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第3話「リスのご奉仕」
あれ、さっきもこんなことなかったか?
「もしかして……デカイ声ダメなのか?」
「はっ! あ、うん。大きい声とか音聞くと身体動かなくなっちゃうんだ」
「ご、ごめん」
「でも目は見えてるし耳も聞こえるよ! ミツハルがうっちゃんを褒めてくれたの、ちゃんと聞こえてたよ」
えへへ、と照れたように笑うリコ。
けどさっきのピンク発言を喜んでくれる女の子が、世の中に何人いるんだろう。
「でも、なんでコワイ声出したの?」
「……それより、なんで俺の名前知ってるんだよ」
言葉に詰まり、俺は強引に話を変えた。
「前に一度、山の中で会ってるからだよ! うっちゃん、ギンギンとはぐれちゃって悲しかったんだけど、ミツハルが、一緒にいてくれたんだ」
山の中。
リス。
この二つには覚えがある。
だからゴミ袋の上にいたリスが本物だと思ったんだ。
「あのときは、うっちゃんニンゲンに化けられなかったしニンゲンの言葉もわからなかったから、お返しできなかったけど……でもギンギンにいっぱい色々教わったから、いまは色んなことできるよ!」
大きく胸を張るリコ。
「だからって、ああいうことは軽々しくやるもんじゃないだろ」
「ああいうこと?」
「抱きついたり舐めたり!」
「ニンゲンのオスは、ああされると嬉しいんでしょ?」
否定はしないが、何か釈然としないものがある。
「ギンギンがそう教えてくれたんだ」
「またギンギンかよ。何者なんだよそいつは」
「うっちゃんの友達のキツネだよ。ニンゲンの化け方とか、ニンゲンの世界のことを教えてくれたんだ」
「あー、だから化け方を教えてもらえたのか。キツネだもんな、人を化かすって言うし。なるほどー……って、なるほどじゃない!」
「んん?」
「なんか自然に、おまえは俺が昨日拾ったリスで、数年前に遊んだリスってことになってるけど、普通に考えたらありえないだろっ」
リコが「あれ?」と首を傾げる。
「俺が信じたのは、リス耳とリスしっぽの女の子が、よくわからんけど俺のことを知ってて、覚えのない理由で恩返しされそうになってることまでだ」
確かに耳もしっぽも、ホンモノっぽく見えた。
本人の自己申告もあった。
でもだからってまるっと信じられるわけがない。
……ものすごく今更なリアクションだということは自覚してる。
普段の俺は、基本まともな人間なんだよ。
「じゃあ、いま元に戻るよ」
リコはそう言うと立ち上がり、俺の前で仁王立ちすると目を閉じ、深呼吸。
それから――ゆっくりと、後ろに倒れるように身体が傾いた。
後ろは壁だ。
あのまま倒れたらぶつかる、と思った瞬間――消えた。
残像もなく、一瞬にして。
「ほら! ね?」
足元で、リコの声がした。
目を向けると、ぴょんぴょん飛び跳ねるリスがいた。
しっぽを振りながら、素早く俺の足から肩に上がってくる。
「これで信じた?」
俺の肩に乗っている姿はどう見てもリス
なのに、声はリコ。
「じゃあ、ニンゲンになるね!」
肩の上で高くジャンプして、宙返り。
すると。
「げふっ!?」
突然の衝撃、鳩尾(みぞおち)強打。
押し倒されて、超至近距離に――リコの顔。
しかも、またハダカ。
やわらかいあったかい――けど、一回思い切って触ったからか今度は耐えられた。
「は、離れろ。これ、服」
「ミツハル……怒ってる?」
「怒ってない」
俺が言うと、リコは服を着始めた。
今は獣耳としっぽがない。
出したり消したりできるのか。
「うっちゃんね、ずっとミツハルに会いたかったんだよ」
ズボンを穿きながら、リコは言う。
「ギンギンにたくさん教えてもらって、ミツハルの居場所を探す方法も見つけて。やっと会えると思ったら、ミツハルの家に行くまでが大変で……疲れてボロボロだったところをまたミツハルに助けてもらうなんて、すごいよね」
ボロボロになりながら俺を探して、俺のために何かしたいと思ってくれて。
「ミツハルはうっちゃんの命のオンジンだよね!」
ぴっかぴかの笑顔を向けてくる。
本物のリスに会った記憶はある。
でも、恩を感じてもらうような何かをした記憶はないし、覚えがあろうがなかろうが――あんなご奉仕してもらうのは、やっぱり違う。
「……じゃあリコは、俺に恩返しをしに来たってことなんだな」
「うん!」
「わかった」
「うん!」
「って、笑顔でまた服を脱ぎ出すな!」
「なんで? ニンゲンのオスはニンゲンのメスのハダカが好きなんだよね?」
「いいから最後まで話を聞け!」
何ですぐに脱ぎたがるんだっ!
