そこはギルドを出た後の、大きな通りを少し真っ直ぐ進んだところにある。
右手には武器屋。左手にはサーポートアイテムショップ。 ここは【東の街】中央通りだ。
地上は主に四つのエリアに分類する事ができる。
教会のある【北の街】。食の盛んな【南の街】。住居の密集した【西の街】。
そしてここ、ダンジョンのある【東の街】。
それぞれのエリアには中央通りと呼ばれる大きな道があり、そこの最も奥にそのエリアを象徴する建物がある。
【西の街】ならば孤児院が。【南の街】であれば大食堂。【北の街】には教会の聖堂がある。
ここまで言えば、もうわかっただろう。
サーシスらの目的地は、この【東の街】の中央通りの最も奥にある。〘ダンジョン〙への転送魔法陣である。
「よし、着いたな……」
フォルテがそう呟き、皆顔を上げる。
風が吹き抜け、彼らの背中を押す。
見上げた先にあるのは、一つの石製の建物。不規則な禍々しい形をした塔。別に特別高いという訳でも無いのだが、その存在感は異様だ。
この中の中央には、直径二十メートルくらいの大きな魔法陣が床に刻まれた場所がある。
それがダンジョンへの入り口。第一階層への転送魔法陣。
かつて神はダンジョンを創り出し、その最深部である第五十階層に願いを叶える力を持った宝珠を封じたらしい。
いつかこれを扱い切れる。ダンジョンを制覇できる者が生まれるまで……。
建物の中は薄暗く、日の光は天井に遮られていた。壁に掛けられた松明だけを頼りに中心へと向かう。
冒険者である彼らは、教会から【暗視の加護】という暗闇でも多少見えやすくなる魔法を頂いている。
なんせ、ダンジョンの中には太陽のような光源は無い。
もしこれが無ければ、戦うとかそういう事の前に何も見えないで勝手に死ぬだろう。
まあ、あくまで見えやすくなる程度の効果であって、影が濃く残る。モンスターの大半は黒いため、一度ダンジョンに入ればもう気は抜けない。
少し歩くと松明の無い、開けた空間に出た。
天井が硝子になっていて明るい。
地面は先ほどまでの石畳とは違い、ただの土だがそこには魔法陣が刻まれている。
そう。ここがダンジョンへの転送魔法陣である。
「みなさん……準備は良いですね?」
サーシスは四人、一人一人と順番に目を合わせ、最後の確認を取った。
フィーネは杖を取り出し、それをトンっと魔法陣の上に突き刺すように置く。
身体を魔力が流れ、それは杖に、そして魔法陣へと伝わった。
足元から蒼い光が発して、それはそのまま彼らを飲み込んだ。
*
ーダンジョン第一階層ー
先程までとは空気が一変し、彼らの心を強烈なプレッシャーが襲ってきた。
壁も足元もゴツゴツとした岩で囲まれたそこは、明らかに地上ではない。
ここはダンジョン第一階層。
「後方、三。前方、五……」
フェリエラがそう呟く。
カイネは腰の剣を抜き、先頭体制についた。
異変を感じ取ったフィーネは急いで宙に火を灯す。
その明かりは空間を伝わり、ある者を照らした。
「マジかよ。もう戦闘かよ……。流石ダンジョン、って感じだな」
「サーシスさんっ。早く指示を!」
いたのは【祈り人】と呼ばれる、上層全体で出現するモンスターだ。
その姿は、ダンジョンの恐ろしさを体現するかのように異質。
人の形をした黒い物体だが、頭を切り落とされたかのように首より上が無い。
代わりにその切り口の中から植物みたいに、身体のものと別に二つ腕が生えている。
そして、その腕も【唄う母】の戦闘態勢のように。また、その名を通り、祈るかのように手を合わせている。
人ならば胸と呼ばれる部位には、本来あるはずの無い目玉が埋められており、こちらを覗いてくる。
身体の方の腕では剣や斧といった、おそらくダンジョンで死んだ冒険者らの武器を握っている。
「背後はカイネ、フェリエラ。正面は他のメンバーでやります! 」
「了解、リーダー」
サーシスの指示を受けとるや否や、カイネは背後の三体に向かって飛び出した。
その直後サーシス、フォルテも正面の五体に目掛けて走る。 重たい空気を切り分け、風のように駆けていく。
サーシスはその速さに身を任せ、一体にナイフを突き刺す。
その攻撃は目玉に刺さり、それの奥にあるモノを破壊した。
それはモンスターの核であり急所。魔石だ。
すると、そいつの身体は塵となって消えていく。割れた魔石が、落ちた音が響いた。
