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一人ぼっちで落胆する宮本の前に現れたのは、峠の頂上で休憩していた年代を感じさせるデコトラだった。興味に惹かれるまま傍に近寄り、運転手のおじさんと言葉を交わした。
デコトラから受ける見た目の悪さで、最近はなかなか仕事がないこと。ある程度の年齢になったら躰にガタがきて、荷物の搬入をするのもつらい仕事だということ。
そんな境遇だけど、楽しく仕事を続けていることなどなど、語られるものすべてが新鮮に聞こえた。
『おじさんの後継者になりたい!』
真剣に話を聞いていた、はじめて逢ったばかりの若者の言葉とリアクションに、おじさんは笑ってやり過ごした。だが、宮本は本気だった。
数か月後ふたたび峠で休憩しているデコトラに、勇んで話しかけに行った。
「おじさん俺、大型自動車の免許を取った。いつでもこのデコトラを運転できるよ」
情熱に押されたおじさんは、最初は仕方なく宮本を助手席に乗せて仕事を教えてくれた。会社員として働きながらでは、やはりキツいこともあり、一般企業をすっぱり辞めて、デコトラの仕事だけに集中した。するとそこから本格的な指導に変わり、身を入れてハンドルを握りしめながら仕事ができた。
そしておじさんが引退するにあたり、RX-7を手放した代金と引き換えに、デコトラを手に入れた。
(こうして改めて過去を振り返ってみると、俺ってば、行き当たりばったりなことばかりしているんだな。だけど、そのすべてが宝物になってる――)
なにかを失うと、それに見合う何かが必ず手に入り、宮本の人生に彩りを与えた。今一番の宝物である、大好きな橋本の背中に視線を移す。
自分にはない、年齢の渋さを雰囲気に醸し出す、すごく格好いい橋本。憧れていたインプの持ち主という付加価値も相まって、唐突に底なし沼に突き落とされた感じで恋に落ちた。
めでたく両想いになり、これからの人生を共有することにあたり、橋本は今までどんな生き方をしてきたのかが気になった。
そもそも橋本の家族構成も知らないばかりか、どんな恋人と付き合ってきたのかなど、知らないことがたくさんあるのを、今更ながらに考えさせられる。
付き合う前に、ホテルにて押し倒された経緯があるせいで、遊び人認定しているものの、心から好きになった相手は、客であるキョウスケ以外にいなかったのであろうか。
だからといって、そこのところをズバリと訊ねる勇気が出なかった。
聞いても過去のことだからと、うまくはぐらかされそうだし、現在進行形で自分と付き合ってるのに、なにか不満があるのかと突っ込まれて揉めたりしたら、たまったもんじゃない!
とりあえず――。
「ねぇ陽さん。どうして喧嘩に強くなったの?」
「ん? そうだな、周りにやんちゃするヤツがたくさんいたから、自分の身を守るために強くなった感じ。前に教えてやったろ」
「そうでしたね。俺の友達にはそういう人がいなかったお蔭で、喧嘩をせずに済んでいたんですけど」
当たり障りのない質問にサラッと答えた橋本を、すごいなと思いながら見つめた。
「雅輝、ビビってるんだろ?」
「そりゃビビりますって。滅多に逢うことのない人種ですし」
膝に置いている黒い手帳に触れながら、宮本は唇を尖らせた。
こうして拗ねてみせても、年上の橋本によしよしされた途端に、うまい具合に丸め込まれる。それがわかっていながらも、拗ねずにはいられない。
「もうすぐ到着する。ここで5分だけ待っていてくれないか?」
「5分?」
「ああ。それでも戻らなかった場合、扉を開けて突き当りを右に曲がったところにいるから、俺を助けてくれ」
「陽さんを助ける……」
サイドブレーキを引いて、古ビル前に停車させたタクシー。シートベルトを外した橋本は微苦笑しながら振り返り、宮本の膝の上から黒い手帳を取りあげた。
「俺としては、これを返したらすぐに戻る予定でいるが、相手が相手だからな。何が起こるかわからない。だから保険をかけた」
「保険って俺?」
何度も瞬きしながら、自分のことを指差してしまった。
(今まで喧嘩をせず、平和な環境でのほほんと過ごしてきた俺に、わざわざ助けを求めるなんて?無謀な気がするよ――)
「雅輝なら、絶対に助けてくれると思ってる」
「陽さん……」
「じゃあな、行ってくる!」
颯爽とハイヤーから降りてビルの中に入って行く橋本の後ろ姿を、宮本は複雑な心境で眺め続けた。
5分経っても橋本が戻らなかった場合、どうやって助けたらいいのか――。
頭の中には、アニメで見た喧嘩のシーンが映像化されたのに、右から左に流れるだけで真似できそうになかった。そう思わされるのは、相手がヤクザだから。
(もしも拳銃を持っていたら、陽さんの前に立ちはだかるくらいしか手がないよ。他にも短刀みたいな光り物を持っていた場合は、真剣白刃取りするしかないと思うけど、どんくさい俺なら頭で刃を受け止めちゃって、流血騒ぎに発展するだろうな……)
橋本は5分以内に戻ることができるのか――戻らなかったそのときは宮本に助けを求めることになるが、ピンチがさらにピンチに繋がって最悪の事態になる予感が満載!
さてこのあと、どうなってしまうのでしょうか!?