ったく、ギンギンってヤツは余計なこと吹き込みやがった。
「人間だって、たくさんいる。みんな同じとは限らないだろ」
「ん、言われてみればそうだね」
「だからもっと他のことにしようぜ。色々勉強したんなら、他にもできることあるんだろ?」
「うん! うっちゃんいっぱい勉強したから大抵のことはできるよ!」
「大抵のことはって……」
健全な方に軌道修正されてきたのはいいけど、何だこの自信。
それに、提案したのは俺だけど、具体的にどうすりゃいんだ。
「なんでも言って!」
ぐぅ。
考える前に、俺のお腹が鳴った。
「ミツハル、もしかしてお腹すいたの?」
「そうだ、起きてからまだ何も食べてない……」
「ならうっちゃん、ゴハン作るよ!」
腕まくりしながら嬉しそうに笑うリコが台所に消えた――わずか数秒。
ガラガラガラガシャーンッ
盛大に何かひっくり返した音がした。
慌てて台所に向かうと、鍋やらザルやらがぶちまけられてる。
流しの上の収納を調べてたんだろう。
リコは収納に手を伸ばしたまま固まっている。
結構デカイ音ったからなぁ。
「……大丈夫か?」
「――はっ! だ、だいじょうぶだよ!」
「頭とか、打たなかったか?」
「うん! あ、イタイっ」
「うんじゃねぇよ……ほら、見せてみろって」
隣に立って、ふわふわの髪のある頭に触れる。
少しだけ腫れてる。
「ちょっとコブになってるぞ」
「うん、でもだいじょうぶだから!」
「何が大丈夫なんだ……」
妙な自信に呆(あき)れつつ、俺は救急箱を取りに引き返した。
ふと、昨日リスの看病の仕方をネットで必死に探してた時のことを思い出す。
『リスはデリケートな生き物です。驚かせたりショックを与えると、失神したり死に至ることもあります』
あのデカイ声で一瞬魂抜けたみたいになるのは、こういうことだったのか。
気を付けないとな。
「できたよー!」
時計を見ると、あれから二時間くらい経ってた。
作ってもらったわけだし、せめて運ぶのくらいは手伝うか。
あー腹減ったー。
俺は台所へ向かう。
「運ぶの手伝う――」
扉を開けた瞬間、止まった。
「これは……」
台所兼玄関が、ものすごいピカピカになってた。
電灯、換気扇、壁、ガス台、水垢だらけだった流し、それに床までキレイに整理整頓され、掃除されていたのだ。
流しに皿とか出しっぱなしだったから、何か作るんならジャマだったろうけど、だからってなんで台所全体がキレイになってんだ!?
「手伝ってくれるの? ありがとー!」
嬉しそうな笑顔で、リコは皿を運んでいく。
お、恐るべし自称大抵のことはできるリス。
とか思いながら、俺も料理の皿を運ぶ。
ハンバーグ、野菜がゴロゴロ入ったスープ、キノコと野菜の炒め物、酢の物、果物の乗ったサラダ、そして白いご飯をテーブルに並べた。
運んでる最中から思ってたけど。
「あ、朝からこの量……」
「ニンゲンは、朝たくさん食べるといいって聞いたよ」
でもこれは多すぎねぇか?
それに、ハンバーグがやたらデカイ。
手のひら二つ分くらいあるんじゃないか、コレ。
「……じゃあ、いただきます」
量や大きさはともかく、見た目に問題はなさそうだ。
初めて女の子にメシを作ってもらったからか、なんかドキドキする。
「……」
「ミツハル、どうしたの?」
「その……た、食べさせてくれたり、し、しないかなぁって」
それくらいならアリじゃないかなって思ったんだよ!
ハダカエプロンしろとかって言ってるんじゃないんだし!
「食べさせる? ミツハルは自分で食べられないの?」
「そういうわけじゃねーけど」
「? いいよ」
そんな不思議そうな顔されても、と思っていたら。
「はい!」
笑顔のリコは、ハンバーグを――手掴みで俺に差し出してきた。
しかも、齧(かじ)りやすいように両手で持って。
「料理した食べ物はやっぱり出来立てだと熱いね!」
脳内にあった「はい、あーん」とはかけ離れたワイルドさだった。
けど、せっかく熱いのを持ってるのに、断るのも悪いよな。
覚悟を決めて、がぶっ、と手掴みハンバーグにかぶりつく。
「あづっ」
「あ、あ、だいじょうぶ?」
こくこく頷く俺。
熱かったのは一瞬だ。
「ごめんね……そっか、だから熱いものは切って食べないといけないんだね」
「ん――うまいよ」
反省しているリコを気に病ませないように、俺は素直な感想を言った。
自分で作るより断然おいしい。
味の濃さも火の通りも完璧だ。
ただ、量が……さすがに全部は食いきれない。
「ほんと!? よかったぁ」
「リコは食べないのか?」
「うっちゃんも食べるよ!」
と言って、料理ではなく食材状態の野菜、キノコ、果物を自分の前に並べる。
「え、料理食わないのか?」
「うっちゃんはこっちでいいんだ」
「……食えないのか?」
「ううん。食べられるけど、うっちゃんは生(なま)のままのが好きだよ」
わざわざ人間の味に合わせて作ってくれたのか。
今は獣耳もしっぽもないから、リコがリスだったことをちょっと忘れてた。
自分好みじゃないモノを作るってのは、なかなか大変だろう。
色々勉強してると言ったのはダテじゃないんだな。
「とりあえず食うか。リコも」
「うん! いただきます!」
言うが早いか、リコは当然手掴みでテーブルに並べた生の野菜やキノコを自分の口に次々放り込み、ほっぺたが膨らむ。
どっかで見たことある食べ方。
「……ああ、そうか。リスか」
「もぎゅもぎゅ?」
人間の姿なのに、頬袋があるようにしか見えないくらい、ほっぺたが膨らんでいた。
ほんとリスっぽい。
いやリスなんだけど。
間抜け顔だけど――でもまぁ、かわいいからいいか。