翌日の昼。
よしっ、絶好調っ。
今日も俺は有能だっ、と自らに言い聞かせながら、冨樫は仕事をしていた。
ちょっと恥ずかしい自画自賛ではあるが。
そうして自分を奮い立たせては仕事に集中するようにしていた。
……誰も褒めてはくれないからな。
たまに社長が褒めてくれるくらいで。
やれて当然、できて当然と思われているのも、嬉しいが疲れる。
たまに可愛い彼女が手放しで褒めて、いたわってくれたらな、とか。
家に帰ったら暖かい光がついていて、美味しい料理とやさしい奥さんが待っていてくれたらなとか思わないでもないのだが。
いやいや。
今の時代、女性に家事育児を押し付けるのは間違っている、と冨樫は生真面目に思っていた。
しかし、そうなると、自分も、ときには今の二倍の家事などをせねばならなくなるわけで。
性格的に適当に手を抜くなどということはできないから、今よりしんどくなりそうな気がして、結局、結婚にも踏み切れないでいた。
いやまあ、特に相手はいないのだが。
見合いという手もある。
見合いなら、私が家のことをやりますから、貴方、頑張って働いてください、と言ってくれる女性を見つけることもできるかもしれない。
仕事より家事が好きで得意という女もいるらしいしな。
……でも、他人に頼るのは好きじゃないし。
たぶん、俺はただ、誰かに、
「お疲れ様。
今日もよく頑張ったね」
って、やさしく声をかけて欲しいだけなのかも。
……ママか。
それ、母親だろ、と自分で自分に突っ込む。
うちの親は幼少期からずっと厳しくて、軍隊の上官か、という感じだったが。
世の母親はそういう言葉をかけてくれると言う。
見たことも聞いたこともないそういう愛情に飢えているのかもしれないな。
だが、今、誰かに。
例えば、それが全然好みじゃない女でも。
「お疲れ様。
今日もよく頑張ったね」
とか笑顔で言ってもらえたら、うっかりプロポーズしてしまう自信はある。
そのくらい疲れていた。
ふと見ると、自分とは対照的な女が横でゆるっと仕事をしている。
いや、よく見れば、よく働いているのだが。
なんだかわからないが、手を抜いているように見える。
緊張感のない性格と顔つきのせいだろうか。
「風花」
と呼びかけると、はい、と壱花がこちらを見た。
ちんまり整った綺麗な顔をしている。
身長のわりに頭が小さく、いわゆるモデル体型で、スーツがさまになる。
見た目だけなら、木村有美に負けず劣らずの美人秘書なのだが……。
「さっき渡した会合のやつ、できたか?」
「あ、はい。
もうできます。
確認お願いします」
と壱花はすぐに書類を刷り出し、持ってきた。
文章と刷り出したときに配置がズレていないか確認する。
「よし。
じゃあ、これとこれ。
名簿のチェックよろしくな」
はい、と壱花は渡したファイルを持って席に戻った。
……褒めて欲しいといいながら、自分は人を褒めないよな、と気がついた。
風花、仕事速いし、正確だなと思っていても、口に出して褒めることはない。
なんて褒めたらいいんだろうな……。
こいつ、あんまり褒めたくなる感じのキャラじゃないしな、と思いながら、もう壱花の方を見ずに、無言で仕事をしていた。
しばらくして、
「冨樫」
と倫太郎がやってきた。
「すまん。
さっきの会合の件だが……」
と言いかけた倫太郎の視線が違う場所を見た。
思わず、その視線を追う。
風花ーっ!
壱花がパソコンのキーボードに手をやったまま、こっくりこっくり船をこいでいた。
仕事中、寝るなーっ、と思ったが、横で、ぷっと誰かが笑う。
倫太郎だった。
「いい。
寝かしておいてやれ」
とらしくもないことを言って、出ていく。
こんなとき、いつも自分より先に怒鳴る人なのに。
ぱたん、と扉が閉まるのを見ながら、冨樫は思っていた。
……あやしい。
社長がちょっとやさしげに女子社員を見て笑うとか。
職務中のうたた寝を咎めもしないとか。
まさか、社長は風花に気があるとか……?
……社長、意外に趣味悪いな、と思いながら、とりあえず、倫太郎に言われた通り、器用にも座ったまま寝ている壱花は放っておいて、仕事に戻った。