞の頬に手を添えてきた。優しく微笑んだその表情に思わずドキリとしてしまう。
「むしろ私にとっては好都合。周りから他の妃を娶るよう煩く言われることもないし、近づいてくる女性を泣かせないようにと気を使いながら、かわす必要もないからな」
「その言葉、信じても良いんですね?」
「もちろんだ」
「実を言うとちょっと安心したんです」
「?」
「私は皇后様のように心が広くないですから。いくら頭では分かっていても、煜峰殿下が『今頃他の女性と……』って考えたらきっと眠れなくて、嫉妬してしまうところでした」
独占欲の強さに自分でも驚かされる。
重たい女は嫌だろうかと「なんて思ったりして」と付けくわけて笑って誤魔化すと、煜峰に軽く触れ合うような口付けを落とされた。
「ここが外なのが悔やまれるな。これ以上の事が出来ない」
「じゅじゅじゅ十分ですっ! 誰かに見られたらどうするんですか?!」
「何を困ることがある。私の唯一の妻となるのは栗家の娘だと誰もが知っているというのに」
宮中の風紀を乱すと言って麗霞の春画を取り上げた人が、何を言っているのだか。
「続きは嫁入りしてきた後で」と耳元で囁いてきた煜峰に、麗霞は顔を赤くして怒るしか出来なかった。
市川 ありみ
980
花月夜れん
2,559
耀聖(ようせい)
269
耀聖(ようせい)
855
コメント
1件
うわ、やっと真実が明るみに出た……!皇帝が実は後悔してたなんて、あの避け方にも納得いったよ。煜峰が宮刑じゃなくて「妻一人だけ」って罰も、皇帝なりの精一杯の償いなんだろうね。麗霞とのシーンも可愛すぎるし、「続きは嫁入りしてきた後で」には思わずにやけた。重たい女って自覚ある麗霞、萌える……。この物語、ここからどう動くのかめっちゃ気になる!