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―――ザラリ―――
自分の体に伝わる無数の小さな粒による、微かな圧迫感に微かな違和感を覚え、それが次第に不快感へと変わってきたことによって、意識が覚醒する。
自分の身体の形状を認識する。頭があり、胴体があり、腕があり、手があり、足がある。私の身体の形状はいわゆる”人型”であるようだ。
ふと自然に考えに至った”人型”とは、一体何なのか?
人。即ち人間。二足歩行で前足ではなく腕と言う部位を持ち、加えて高い知能を持った生物。
何故そんなことが分かるのか?それは私にも分からない。しかし、私にはある程度の知識が備わっているらしい。人間という存在以外にも、様々な知識が頭の中に思い浮かぶ。
それはそうと、今の私は地面に横たわっているようなので、瞼を上げながら体を起こして立ち上がるとしよう。
視界に入ってきたのは、無数に乱立している巨大な樹木と、お世辞にも均されているとは言えない、大小様々な石が至る所に散らばり落ちている地面だった。
―――ビタン―――
上に顔をあげてみれば、空を蔽い尽くす勢いで青々とした樹葉が生い茂っている。その僅かな隙間から、(おそらくは)日の光が差し込み、ほどよく熟しているであろう艶のある桃色の果実を優しく照らしている。果実の大きさは私の拳四つ分くらいはあるか。
―――ビタン―――
この場所は深い森なのだろう。日が昇っていると思われるにもかかわらず、周囲はかなり薄暗い。
どういうわけか薄暗いと認識している筈なのに、私の視界は極めて良好であり、周囲の環境を鮮明に瞳に映し出している。
暗視能力でも備わっているのだろうか?どうであれ、私の視力はかなり良いようだ。
―――ビタン―――
耳を澄ませると、風に枝が揺らされ、葉がこすれる音が、ここから幾らか離れた場所から水の流れる音が、森に住まう動物たちの鳴き声が、私の耳を楽しませてくれる。聴力も至って良好のようだ。
―――ビタン―――
さて、周囲の環境も大体把握できたことだし、そろそろ私自身の状態を確認しよう。視線を落として自分の身体を視界に収める。
手、腕、足、胴体。外見はやはり最初に認識した通り”人型”であり、人間の姿形をしている。
局部を覆い隠すように胸部と臀部に”布のようなもの”が巻き付いている。黒色で、若干光沢がある。どちらも同じ素材なのだろう。
ちなみに、”布のようなもの”には伸縮性があり、それでいて肌触りはなめらかで、着心地はとても良い。
胸部が私の握りこぶし大程度には膨らんでいることに加えて、股間の感覚から、私の性別は女性だろう。
―――ビタン―――
視界に入った髪を束ねて手に取ってみる。色は黒く艶があり、不思議なことに油を纏っているわけでもないのに、光が当たる角度によっては緑や紫を含んだ光沢を放っている。
後ろ髪の長さは、大体胸の下あたりまでか。若干クセがあるのか、先端へ向かうにつれて、少しずつ曲がってきている。
―――ビタン―――
周囲に一定の角度で光を反射するものがない以上、自分の顔の造形を正確に認識することができない。
それでも、自分の顔の大まかな形状ぐらいは知っておこうと思い、両手を自分の顔にあててみる。顎、口、頬、耳、鼻、目、ときて額に手を這わせた所で―――
───ゴツリ───、―――ビタン―――
手に、やたら固い感触。
額から伸びているそれに手を這わせてみる。
角張った形状をしていて、少し上に突き出してから私の頭を覆うように緩やかな曲線を描きながら後方に伸びていき、先端部は頭頂部を少し過ぎた所でやや上を向いて尖っている。
それが2本。角だな、これは。太さは、私の指三本分、といったところか。
―――ビタン―――
強度を確かめようと思い、角の先端部をつまんで力を込めて抓ってみるが、びくともしない。
今度は、角の根元をしっかりと握り、徐々に側面に向けて力を込めてみるが、それでも結果は変わらなかった。
なお、この際に角、及び角の付け根やそれを握りしめた手にも痛みを感じる事も無ければ、掌が傷ついたり、跡がつくようなことも無かった。
また、自分の身体の一部だと認識はできるが、角には触覚は無かった。
―――ビタン―――
角というか、私の身体が頑丈なのか、もしくは私が非力すぎるのか。どちらにせよ、私がただの人間ではないのは間違いないか。
―――ビタン―――
いい加減、現実逃避は終わりにしよう。自分の形状を認識した時から感覚はあったし、先ほどからチラチラと視界に写ってはいたのだ。
―――ビタン、ビタァンッ―――
私の腰の後ろの位置から生えた、黒い鱗に覆われた尻尾が、先ほどからしきりに地面を叩きつけていた。
まぁ、私が自分の意思で動かしていたのだが。
自分の顔も、名前も、過去も分からない。で、頭には角。腰からは尻尾。はてさて、私は一体何者なのだろうね。