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春菜の部屋の中は静まり返っていた。智也が目の前に座っている。それなのに、まるで何か大きな壁が二人の間にあるようだった。
「……で、どうするつもりなの?」
春菜の声は淡々としていた。だが、その瞳の奥には、言葉にならない思いが渦巻いていた。
智也はしばらく黙っていたが、やがて、絞り出すように口を開いた。
「俺、最低だってわかってる。春菜にも、三咲にも、真理子にも……何ひとつ責任を果たせなかった。でも、今さら後悔しても遅いってこともわかってる。」
春菜は少しだけ目を伏せた。そして、ぽつりと呟く。
「……私ね、あの日、本当はずっと言いたかったの。あなたのこと、本当に好きだったって。」
智也が顔を上げる。
「でも、もう言わない。だってもう、あなたは私のものじゃないから。」
その瞬間、智也の胸の奥に、痛みが走った。春菜の言葉は、優しさで包まれていたのに、なぜか刃のように鋭く、心を切り裂いた。
「ありがとう。そう言ってくれて、本当に……ありがとう。」
智也は立ち上がり、春菜に深く頭を下げた。
春菜も立ち上がり、ゆっくりと微笑んだ。
「ねえ、智也。あなたはこれからも、誰かを好きになると思う。でも次は、ちゃんとその人一人を大事にしてあげて。私みたいに、誰かの“ついで”にならないように。」
玄関まで見送る春菜の背後で、心の奥底に閉じ込めていた気持ちが、そっと形を変えた。悲しみではなく、少しの安堵。そして、ほんのわずかな希望。
智也が去ったあと、春菜は窓を開けた。冷たい春風がカーテンを揺らし、部屋に新しい空気を運んでくる。
「……さようなら。私の、初恋。」
それは、彼女がようやく手放せた想い。そして、前を向くための一歩だった。