テラーノベル
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「そうだ。貴様らの部屋を用意せんとな。あいにく、我の家には客間がひとつしかない。悪いが、ほかの魔族と共同の寮を」
「部屋、一個でいいよ?」
「私たちは同じ部屋でいいです」
「何?一緒の部屋でいいのか?」
「はい」「うん」
「今までずっと一緒にいたから」
「……そうか。では、客間を使うといい。ベッドは今日はひとつで我慢してくれ」
「ベッドもひとつでいいよ。一緒に寝るから」
「……」
魔王は右手で顎を撫でながら、勇者とマーヤをしげしげと眺めた。
「貴様ら、付き合っているのか?」
「え」
キョトンとしている勇者と顔を赤らめて目を逸らすマーヤが対照的で、魔王は笑った。
「付き合ってないけど。それがなに?」
「そうかそうか。野暮なことだったな。失礼した。では、今日はもう遅い。部屋で旅の疲れを癒すといい。我ももう寝る。……言っておくが、寝首を掻くのは禁止だぞ」
「わかってるよ。しない」
「震えて眠ればいいんですよ。魔王なんて」
「言うじゃないか」
ハハハと笑った魔王は2階の自室へ上がっていった。敵である勇者とその仲間を自分の自宅の客間に泊まらせるなんて、本当に変な魔王だ。しかし、野宿が多かったこの旅において、ベッドがある幸せとは計り知れないものだ。勇者は思いのほかテンションが上がっている自覚があった。
先程着替えたばかりのため、服の汚れなどを気にせずにベッドへダイブする。ふわんと体が跳ねた。ふふふと笑う勇者を見て、マーