テラーノベル
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動画が公開されたのは、深夜0時を少し過ぎた頃だった。田島は「ちょっとだけ生きてみたゾンビちゃんねる」の初投稿を、キャンプチャンネルのサブ動画としてアップした。
タイトルはシンプルに、「土の中から出てきた女の子」。
サムネイルには、焚き火の前でまどかが微笑んでいるカットを選んだ。
これも偶然映り込んでいたものだ。
カメラを意識していないだけに、飾らないまどかが映っていた。
火の揺らぎに照らされたその表情は、どこか無防備で、どこか懐かしかった。
「これで、誰かが見てくれるかな」
まどかはソファに座りながら、田島のスマホを手に取った。
画面をタップし、動画のサムネイルを開く。
再生ボタンを押すと、自分が土から這い出てくる映像が流れ始める。
指先は迷いなく動いていた。
田島はその様子を横目で見ながら、ふと不思議に思った。
──記憶がないはずなのに、スマホの使い方は覚えてるんだな。
まるで、体が勝手に覚えているみたいに。
翌朝、再生回数は「1万」を超えていた。
田島はスマホを見つめながら、静かにうなずいた。
──初投稿をキャンプ動画の延長線で始めたのは、正解だった。
焚き火の映像、自然音、そしてまどかの“出現”──そのリアリティが、視聴者の好奇心を刺激したのだろう。
コメント欄には、「演出すごい」「特殊メイクのレベル高すぎ」「ゾンビかわいい」などの書き込みが並んでいた。
まどかはそれを見て、少しだけ笑った。
「ほんとに、かわいいって言ってるんだね」
「うん。照れなくていいよ」
田島は週1ペースで動画を投稿することにした。
2本目の動画では、まどかが「好きだったもの」を語る。
「たぶん、歌が好きだったと思う。口が、勝手に動くときがある」
「どんな歌?」
「はっきりは思い出せないけど……“風が吹いてた あの日の午後”とか、“誰かの声が 遠くで笑ってた”とか……そんな感じのフレーズが、頭の奥に残ってる」
「それ、オリジナルじゃないよね?」
「わかんない。でも、歌ってた気がする。誰かと一緒に」
まどかは口ずさもうとしたが、声は途中で途切れた。
「……ごめん。やっぱり、思い出せない」
3本目の動画では、田島がまどかに少し違う角度から質問を投げかけた。
「最近、夢って見てる?」
まどかは少し考えてから、うなずいた。
「うん。見てると思う。でも、起きると全部消えてる。色だけ残ってる感じ」
「どんな色?」
「青。水の中みたいな青。あと、白い部屋。誰かが立ってる」
「その人、誰か分かる?」
まどかは少し黙ってから、首を横に振った。
「……思い出しそうになると、遠ざかる。たぶん、近くにいた人だった」
「近くに?」
「うん。いつも隣にいた気がする。話してた。笑ってた。でも……その人の顔だけ、ぼやけてる」
まどかは目を伏せた。
その表情は、静かに沈んでいた。
指先がスマホの端をなぞるように動いていた。
まるで、記憶の輪郭をなぞるように。
田島はコメント欄をスクロールしながら、視聴者の反応をざっと確認していた。
「演出すごい」「ゾンビかわいい」「フェイクだろ」──肯定と否定が入り混じる、いつものSNSの空気。
「〇〇山の林道沿いだよね?大きな岩があったよね」
そんな地理的なコメントも混ざっていた。
田島は「一応、ピン留めしておこう」とだけ呟いた。
隠れ家的な場所ではあるが、誰もが知らないわけではない。
ただのキャンプ好きが、偶然同じ場所を通っただけかもしれない。
そのとき、まどかが隣で画面を覗き込んでいた。
田島がスクロールする指を止める前に、まどかの手がそっと画面に触れた。
「……これ」
「どれ?」
まどかが指さしたのは、何気ない一文だった。
「ゾンビとして生き返ったんだ?」
田島は眉をひそめた。
文面だけ見れば、ただの冗談か、感想のようにも見える。
でも、まどかはそのコメントをじっと見つめていた。
まるで、そこに何かを感じ取ったかのように。
「……この言い方、変だよね」
「うん。なんか、引っかかる」
田島は少し黙ってから、ぽつりと呟いた。
「まどかが死んでいたことを、知っていたかのように聞こえるな」
その言葉に、まどかは目を伏せた。
表情は静かに沈み、指先がスマホの端をなぞるように動いていた。
田島は画面を見つめながら、コメントの文体を読み返した。
一見、何気ない言葉。
でも、そこには妙な温度差があった。
冗談にしては冷たすぎる。
感想にしては、言い切りすぎている。
──まるで、“生き返る”ことが、誰かにとって都合が悪いかのように。
田島はそのコメントをピン留めすることはせず、ただ静かに画面を閉じた。
「次回の動画で、少しだけ触れてみよう。場所のことも、コメントのことも」
まどかはうなずいた。
その瞳は、何も語らず、ただ深く沈んでいた。
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