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合掌茸に礼も言わず、ユカリは洞窟を駆け戻る。波のように戻ってくる『這い闇の奇計』に目もくれず、足元を照らす合掌茸を蹴散らして走り抜ける。

そしてその勢いのまま、入り口があったはずの真っ暗な壁に魔法少女の杖を振り下ろす、としかし何に触れることもできず、勢いよく洞窟を飛び出した。はずだ。


真っ暗で何も見えない。自分の手も、その先の松明の炎すら見えない。確かに柄を握っていて、爆ぜる音が聞こえていて、焦げ臭くて、温もりを感じるのに。まるで暗い代わりに喧しく冥府の神に祈りを捧げる闇の眷属だけが住まうという遥か古に地の底に埋葬された都のような、完全に塗りつぶされた黒だ。


「夜!? じゃないよね。変身も解いてない、はず。つまり?」


『這い闇の奇計』という呪いの闇は二種類ある。一つは人々を蝕み、目を眩ませる闇の呪いだが、これは魔法少女に通じない。つまりこれは風で吹き飛ばすことのできる、ドークを連れ去ろうとした方の緑の眼の『這い闇の奇計』ということになる。


「でも一体どこから? グリュエー! 出番だよ! 一緒に全部吹き飛ばそう!」

「お任せあれ!」


その呪いの闇は風によって吹き飛ばせるはずだ。しかしいくら吹き付けても、全天は闇に覆われたままで、空どころか地面も見えない。空高くを漂っているのだろうか。


ユカリは一旦諦めて次にすべきことを口にする。「とにかくやっぱり魔法少女はなんともない。『這い闇の奇計』でも連れ去れない。街に戻るよ、グリュエー」

「方向分かる?」

「大丈夫」


魔導書の気配はやはり一方向、洞窟の方向から感じる。そちらが西で、メグネイルの街は東だ。

おっかなびっくり街へ戻ると、闇に包まれた街のあちこちから悲鳴が聞こえる。皆が狂乱状態で逃げ惑っている。とはいえ光のない彼らは思うように走ることもできず、慌てて転び、這いずるように逃げる者もいた。


「皆さん! 落ち着いてください!」とユカリは何度も呼びかけるが耳を貸す者はいない。「ドーク! カルストフさん! 誰か!? 私の声が聞こえる人はいますか!?」


悲鳴が悲鳴を、狂乱が狂乱を呼び、果てには人のものとは思えない咆哮をあげる者、まるで誰かを呪うようなおぞましく震える声で祈る者が闇の奥に現れる。闇そのものが闇に乗じた夜襲など只人に抗う術はない。

落ち着いていたはずのユカリも冷や汗を流し、開いた瞳孔はあらぬものを写し、肌は粟立ち、産毛が逆立ち、己の荒い呼吸が何かを言っているかのように聞こえる。


「ユカリ!?」


背後から声をかけられ、思わず振り返りざまに杖で闇を打つが何にも当たらない。


「落ち着いて、ユカリ。ユカリは何ともないんだから、ユカリが我を忘れたらお終いだよ」


グリュエーの言う通りだ。他にこれを何とかできる者はいない。

風で吹き飛ばせないのはなぜか。ユカリは考える。突然『這い闇の奇計』が対抗策を得たとも思えない。もっと単純なこと、例えばただ遠くにいるだとか、沢山集まって取り囲んでいるだとか。あるいはきちんと吹き飛ばせているがすぐに戻ってきているだとか。距離感が掴めないのでどれでもありうる。どちらにしても退けようとするだけでは駄目だということだ。

さらにグリュエーは嵐の如く吹き荒び、ユカリの髪を滅茶苦茶にするがやはり真っ暗闇のままだ。


「吹いて駄目なら」ユカリは閃きに従い、輝く杖を振り回す。「吸ってみろ、だ!」


【備蓄】する魔法少女の第四魔法は非生物しか取り込めない。魔法や呪いを取り込んだことはないが、たとえ這いずる存在だとしても呪いは非生物に違いないはずだ。空気を吸えて煙を吸えない道理はない。

効果は覿面だった。ユカリを取り囲んでいたいくつもの『這い闇の奇計』が杖から逃げるように飛び退く。やはり沢山の『這い闇の奇計』が山になってユカリを覆っていたらしい。闇の山は崩れ去り、緑の光の八つ子が天に現れる。


