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「やばい……ほんとに忘れた……」
玲央は更衣室のロッカーを何度見ても、水着がない。
目の前が真っ白になる。
よりによって今日はプール実習。
出席扱いにするには参加必須。
見学にするには……体調不良の演技が必要だ。
「無理……終わった……」
そこへ不意に現れたのが陽翔だった。
ふざけた笑みを浮かべながら、手には黒地の小さな競泳水着を持っている。
「おーい、黒川。あんま悩んでんなよ。ほら、貸してやるって」
「え……お前の? ちょっと待っ──」
「大丈夫、伸びるって。たぶん」
玲央は仕方なく受け取り、個室へ入る。
ひとりきりの狭い空間で、渡された水着を広げてみて、絶句した。
(……布、ちっさ……っ)
恐る恐る足を通していくと、太ももにぴたっと張りつく生地。
上へ引き上げると、ウエストがギリギリ収まる。
「うわっ……ピッタピタ……っ」
収まりきらない感覚と、妙な圧迫感。
前の布地がやたら浮いて、動くたびに“そこ”にまとわりつく。
もごもごと直そうとすると、指が触れてしまってさらに動揺する。
(……な、なんか変に意識しちゃって……)
そして、タオルをぎゅっと握り、意を決して外へ出た。
──ザワッ。
「……あれ、黒川!?」
「陽翔のじゃん、それ! え、履いたの!?」
「ちょ、サイズ無理あるって!」
みんなの視線が、一斉に玲央の体に集まる。
布の輪郭、肌の密着感、露出した太もも、そして……微妙な膨らみ。
「見ないで……っ」
思わず声に出しそうになる。
でも出せない。出したら負けな気がした。
そのとき、陽翔がプールサイドからこっそり近づいてきた。
「なぁ、黒川」
「……なに……」
「ちょっとヤバい。俺、正直、さっきからずっと見てる」
「はっ!?」
「いや、悪い意味じゃなくて……その……似合いすぎてるっていうか」
小声で囁く陽翔の目が、あまりに真剣で、玲央はうまく返せない。
(なんでそんな目で見るんだよ……こんな格好で……っ)
「お前、こういうの、意外と……ゾクゾクしてんじゃね?」
「っ……ち、ちがっ……!」
けれど、顔が熱い。
胸の奥が、なぜか“くすぐったい”。
見られていることへの羞恥。
その中に混じった、説明できない興奮。
陽翔の目が、自分の身体に向けられていることの――刺激。
授業の終わり、玲央は更衣室で陽翔にこっそり返す。
「二度と貸さないで……」
「なんで? めちゃくちゃ似合ってたのに」
「だまれっ……っ!」
その日、玲央の中に“見られること”への感覚が、ほんの少しだけ、刻まれた。