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――今まさに時雨と琉月の二人へ、刃が降り下ろされようとする間際の事。悠莉は磔られた雫の下へと駆け付けていた。
「幸人お兄ちゃん、幸人お兄ちゃん!!」
悠莉は見上げながら叫び、氷の柱を叩くが微動だにしない。
「このままじゃ皆、皆死んじゃう! 嫌だよ……そんなの嫌だよ!!」
何ともならない事は分かっていても、それでも悠莉は懇願せずにはいられなかった。
「お嬢やめっ――血が!」
氷を叩き続ける悠莉をジュウベエが止めようとするが、それでも彼女は力任せに叩き続けた。既にその小さく白い両手は、皮膚が破れ真っ赤だ。
「くっ――そおぉぉぉ!!」
雫もそれに応えようともがく。最初からもがき続けるも、両腕を覆う氷は微動だにしない上、僅かで動かす度に激痛が走った。
これは只の氷処か、雫の神経へ侵食している氷の縛鎖。文字通り動けば神経は抉られ、それでも無理に動かせば神経接続をやられ、二度と使い物にならなくなるだろう。
それでも雫は抗った。眼下では、既に時雨と琉月が風前の灯火。
「おぁぁぁっ――!!」
走る激痛の中、雫は思った。彼等は自分の命を捨てる覚悟で闘った。
“それに比べ、自分は何だ?”
早々に敗れ、無様に磔られ延命されたのみ。
雫の中で何かが切れた。痛みを――後先を考えているから、この呪縛を破れないのだと。
「えっ――!?」
次の瞬間、悠莉の表情に驚愕から激震が走る。
「幸人……お前っ――」
それはジュウベエも同様。
呆然とする彼等に降り注ぐ鮮血。
「何っ――!?」
降り下ろした刃が時雨と琉月に届く直前、止まった。エンペラーが意図的に止めたのだ。
それは背後の“有り得ない”行為に気付いて。
――雫は地へと降り立っていた。エンペラーの氷呪縛から脱出したのだ。
だが雫の両腕は――根本から欠損していた。
「…………ぐっ!」
両側から噴水のように流出し続ける血液。見ると氷の柱には、二つの腕だけが磔られたままだった。
これには唖然と、暫し誰も声を出せない。
「馬鹿な事をするものだねぇ……。氷の呪縛から逃れる為に、無理矢理両腕を捨てるとはね」
流石のエンペラーも、これには呆れを通り越してしまった。普通に考えなくとも、この行動は有り得ない上、愚かとしか言い様が無い。
「許せねぇ……テメェだけは許せねぇ!!」
両腕を欠損して尚、雫は高らかに吼えた。この状態で闘おうというのだ。
雫はエンペラーへ向けて、歩を進める。流血は止まる事無く、それでも――。
「その状態で君に何が出来ると?」
向かって来る雫を、エンペラーは鼻で笑った。それもその筈。最早これは闘う以前の問題だ。
「――雪夜ぁぁぁぁ!!」
それでも雫は、怒りの咆哮と共にエンペラーへ飛び掛かっていた。
これに対し、エンペラーは迎撃態勢を取らなかった。取る必要が無い。雫には戦術も糞も無い、ただ闇雲に突進してくるだけ。対処はどうとでもなる。
「仕方無いな……。では、その両足でも頂こうか。これで足掻くことすら出来まい」
エンペラーの刃は、雫の両足に定められた。
――軽く薙ぎ払って切断し、それで終わり。雫は芋虫のように這うしかない。
エンペラーが刀を振り抜こうとする、その次の瞬間の事だった。
「うおぉぉぁぁぁっ――!!」
完全に想定外の事だった。恐らくエンペラーさえ。
エンペラーの間合いに侵入した雫。その瞬間、両足は欠損する筈だった。
「――っな!?」
エンペラーの瞳が驚愕に見開かれる。
欠損した筈の雫の両腕。だが何故か一瞬で元に戻っており、そのまま拳を振り抜こうとしている事に。
両足を払う筈だったエンペラーは、咄嗟に刀の軌道を防御へと廻し、振り抜かれる雫の拳を受け止めた。
「ぐっ!!」
しかし、あまりの拳打の衝撃を吸収しきれず、エンペラーはそのまま後方へ大きく弾き飛ばされた。
“一体……何が!?”
衝撃を流して止まったエンペラーは、再度確認。やはり雫の両腕は、完全に元に戻っている。しかも衣服ごと。
だが氷の十字架に磔られた両腕は、そのまま残ったままだ。
“これは分子配列変換――復元か!”
エンペラーはこの事実を瞬時に理解した。これは薊と同じ力のものであると。
勿論、雫にそんな能力は備わっていなかった。
“馬鹿な!? 何故幸人が復元能力を? 彼の身に一体何が起こっている――”
それは何より、エンペラー自身がよく知っている。
絶対に有り得ない事実に、エンペラーの表情がこれまでに無い位の戸惑いを見せた。
「幸人、何時の間に君にそんな力が?」
到底納得出来るものではない。エンペラーの口調も、かつての余裕が消えかかっている。
“薊の力が宿ったとでも云うのか?”
そんな事は有り得ないが、そう考えれば納得もいくとはいえ。
“兄さんが……彼に力を?”
特に琉月はそう思った――否、思いたくなった。
薊は死すとも、その魂は――意志は生き続けていると。
真相はどうであれ、雫がこれまでに無い力を得た事は確かだ。
「……そんな事はどうでもいい」
その瞳に映すは眼前の敵のみ。雫は一蹴しながら、悠然とエンペラーへ向けて歩みを進めた。
「テメェはやり過ぎた……。死んで貰うぞ」
「なっ……」
エンペラーは気付いた。そして驚愕と共に理解した。
“まさかとは思っていたが、覚醒してしまったか……”
ある程度“予想”していたとはいえ、雫の生体レベルが時雨と同様、信じられない程に高まっていく事に。
“遂に第二の壁を超え、到達したか――神の領域へ”
それは限界すらも超え、雫は今、エンペラーと同じ領域に在る事を意味する。
“臨界突破第三マックスオーバー、レベル『300%』超。モードエクストリームーーオーバードライヴ”
「幸人お兄ちゃん……」
「あんの……野郎……」
「凄い……これがエンペラー、彼だけが棲息すると云われた神の領域、第三マックスオーバーの世界……」
悠莉も時雨も琉月も、変貌した雫の圧倒的存在に、ただただ唖然。
彼等のサーモには、雫より感知された臨界突破反応――第三マックスオーバー、レベル『362%』が表示されていた。エンペラーと同等の危険度判定、ランク『SSS』と共に。
何故か表示はされないが、かつてエンペラーのレベルは約『320%』前後とも云われていた。
確信は出来ないが、恐らく今の雫はエンペラー以上と云う事。
――雫の身に一体何が起こっているのか? 何故このようなとてつもない力が、急に彼に宿ったのか。彼等には知る由も無い。
“いける……”
“勝てる……”
“凄い……幸人お兄ちゃん“
――が、一つだけ確かな事は、彼等にも理解出来た。
これで生き残る道が――勝機が出た事は。