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地下空間で、第一のギミックが発動する。

それは四人を囲んだ壁が動き出し、次第に部屋を狭くしていくという、あまりにも単純なものだった。


「マズいな、どんどん狭くなっている。このまま俺たちを押し潰すつもりか?」


慌てた魔法使いのイルマは、杖を振り火弾ファイアを放った。しかしミアのコーティングを施された壁はぬるんと魔法を跳ね返し、反対にイルマの足元を燃やした。


「この壁、私の魔法を跳ね返した?!」


続いて戦士であるニスタが、魔力を込めた斧を壁に叩きつけた。しかし硬いゴムのように刃が入らない壁は、執拗なニスタの攻撃に怯むことなく全て弾き返した。


「バカな、物理攻撃も通じないだと。いや、まだだ、必ずどこかに突破口があるはずだ!」


ピルロの言葉に呼応し、スキルを繰り出して苦心する一行に対し、見えない壁を一枚挟んだところから様子を窺っていたペトラは、クスクス意地悪く笑いながら、必死の形相で攻撃を試みる四人を観察していた。


「見てよ見て、あいつら頑張ってる頑張ってる。だけどよぉ、そんなじゃ壁は止められないぜ。それに、こんなのはまだ始まりの始まりなんだからな!」


振り返ったペトラは、準備万端整えて待っていた、もうひとりに親指を立てて合図した。


すると今度は、小さな会議室ほどにまで縮んだ部屋全体がおびただしい光に包まれ、直後、「ウゴゴ!」という魔獣の呻き声が轟いた。


「ではお手並み拝見といきましょうや。トロールちゃん、奴らをやっておしまい!」


部屋の真ん中で突然響いた声に、四人は無意識に壁際へ寄って身構えた。


光が収まりそれぞれが目を開けると、部屋の中央に緑の壁が立ち塞がっていた。巨大な棍棒と用意万端装備を整えたトロールが、散らばった四方を見据えてヨダレを拭っていた。


「普通のトロールはせいぜいEランクだけど、ウチのトロールはミアさんのコーティング武器を装備してるもんね。……油断してると死んじゃうぜ?」


ペトラがパチンと指を鳴らすと同時に、トロールがニスタを狙って突進した。逃げ場がなく、攻撃を受けるしか術のないニスタは、手にした斧でトロールの攻撃を受け止めたが、力負けし、そのまま薙ぎ払われて壁に叩きつけられた。


「うグゥっ!」


「ニスタ?! ニスタを助ける、援護してくれ」


壁役のピルロは、盾を硬化コーティングさせてトロールに突っ込んだ。振り下ろされた攻撃を捌いている間に、隙をついてマルコイとイルマがニスタを救出した。


「ぐぅ、お、重い。たかがトロールが、なぜこれほどの攻撃を。ば、バカなッ?!」


盾ごとピルロを押し潰さんと、トロールが両腕に力を込めた。


本来ならば押し込む圧力に負けて足場が崩れ圧力が分散するものの、コーティングされた地面は高い反発力を保ったままで、ピルロの身体を全力で押し潰さんと押し返した。


「マズい、身体が、もう、もたん!」


ピルロのピンチに、マルコイがトロールの真横から飛びかかり、横腹に正拳を撃ち込んだ。しかし全体重を乗せた一撃も、トロールを覆っている鎧とダブついた腹肉に押し戻され、軽く弾かれてしまった。


それでも諦めずに腰を低く落としたマルコイは、逆の拳に付けていたナックルガードを最大限に固めて、再び腹に撃ち込んだ。


衝撃波で弾き飛ばされたトロールが壁にバウンドした。

間一髪で攻撃を耐えきったピルロは、ヒビが入った盾を擦りながら礼を言った。


「礼など後だ。今は奴をどう倒すかだけ考えろ。それにしても、本当にアレは俺たちの知っているトロールなのか?」


ダメージなく立ち上がったトロールは、殴られた横腹をボリボリ掻きながら「ホギャア」と咆哮を上げた。腹の奥まで響くような声量に、思わずイルマが「ヒッ」と怯えた声を上げた。


