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ーダンジョン第五階層ー
「さてと……。今日はここらにしておきますか」
フィーネがそう言った。
サーシスらの新パーティーは、一日目にしてダンジョン第五層まで辿り着いた。
まあ、一日とは言っても正確な時間は地上に出ない限りはわからないのだが。
それでも、一度でここまで進む事ができた。
転送の直後こそ、突然の襲撃でそこそこ危なかったかもしれないが、その後は特に問題無く来れた。
フォルテとフィーネは、上層に関しては誰よりも詳しいし、サーシスはソロで上層制覇の経験を持つ実力者。
カイネも前のパーティーでは中層攻略中だったと言うし、妥当と言えば妥当な結果だ。
フェリエラの元いた【疾風の英雄】は、一日で上層を制覇。つまり、第十一層まで進んだと言うが、第五層まで来れた事は常識的な範囲での順調な成果だろう。
「そうですね。見張りは私がするので、皆さんは休んでいてください」
サーシスが言う。
翌日にも潜る場合は、地上には戻らずダンジョンで一夜を過ごすというのはよくある事。
誰かが見張り役として周辺を警戒して、その最中に他のメンバーは睡眠をとる。 ある程度したら、見張りは寝ている内の一人を起こして、役を交代する。
それを繰り返して、全員が休みと見張りをする。
それが通常の方法だ。だが、この時のサーシスの言い方は妙で、まるでそのまま自分は眠りにつかないようだった。
「おい、サーシス。見張りは俺とフィーネがする。若いのはゆっくり夢でも見てな」
「そうですよ。私たちでしておきますから、休んでいて下さい」
フォルテとフィーネは、そう優しく皆に告げる。だが、サーシスはそれでも納得できない様子だ。
「い、いや。私がするので……」
「何だお前。何を恥ずかしそーにしてんだよ?」
「いや。だって……」
カイネが尋ねると、サーシスは口元を手で隠しながら答える。
彼女の頬はなぜか真っ赤で、足は完全に内を向いており、女々しさが全身から溢れていた。
「別に皆さんを信用してない、とかじゃ無いんですけども。
男性に囲まれた状況で、無防備な姿を晒すのにはちょっと。抵抗があると言うか……」
カイネはそんなサーシスの姿を目にし、唾を呑み込んだ。
いくら天才冒険者、準一級剣士カイネであろうと一人の男である。それも十七の年頃の。
何故今まで意識していなかったのかと、不思議に思うほど彼の瞳をサーシスは奪った。
「俺も一緒に見張r……」
「俺も見張る」
カイネの下心満載の言葉を遮って、彼の行動を上書きするかのように言ったのはフェリエラだ。
「俺は、まだお前らを信用してない。
確かにサーシスの言う通り、そこの男なのに女の髪型をしているドスケベ剣士が、俺の寝込みを襲ってくるかもしれない」
『誰がお前なんか襲うか!』
『誰がドスケベ剣士だ!』
なんて言いたくはあったが、カイネはその喉まで出かかっていた言葉をしまう。
それは仲間であるサーシスに対して、良くない視線を向けてしまった事が『ドスケベ剣士』という言葉で鋭利さを持ち、心を突き刺した事と。
単純にサーシスとフェリエラが二人きりになるというのは、彼の情報を引き出す最大のチャンスでもあったからだ。
当然それに気づいたのは、カイネだけでない。サーシスもだ。
「なら、二人で見張りましょう」
サーシスが笑顔で答える。
カイネはフェリエラをほんのちょっぴり。たぶんちょっぴりだが羨ましく感じた。
*
皆が眠りについてからしばらくが経過したが、サーシスは気を抜かなかった。
魔力探知は勿論。あたりを見渡して、視覚でも確認を行う。
「騒がしいぞ。このあたりにモンスターはいない」
フェリエラが言う。
そういえば、このダンジョンに転送してすぐ、初めに敵の存在に気づいたのは彼だったか。
それも敵の位置から数まで完璧に把握していた。
「なぜそう言いきれるの」
それは彼女の純粋な疑問であった。
サーシスだって決して弱くはない。少なくとも、魔力探知に失敗しないほどには。
それでも人は、『もしかしたら』を考えるものだ。
自分に自信を持てるフェリエラは、彼女にとって奇妙でならなかった。
「……風だ」
フェリエラはそれだけを言った。
サーシスが良くわかってなさそうな顔をしているので、彼は説明を始める。
「俺は常に、微少ではあるが周囲に風魔法を発動している。その風は空気中の魔力を揺らすから、 地形からモンスターまで、実体を待つ存在であれば知覚できる」
「え……。何で話したの」
聞いておいてその答えは無いだろう。と、思うかもしれないがサーシスの反応は別におかしくない。むしろ当然といえる。
だが、冒険者というのは協力もするが、その前に競争相手でもある。
今回のような、誰にでも使える初級魔法の有効な応用法などは明かすべきではない。
「何で、か……。何でだろうな」
フェリエラは自身に問うように言った。
彼の心は今、空っぽで路頭に迷っている最中だった。
それはサーシスから見ても明らかで、最初は暗いと感じていた雰囲気の中には、彼の心の寂しさがある。
