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番外編 最終話 新田は、たぶんこれからも原稿を待ち続ける
新田は自分が、向いている編集者なのかどうか、今でもよくわからない。
もっと器用な人間はいる。
もっと売れる企画を立てられる人間もいる。
作家を気持ちよく転がすのがうまい人間も、社内政治に長けた人間もいる。
新田はそこまで万能ではない。
口も悪いし、愛想も最低限だし、作家の自意識を撫でるより先に欠点を指摘してしまう。
それでも続けているのは、たまに、本当にたまに、
誰かのまだ届いていない文章が、届く瞬間に立ち会えるからだ。
その瞬間だけは、会議も数字も、全部後ろへ退く。
あの売れない――いや、もう売れないだけでは言えなくなりつつある小説家も、たぶんこれからも新田を苛立たせるだろう。締切は破りかけるし、妙なところで拗ねるし、自分の才能を信じたがらないくせに文章は捨てない。
面倒だ。
ひどく面倒だ。
だが、新田は知っている。
そういう人間が、ある日ふいに、読者の胸の奥に取り返しのつかない何かを残すことを。
だから待つ。
だから怒る。
だから見捨てない。
編集者の仕事は、たぶん愛情だけでは務まらない。
だが愛情のないところで、言葉を最後まで支えるのもまた難しい。
新田はパソコンを閉じ、誰もいない編集部を見回した。
蛍光灯の白さ。
積み上がったゲラ。
空になった紙コップ。
誰かの赤字。
誰かの希望。
誰かの、まだ届かない原稿。
その全部のなかで、自分は生きているのだと思う。
ポケットのスマホが震えた。
例の作家からだった。
「すみません、二章の後半ちょっと直したくなってきました」
新田は目を閉じた。
「やっぱり面倒だな……」
けれど口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。