「どうやら俺たちが甘かったようだ。このダンジョンは何かがヤバい。態勢を立て直すため、退くしかない。全力で逃げる準備をしろ」


ピルロが撤退の指示を伝えるが、三人の反応は不自然なほど沈んだものだった。慌ててピルロがもう一度声を掛けるも、やはり反応は悪いままだった。


超自然的なダンジョンで、心をやられてひるんでしまった冒険者の末路は決まっている。その場で永遠の終局を迎えるか、無様に逃げ帰り、精神を病み生きていくか。おおよそ、この二択しかない。


自然の力は本当に無慈悲である。

モンスターは手を抜くことなく、圧倒的な暴力で冒険者を駆逐しようとする。


精神から崩れてしまった冒険者は、ただ逃げ帰る行動一つに、恐ろしいほどのストレスに晒されることとなる。死を目前にした恐怖は、時に受け入れられるリミットの範疇はんちゅうを越し、その人間自体の機能を停止させてしまうからだった。


軽率な行動や、実力の釣り合わない無謀な挑戦は、一瞬にして全てを奪い去る。

この瞬間、ピルロを除いた三人は、既にトロールの放つ殺気に飲み込まれ、ピルロの声は届いていなかった。



「―― しか~し、ホンモノの冒険者なら、そんなチンケな危機など笑って覆し進んでいくものだ。無様に泣きながら逃げ帰ったところで、その先には何もないってことをわからせてやる良い機会だ。せっかく遊びにきた獲物だ、とことん御教示してやれ、ガキども」



ボソリと呟いたイチルの独り言に反応したように、密室に誰かの指を鳴らす音が響いた。

反響するようにいつまでも消えないその音は、少しずつ膨張し、四人の冒険者の頭を直接揺らすように、内側から頭の中を叩いていた。


「なんだこの音は。あ、頭が割れるように痛い!」


壁一枚隔てた場所では、パタパタと翼を羽ばたかせ、数体のブラックバットが宙を漂っていた。


ペトラの指示を受けたバットたちは、壁の隙間を縫って室内に超音波を放ち、延々と反射を繰り返す密室空間を、超音波渦巻く異空間へと変貌させていた。


「単純なカラクリだけど効果は折り紙付きだぜ。そうだよな、ロディア姉ちゃん?」


バットを操っているロディアが苦笑いを浮かべた。

まさか自分の力がこのように使われるとは想像もしておらず、執拗に敵を追い込んでいくたかだか10歳の子供が恐ろしく感じて、図らずもゴクリと息を飲んだ。


「これは何者かによる攻撃だ、耳だ、みんな耳を閉じるんだ!」


ピルロが仲間たちに向かって叫ぶが、既にイルマやニスタには届かなかった。特にイルマは全て諦めたように涙を流しながら、目の前にそびえ立つ巨大な緑の壁に腰を抜かし、ぺたんと座り込んでしまった。


「イルマ、逃げろ、逃げるんだッ!」


ピルロが助けに走るが、一歩届かず、トロールの棍棒がイルマの腹を叩き、グシャグシャと音を立てた。全身の骨が砕ける鈍い音とともに壁に叩きつけられたイルマは、意識を失い倒れてしまった。


「い、るま……。クソ、なんでこんなトロールなんぞに!」


イルマをやられて逆上したピルロは、全ての魔力を解放し、自らの盾に集中させた。そして青筋の走ったひたいをひくつかせながら、「殺す」と呟き、盾にまとわせたエネルギーを全面に押し出した。