サーシスは自身の胸の前に拳をつくり、ぐっと力を入れた。目をつぶって自分の鼓動を確かめる。
「ねえ、フェリエラ。あなた……」
「待て……」
サーシスが何かを言おうとした時、ほぼ同時にフェリエラが呟いた。
彼は人差し指を唇に付け、『静かに』のポーズを取っている。
「敵だ……」
サーシスは急いであたりを見渡す。だが、何も見当たらない。
フェリエラも敵の存在は感じているはずだというのに、正確な位置までは理解できていないようだ。
風にも触れず、魔力探知にも反応しない。
そして、彼らは次の瞬間に理解した。
「上……!! 」
刹那、『死』の直感と共にサーシスの身体は強風により吹き飛んだ。
その勢い凄まじく、受け身を取らなければ壁にぶつかり、埋もれるか潰れるかで確実に死ぬ。
カイネを救出する際に使用した水と風の噴射で勢いを和らげ、同じように水と風でクッションをつくる。
それしかない。この状況で生き残るには。
だが、今回はあの時とは違う。視野の外。背後にそれをつくらなくてはならない。
手を後ろに回した事で、行動が一つ遅れた。
クッションはつくれない。
彼女が死を覚悟したその時、背後に水のクッションが現れ、衝撃を完全に消してくれた。
彼女はそれで、この時ようやく気づく。この風は攻撃では無かったのだと。
これはフェリエラが、私を助けるために出した魔法だと。
「フェリエラ……? フェリエラーっっ!」
サーシスが先程まで自分が座っていた位置を確認すると、そこにはこの世のものとは到底思えない禍々しい光景が広がっていた。
なぜ魔力探知に。なぜ風の探知に掛からなかったのか。
実に単純な答えがそこにはあった。
ソレがそんな常識など通じない、異次元の存在だったから。
それまでのモンスターの全てをソレは超越していた。
サーシスの目の前にあったのは、未知の物質によって形成された柱だった。
あの時、フェリエラが察したのはこれだったのだ。 これが宙から落下してきた。
そして、それは空間に空いた穴。
宙に浮いている黒い渦から、落下してきたのだ。
その渦がモンスターなのかどうかはわからない。
だが、確実にわかる事はその渦が、今まで見てきた世界とは違う、異世界の存在であるという事だけだ。
「サーシス!」
「フェリエラさん!!」
サーシスを呼ぶ、フェリエラの包括が静かな狂気に満ちた空を伝わってきた。
「皆を起こして逃げろっ!!」
『あなたはどうするんですか』と、彼に問いかけられるほどの時間と余裕は無かった。
サーシスには、このパーティーのリーダーとしての責任がある。
サーシスは黒い渦に背を向け、フォルテらの元へ走った。
『逃げる……の?』
『逃げる、逃げる、逃げるんだぁあ』
『ぼぉくは、その。応援してるよぉおお』
思わず足を止める。
彼女の目の前に突如として現れたのは【祈り人】にも似た、暗闇よりも真っ黒な人型。それも三体。
強さもわからない、未知なるモンスター。
だが、あの渦と何か関係がある事は間違いない。
しかし、さっきのは聞き間違えじゃ無いよな。ヤツらは確かに人の言葉を話していた。
言語を理解し、会得しているモンスターは今まで確認された試しがない。
最近起こっている、出現階層よりも上に現れるモンスター。明らかな知性。そしてこの威圧感。
そこから、わかる事。コイツらがおそらく、ダンジョン第二十六階層以下……深層のモンスターだって事だ。
強さはこの人型ですら、おそらく【英雄級】。
あの渦がモンスターであるならば、強さを表す階級の最上位に位置する【神話級】だろう。
【神話級】。それは神の領域。現在人類での到達者は登録されている限りでは未だ二人。
【聖剣:ヴェスト】と【剣姫:ペルヴェルス】のみ。
ダンジョンの闇の中の、真の邪悪なる存在に私は今、触れようとしているのかもしれない。
気づけばサーシスの身体は、下顎から足の指先に至るまで全身が信じられないほど震えていた。
それは恐怖なんてものでは無い。
それを乗り越えてもなお、生物としての本能が告げているのだ。
『逃げろ。死にたいのか』と。
彼女は自身に問いた、訴えた。私はどうするのだと。
『逃げる……。逃げるのぉ?』
『早く逃げてよぉおお。殺しちゃうぅよぉおおお』
『ええっと。がんばぁあっってぅえー』
サーシスは震える口を、強い意志で動かした。
「私は……」
その瞬間より、サーシスの身体の震えは完全に消えた。
彼女は腕を身体の前で勢いよくクロスさせた。
あまりの速さで見えなかったが、その時に腰のナイフも取り出していたそうだ。
三体の人型に向けての、戦闘態勢。
これが、彼女の選択だった。
「私は冒険者サーシス。冒険者とは、読んで時の如く冒険する者。
私の最も尊敬する人は言っていたわ。『挑戦を失った時、人は真の意味で死ぬ』のだと。
だが、私の心の熱はまだ煮え滾っているぞっ!!」
選択など始めから無かったのだ。
彼女に目に映っていた道は、ただ一つだった。
『え……逃げないの?』
『ダメだよぉ。死んじゃうぅぅう』
『カッコイイネェェェ。まるで本物のドットみたいだぁぁあああ』
サーシスは影にのまれた。