私が何者か、考えたところで答えが出るわけでもない。気持ちを切り替えて私の尻尾を確認してみることにしよう。
尻尾を私の視界の中央へと動かしてみる。驚くことに手足と変わらないどころか、それ以上に精密かつ自在に動かすことができた。尾椎は20以上はあるらしく、動かすことのできる全ての部位で上下左右の稼働はもちろん、左右どちらにも半回転以上させることもできた。
長さは、私の足の二本程度。付け根の太さは私の太腿よりも一回り太く、それが徐々に細くなっていき、先端部は私の手首ほどの太さとなっている。
尻尾を覆っている鱗は、触ってみた感触から一つ一つが私の爪と同じくらいの厚さがありそうだ。
鱗の大きさは、親指ほどの大きさがある。私の髪と同じく光の当たり具合で緑や紫を含んだ光沢を放っている。傷はどこにも見当たらず、ひんやりスベスベで触り心地がいい。
試しに鱗を爪ではじいてみると、金属をはじいたような小気味良い音を立てたことから、それなり以上の強度はあると思われる。この時、指に痛みは無かった。
そもそも、意識を覚醒させて身体を立ち上がらせてから、尻尾を確認するまでの間、音が響くほどの力で大小様々な石が無秩序に転がっている地面を叩き続けていたのだ。それにもかかわらず尻尾に傷一つない時点で、その強度がうかがえる。
尻尾の先端部からは、私の腕ほどの長さがある、極めて鋭利な直剣のような形状をしたヒレが縦向きに生えている。幅は掌よりやや広く、付け根は親指ほどの厚さがあり、端は髪の毛一本にも満たないほどの薄さだ。
ヒレの強度を確認するため、角に行ったように先端を摘み、抓ってみるが、こちらもびくともしなかった。今度は、ヒレの先端とヒレの付け根を両手でしっかりとつかみ、ヒレの中心に思いっきり膝蹴りを放ってみた。が、やはり結果は変わらず、膝には衝撃こそ感じられたものの、これといって痛みが無ければ、関節の不調も感じられなかった。私に痛覚は無いのだろうか。
ヒレも角と同じく体の一部として認識はできているが、触覚はなかった。角を触れてみた時にも思ったが、神経は通っていないのだろうか。
ヒレの切れ味はどれほどのものだろうか?そもそも切断力があるのだろうか?試しに前髪のほんの一部をつまみ取り、軽く引っ張る。先端から親指の幅ほどの長さの場所にヒレを押し当ててみると全く抵抗を感じること無く、私の髪は切断されていた。
続けて、私の局部を蔽っている”布のようなもの”で切れ味を確かめようと思ったが、流石に一張羅に相当する物を破損させるのは気が引けるため、別の方法を試すことにしよう。
ヒレの端に沿って右手の人差し指を軽くなぞらせると、それだけでチクリとした刺激と共に、薄く皮膚が裂け、傷口から赤い血が流れた。
痛覚自体は私にもちゃんとあるようだ。
というわけで、不要な怪我を避けるためにも尻尾、特に先端の剣状のヒレ(以後、鰭剣《きけん》と呼ぶことにする)の扱いには十分に気を付けるとしよう。
傷口を舐めようと指を見れば、すでに傷はふさがっていた。傷跡すら見当たらない。我ながらドン引きするレベルの再生能力だ。
傷口を舐めようと思ったところで、今まで特に気にしていなかったが、ふと私の口内、具体的に言えば私の歯はどのような形状になっているのか気になった。
歯に沿って慎重に舌を這わせてみれば、唇に触れている部分は、上下ともに綺麗な三角形を模っていて極めて鋭利に尖っている。歯というよりも牙と表現するべきだろう。嚙み合わせはとても良く、嚙み切るという行為に実に適している形状だ。
仮に傷口を舐めようとして、何も考えずに指を咥えたら、指がズタズタになっていたかもしれない。それも直ぐに再生しきってしまいそうだが。
