その頃、少女と男は崖っぷちの状態に立たされていた。
殺気だった8人に囲まれたが、男が何とか3人ほど切り払い包囲を潜り抜けた。
しかし他の5人は手練れだった。命を惜しまず一直線に斬り込んでくる
しかも森の中と言うのがなお悪く、男の大剣の必殺の破壊力が全く役にたたなかった。そんな中少女は双剣を器用に使い、木などを踏み台にして相手の背中に剣を突き立てた。その様子を隠れて見ていたヴィッツが称賛と感嘆の息をもらす。「ほう‥‥なかなかやるなあの娘」
次の瞬間ヴィッツが茂みから短剣を兵士と戦っていてがら空きの男の背中めがけて投げつけた。
「貴様!!!」
少女が怒声をあげ、短剣を叩き落とす。だがそのせいでその一瞬少女の背中が完全に無防備となる。少女はしまったと思ったが遅い。兵士はこの期を逃すまいと死にもの狂いで少女の首めがけ斬りつけた
「ルウー!!」
何とか体をひねり、急所は避けたが、ざっくりと肩を斬りつけられ、鮮血が散る。小さく呻き声を挙げ、そのまま少女の体が地響きをたて、ゆっくりと地面に倒れこむ。
「ちくしょう!!ルウ!!」
他の兵士を吹き飛ばし、少女に駆け寄る。
「ルウ!!しっかりしろ!!ルウ!!」
必死で揺さぶるが、出血が酷い。男が自身の服を切り裂き、少女の肩に包帯がわりとして結ぶ、男には自分の命を奪おうとしている兵士達は見えてはいなかった。男は少女を抱き締めた。自分が情けなかった、こんな小さな体で己が守られた事に、本来自分が守るはずの体が冷たく地面に横たわっている事に。少女の瞳はなにも映していなかった。
映し出されていたのは、満開の花畑だった。
自分は何故かそこに寝そべってた。
日が暖かくて、春の匂いが辺りを包み込んでいた。
なにか忘れている気がするが、思い出せない。
何故かとても和やかな気持ちになれた。
「‥‥_!」
誰かに呼ばれた。
花畑から起き上がると、遠くに誰かが居た。
長い真っ黒の髪をなびかせ、白い服を着た、美しい人。
だが、顔が分からなかった。輪郭をかろうじで見れるだけ‥‥。
会ったことがないはずたが何故かとても懐かしい‥‥
「君は誰なんだい?」
その人は答えない。ただこちらを見つめ、微笑んでるだけ。
「俺はなにをしてるんだっけ‥‥?」
起き上がろうとした時、何かがべとりと手についた。
「?」
手を見た時、絶句した。
「え?」
そこには2頭の獅子が血だらけで横たわっていた。
腹がばっくり裂け、光を失った目はただ空みつめている。
「なんで?」
その瞬間花畑は全て枯れはて、真っ黒な空から血の雨が降り注ぐ。
「知っている。」
頭が痛い。
瞬きもせずに屍を見つめる。
「俺は、この“2人”を」
この二人が死んでから、目の前が真っ黒に塗りつぶされた。
美しい花畑も、森も、人も全てぐちゃぐちゃに。
いつの間にか、黒髪の人が目の前に立っていた。
見上げて見ると、その人も顔が黒く塗りつぶされていた。
「生きろ」
「命あるかぎり、走れ」
「自分を傷つけるものを、自由を縛るものを許すな」
自分はこの言葉を聞いたことがある。
意識が暗闇に飲まれていく
「父さん‥‥」
男は少女を抱き締めたまま動かなかった。兵士が近付こうとすると一寸の狂いもなく首を跳ね、問答無用で斬りつける。
「失せろ」
兵士もあまりの殺気にのけぞったが、ここで引き下がるわけにはいかなかった家族の為にも、名誉の為にも。ヴィッツはめんどくさそうに剣を構え訝しく思った。
「王子、その娘はなんですか?」