「こればっかりはグリュエーにもできないよね!?」

「別にできなくても良いもんね!」とグリュエーは負け惜しみを言う。


ユカリは『這い闇の奇計』から解放されたが、しかし飛び退いた数以上の『這い闇の奇計』が人々を追っていた。メグネイルの人々には闇に隠れて見えないはずの『這い闇の奇計』から逃げている。しかし実際は『這い闇の奇計』が人々を小突き、直接捕まえて連れ去るのではなく、マルガ洞の方へと追い遣っているらしい。まるで狼の狩りだ。


あわててユカリは杖に跨って飛び上がり、マルガ洞の方へと急ぎ戻ると、しかし人々は洞窟へ飛び込むのではなく、広場で跪いて一心に祈っていた。それは謝罪の祈りだ。征服者の気まぐれな機嫌を取るような謂れなき罪の赦しを乞う必死の陳謝だ。ラゴーラ領から、メグネイルの街から、マルガ洞から逃げようとしたことを謝っていた。要するにこれは神の怒りで、罪に対する罰なのだ、とシシュミス教団の信徒たちは判断したのだった。


確かに、ユカリの知る神話にも良き人々に悪さをする神はいる。荒ぶる神、蠅声さばえなす神、しき神。

しかし、もしもクヴラフワの呪災が貴き神の遣わされたものだとしても、たとえこの土地に人々を閉じ込め、信仰を強要するのが恐ろしき神の思し召しだとしても、ユカリのすることは変わらない。


ユカリは急速に降下し、人々の間に降り立つ。そして街から追ってくる闇も、洞窟に待ち構えている闇も、グリュエーと共に吹き飛ばす。


しかし「もう良いんだ! ユカリさん!」「神を怒らせてはいけない!」「出過ぎた真似だったんだ!」と闇を恐れる人々は訴える。

「良くないです!」とユカリは怒鳴り返す。「これは神の使いなんかじゃない! クヴラフワ衝突の、戦争の、今なお燻る戦禍なんです!」


『這い闇の奇計』は今や一切広場へ入ってくることはできず、ただ遠巻きにこちらを見ているだけだった。


「ましてや人より弱い神なんていませんよ」とユカリは吐き捨てる。「これは昔の魔術師たちが放った忌まわしい呪いです。何十年も残るくらいだから優秀な魔術師たちだったのでしょう。でも、私の足元にも及ばない!」


ユカリは有りっ丈の空気を放出し、グリュエーはその力の全てで『這い闇の奇計』を吹き飛ばした。

だが消し去ることはできなかった。『這い闇の奇計』は遠巻きに丘を回り込み、マルガ洞へと帰っていく。まるで天敵に怯える小さな獣のように。

それでも、祈りの声が聞こえ、ユカリは苛立ちを隠さず振り返る。しかしその眼差しは、その祈りは、ユカリに向けられていた。


「ちょっと、止してください!」先ほどよりもずっと強くユカリは拒絶する。


ユカリの言葉に誰も構わず、人々は続く。


「呪われた大地を穿ちし、我らが魔法少女、ユカリに感謝を。

多くの救いと絶えぬ喜びをもたらす幼き娘に感謝を」


ただマルガ洞への祈りの詩句をユカリに置き換えただけだが、そこには確かに崇敬の念が籠っていた。


どこか逃げ場はないかとユカリが辺りを見回すと新たな異変に気づく。マルガ洞の奥から光が溢れてきたのだ。天に座す緑の光とも、闇の奥に灯る緑の光とも違う温かみのある光だ。しかしやはり尋常の光ではない。それは『這い闇の奇計』と同様に、煙や霧のような振る舞いをして、もくもくと流れ込んでくる。


ユカリとグリュエーは自分たちと人々を守るために風の防壁を差し向けるが、しかし光の煙は微塵も揺らぐことなく、一直線にユカリの方へと流れてきて、まるでそこが終着点であるかのように、ユカリの首元に凝集する。

もはや逃げられるものではないと覚悟をしたユカリは光の煙のなすがままを見定める。煙はゆっくりと漂ってきて、ユカリを品定めするように巡る。少なくとも魔法少女の衣が弾ける呪いの類ではないようだ。


集った煙はユカリの首元で凝固し、世に二つとない美と力を伴う首飾りになった。飾りペンダントには紫水晶アメジストらしき宝石が誂えられていたが、単純な紫色ではない。質ゆえか、切り口ゆえか、それは三稜鏡プリズムのように光を分散し、紫にありとあらゆる色を加える。そしてユカリがそれに気づくのは少し後のことだが、そのチェーンは純白の絹で飾られて光の加減で綾なす幻想的な業物だが、見ようによっては主の首を閉めんとするかのような意匠だった。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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