奥歯の形状は厚みがあって平坦な咬合面をしている。こちらは磨り潰すことに適した形状といえるだろう。
そういえば、尻尾の鱗や額の角にも、再生能力はあるのだろうか。試してみよう。
駄目だった。
検証の結果、私の尻尾の鱗や角に歯、そして鰭剣は、私にとって最も強固な部位であると判断した。
まさか鱗も角も端剣も歯でさえも、傷一つ付けることができないとは。角や尻尾を鰭剣が届く範囲で切り付けてみても、尻尾や鰭剣に噛み付いてみても、歯を食いしばって鰭剣を牙に突き当ててみても(正直これだけは少し怖かった)、どの部位にも少しも傷が付くとは無かった。
当然、痛みも感じない。さらに、角の先端部を鰭剣の腹に当て、ひっかいてみたが、これもまた傷が付くことはなく、人間であれば、極めて強い不快感を覚えるであろう甲高い音を立てるだけに終わってしまった。
身体の耐久力は大体検証できたということにして、今度は私の身体能力の検証を行おう。
まずは、目の前の樹木を見る。とても大きく、幹の太さは私が三人で輪を作ったぐらいか。とても頑丈そうに見える。身体能力の検証に使えそうだ。
樹木を対象に検証を行おうと思い、幹に手のひらをあてがい意識を手のひらに集中させる。すると、手のひらを伝ってくる微弱な振動から非常に緩やかに、しかしとても力強く水を吸い上げていることがわかる。手のひらの触覚は、極めて高い感度を持っているようだ。
それはそれとして、今の感覚からしてこの樹木。いや、この森の樹木達は今も懸命に、そして健やかに生きている、ということだ。だとしたら私の都合、私の我儘でいたずらに樹木を傷付けてしまうのは、正直忍びない。
尤も、青々とした葉を空を埋め尽くす勢いで生い茂らせ、甘い香りを放つ熟した果実をそこら中に実らせていることが確認できている以上、彼等が生きているということは分かっていたのだが。
樹木を直接検証に用いることを諦め、何か他に検証に使えるものが無いかと視線を動かしていると、地面には至る所に大小様々な石が転がっていることを思い出す。
まずは私の拳ほどの石を手に取り、肩ほどの高さから、手にした石よりも大きな石にめがけて自由落下させる。すると、落とした石が大き目な意思にぶつかり、小気味良い乾いた衝突音を放って弾かれる。
それぞれの石を確認してみると、どちらの石にも傷はついていない。つまり、手にした石がそれなりの硬さを持っているということだろう。
私は再び落とした石を手に取って軽く握り、石に対して徐々に力を加えていくことによって、自分の膂力を確かめようと試みた。が、その試みは失敗に終わる。
手にした石は、力を込め始めると瞬きする間もなく小さな破裂音と共に派手に砕け散り、周囲に勢い良く破片が飛散してしまったのだ。
勢いよく飛び散った以上、石が脆いということは無いだろう。
今度は砕け散った、なるべく尖った石の破片を、右手の人差し指と親指でつまみ上げてそのまま潰してみた。
石の破片は小さな破擦音を立てると、粉々になってしまった。当然のように私の指は傷一つないし、痛みもまるで感じていない。
そよ風が吹き、もはや砂となってしまった元・石の破片は、私の指から風に運ばれてサラサラと舞散ってしまった。
つまるところ私の握力は、その辺の石では推し量ることができない程強いということだ。握力が強いということは、それ相応に膂力もあるということだろう。
私はこの結果に頭を抱えたくなった。
仮に私の身体能力がこの森にとって異常に高いものであった場合、森でモフモフした可愛らしい動物達に出会うことが出来たとしても、安易に撫でたり抱きしめたりすることが出来なくなってしまう。
これはいけない。おそらく、私にとって死活問題になりうる気がする。
身体能力の検証が終わったら、早急に力のコントロールの訓練をしなくては。