「友だ」
静かに答えた。ヴィッツはやれやれと言いながら男に斬りかかる。
「くっ!!」
このヴィッツは国内でも大四剣豪と呼ばれる程その腕は各地に轟いている
鋭い剣先が男をかすめる。
だがこの男もレティシアが誇る、狼の剣豪の証を唯一持つ英雄だ。
たちまち両者が入り交じる激しい剣戦が繰り広げられた。
しかしヴィッツには狙いがあった。まだ無事な兵士に目配りをする
兵士は一直線に斬りこむその先には少女が居た。
「しまった!」
まさに剣先が少女の細い首をかすめようとした時、鮮血が散る。だがその血は少女のではなかった。兵士が倒れこむ、その上に少女が覆い被さっていた。
顔を兵士の首に深く埋めている。男もヴィッツも絶句した。少女が激しく首を振り、兵士の首が銅から離れ、地面にごろンと転がった。
少女は獣が獲物を仕留める様に首に食らいつき、絶命させたのだ。
「ル‥‥」
のろりとこちらを向いた少女に男は初めて、この少女に対して恐怖を抱いた、その瞳はなにも映していなかった。白眼を剥き右肩は血がべっとりとはりつき黄金の髪を逆立て、その愛らしい口からは毒々しい液体を垂らし牙はこれでもかと言うほど剥き出されている。おおよそ人とは思えない形相だった。
他の兵士達は腰を抜かし、逃げたした。少女はそれを逃がさない。
逃げる兵士の背中に剣を投げつけ、向かってきた兵士の首にかぶりついた。捕まえた兵士の頭を噛み砕き、恐怖でうずくまる兵士の喉に指を突き刺した。
「あぎゃぁぁぁ!!」 「だずけでくれー!!」 「化物ー!!来るなー!」
夜の森に逃げ惑う人の声、人が泣き叫ぶ声、骨を噛み砕く鈍い音が響き渡る。やがて辺りにはもはや人間とは思えないぐちゃぐちゃに弄ばれれ腸などが散乱し、肉塊が転がっている。その血の海の中で返り血を浴び、静かに煌めく少女が居た。もはや二足歩行ではなく、口からはボタボタとよだれをたらしているまるでその姿は血に飢えた獅子そのもの。
「なんだこいつは‥‥」
ヴィッツが嗚咽を抑える。男も拒否反応を示す所だったが、ふと少女と目があった。その瞳は命の色に燃えている。だが、今にも泣き出しそうな瞳でもあった。男はぐっと拒否反応をこらえた
「ルウ‥‥」
駆け寄ろうとした時、少女が視界から消えた。
「うがあっ‥‥」
後ろを振り返るとヴィッツが少女とも連れ合っていた。
「ルウ!!」
よく見るとヴィッツの手には極細針が握られていた。この針は熟練者の手にかかれば、脊椎を破壊させ、いとも簡単に人の命を奪うことすら可能だ。
「くっ!」
ヴィッツは少女を投げ飛ばし、よろよろと後退りする、少女が口から肉片を吐き出す。手で腹を抑えている内臓辺りを喰われたんだろう、脂汗を浮かべ剣を構える。男が剣を繰り出そうとした時、馬が勢いよく現れた。
「なっ!?」
ヴィッツは馬に素早く乗り、駆け出した。これでは追いかけることは出来ない
男は馬が遠くなったことを確認し、少女に声をかけようとした。
「ル‥」
「呼ばないで。」
少女はしばらく下を向いていたが、ゆっくりと顔をあげた。
「ロウ、俺はここまでだ。」
コメント
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最初のさ、「ほう…なかなかやるなあの娘」のセリフで、あの娘(ムスメ)をあの”コ”と読んでしまう自分がいた…すんませんて((( 俺はここまでって言ってたからもしかしたら…と自分は思ったよ