春の風が少し冷たくなり始めたある日、三咲は一人で旧校舎の裏に足を運んだ。そこは、かつて智也と何気ない会話を交わした思い出の場所。落書きだらけの壁に指を滑らせながら、彼女の胸にあふれてくるのは、消えない後悔と、わずかな希望だった。
「私、本当にこれで良かったのかな……」
つぶやいた声は風に消えた。智也と再び歩き始めた今でも、胸の奥にある過去の影は簡単に消えてくれない。春菜の涙、真理子の告白、優子の沈黙。誰かが不幸になることで成り立った関係は、果たして本物なのか。
一方、智也もまた、自分の部屋で昔の写真を眺めていた。三咲と初めて笑い合った文化祭の写真、春菜と一緒にコーヒーを飲んだ日の写真、そのすべてが、今の自分の未熟さを突きつけてくる。
「俺、本当に何してたんだろうな……」
今までの自分の言動が、誰かをどれだけ傷つけてきたか、今になってようやく見えてきた。そして、逃げていた「責任」という言葉が、重くのしかかってくる。
その夜、智也は決意を固めた。
翌日、彼は三咲に言った。「三咲、俺……春菜に会ってくる。ちゃんと話さなきゃ、前に進めない気がするんだ。」
三咲は一瞬驚いたが、静かにうなずいた。「うん、行ってきて。私も、自分の過去と向き合う勇気、少しだけ持てた気がする。」
その日、智也は春菜の家を訪れた。インターホンを押す指が震えていたが、逃げなかった。扉が開き、そこに立っていたのは、どこか憔悴した春菜だった。
「……やっと来たんだね。」
その言葉には怒りも涙もなかった。ただ、静かに、穏やかに。二人の間に流れる沈黙は、今までとは少し違っていた。
そして、ようやく物語の歯車は、ゆっくりと「過去」から「未来」へと動き始めたのだった。
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