番人ガード、俺のまりょく全てを使い、奴を潰す!」


スキルと魔力で作り出した硬い盾を構え、ピルロはさらに拡大させながら、トロールを部屋の隅へと力づくで押し込んでいく。部屋が狭いことを逆手に取り、トロールを追いやり圧死させんと防御領域を広げていき、いよいよ四つ角の隅へとトロールを追い込んだ。


「マルコイ、今のうちにイルマを頼む。ニスタ、お前はどうにか出る方法を考えろ」


「出るって、そんなのどうやって……」


「いいから考えろ。俺はコイツをどうにか気絶させる。あまり時間はない、早くしろ!」


魔力の盾で仲間を覆いながらトロールを押したピルロは、全ての力を振り絞り、さらに盾を押し込んだ。身体の形が変わるほど追いやられたトロールは、為す術なく縮められ、呼吸ができずにアグアグと苦しみの悲鳴を上げた。


「頼む、倒れろ、倒れてくれぇ!」


肺の息全てを吐き出すように盾を掲げたピルロは、腰を落とし、さらに一歩踏み込んだ。硬すぎる四方の壁と、作り出した盾に挟まれたトロールは、身につけた強固な防具の甲斐もなく呼吸を断たれ、気を失い、ダランと舌を垂れ、白目を剥いた。


「やった……。ピルロ、お前やったぞ、ピルロ!」


倒したことに気付かず、盾を押し付けていたピルロにマルコイが抱きついた。


敵を倒したことを知り、気が抜けて腰を落としたピルロは、限界を超えて戦った自身の手のひらを眺めながら、「俺が、倒した?」と自問自答を繰り返していた。



「すげぇ、トロール倒しちゃったよ。ねぇロディア、もしやられるとしたら毒か魔法と思ってたけど、まさかの圧死だってさ。それは思いつかなかったなぁ、火事場の馬鹿力って奴だな、うん」


ピルロの脱力具合とは対照的に、攻防の様子を興奮しながら見ていたペトラは、冒険者側の苦労をはかって脱力しているロディアをよそに、心底楽しんでいるようだった。しかしまた何かを思い付いたのか、チョイチョイとロディアを呼びつけたペトラが、耳元で何かを囁いた。


「……本気で言ってるのか?」


「当たり前じゃん。叩くなら徹底的に、それがオーナーとの約束だろ?」


ハァとため息をついたロディアは、自分に言い聞かすように、何度も小さく頷いてから詠唱を始めた。そして目の前で悪魔のように微笑む子供を見下ろしながら、「徹底的、か」と首を振った。



「まだだ、まだ喜んでる場合じゃない。トロールが倒れている間に、どうにか逃げる方法を考えるんだ!」


ペトラの思惑を知ってか知らずか、ピルロが皆を鼓舞した時だった。周囲を照らしていた光が消え、部屋は完全なる闇に包まれた。


「なんだ急に。あれだけ明るかったのに」


マルコイの怯えたような声が部屋に響くと、それに応えるように、グロロという、低くくぐもった声が聞こえてきた。


誰かが「え?」と無意識に呟いた直後、再び灯った光とともにマルコイたちが見たものは、あまりにも絶望的な、《緑色の壁》だった。



「――だってさ~、初めからなんて言ってないよね。こっちは分身ダブルで幾らでも数を増やせるんだし、本当の絶望はこれからだよ、優秀な、ぼ・う・け・ん・しゃ・さん?」


倒したトロールは気を失って倒れていた。

よって、新たに現れたは、全く別の個体ということを、暗に示している。



近距離の咆哮に、ピルロたちの顔から生気が抜けていく。


無邪気に追い込んでいくペトラの采配とは裏腹に、ゆっくりと目を瞑ったロディアは、無慈悲に振り下ろされるトロールの棍棒の行末を見ぬように目を背けた。



響く断末魔を耳にしながら、もしかするとそこにいたのは自分たちだったかもしれないと身震いし、これまでの自分の甘さを悔いた。



「まだまだこれからだぜ、ロディア。あと五人、一気に叩くからな!」



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