瞬間、残りの【祈り人】が襲い掛かる。が、彼女がそれに反撃しようとする様子は無い。
刃先が彼女の頭上から数十センチの位置に達したその時、塵と共にそれらの武器が吹き飛んだ。
「ったく。俺に信頼を起きすぎだぞー」
「良いじゃないですか、別に。実際フォルテさんが間に合ったんですから」
「はあー。こっちのハラハラ感を返して欲しいね」
フォルテとフィーネの協力技。
その威力はやはり絶大。サーシスが一ヶ所に纏めた、残りの四体を一撃で葬りさった。
戦闘を終えた三人は、四つの魔石と割れた魔石を拾う。
魔石はギルドで金と換える事ができる。可能であれば割れていない方が高値ではあるが、このレベルのモンスターであればそもそも大した額にはならない。
それにこのダンジョンじゃ、そんな金を優先するようなマネは命取りになりかねない。
「おー。そっちも終わってたか」
そう言って、陽気にサーシスの元に来たのはカイネだ。その後ろにはいつも通り静かなフェリエラもいる。
サーシスがカイネをフェリエラと一緒にいさせたのには、単純な実力的な問題以外にも理由があった。
それは、未だ力を見せる気配の無いフェリエラを見極めるためだ。
彼が力を使うとすれば、自身がある程度危険な状況だ。例えば数的不利などだろう。
それにカイネほどの実力者であれば、その力の片鱗さえ見れればある程度の予想を立てることも可能。
「サーシス。話がある……」
そうカイネは彼女の耳元で、周りに聞こえぬよう囁く。
「フィーネさん。二人であたりに敵が残っていないか確認してきます。その最中の指示をお願いできますか?」
「ああ、はい。良いですよ。索敵お願いしますね」
カイネとサーシスの二人は、そういう体にして少し離れた場所へ移動した。
本当の目的はカイネから見てフェリエラがどう映ったかという事だが、索敵の方も嘘では無くてしっかりと行う。
まあ、【謳う母】戦の時もそうであったが、カイネは殺気などの気配といったものに人一倍敏感だから、そこにいるだけで敵を探れるのだが。
「で、カイネさん。どうでした?」
サーシスがそう聞く。その時のカイネの表情は、いつもの彼らしくは無い真剣さで溢れたものだ。
「まあ、そうだな。正直に言おう。フェリエラは【無能】、なんて呼ばれているが俺よりもずっと強者だ」
「なぜ、そう思ったんです?」
その発言は大抵の冒険者からすれば、冗談かと疑うくらいには意外ではあるのだろが、サーシスからすれば予想はついていた事だった。
カイネは気配に敏感だと言ったが、それは撤回しよう。その言い方は正確では無い。
冒険者は索敵をする時、空間の魔力を感じ取る。
物語なんかだと魔力を制限だとかしている者もいるが、実際は彼らの知る限りでは不可能だ。
魔力がある限り、そこには魔力回路が生じる。
そのため、魔力を断裂できる何かでも無い限りは、その者の持つ魔力量というのは明白。
いや、もしそんな物があったとしても、魔力が無いという事が逆に気配となる。
しかしだ……。
「フェリエラには、気配が一切無い」
「それは私も思っていました。
おそらくですが、常に何らかの形で魔力を消費し、空間の魔力濃度と体内の魔力密度に差が生まれないように調節しているのでしょうが……」
「少なくとも俺は、そんな芸当ができる奴は見たことが無いぞ」
そのカイネの言葉で二人の間に妙な緊迫感が生まれる。
そりゃそうだろう。そんな圧倒的実力を本当に持っているのであれば、わざわざパーティーを追放される訳が無いし、自分らの仲間に加わった事にも説明がつかない。
「カイネさん。今回の戦闘で何か他にわかった事はありますか?」
カイネはゴクリと唾を飲み込んでから、ゆっくりと語り始めた。
「何もわからない。って事がわかったよ。
始めに言っておくが、俺はフェリエラから一切目を離していない。
俺はまず単独で敵に飛び込んで、二体を同時に撃破。残りの一体をどう対処するかで、その実力を拝ませて貰おうと思ってた。
だが、フェリエラは動かない。それなのに、気づけば【祈り人】の背後にいて、既に魔石まで回収していた 」
「それは……。凄まじいですね」
「ああ……」
二人は、ただ祈る他無かった。
かつて【無能】と呼ばれていた男、フェリエラ。彼が自分達の仲間である事を。







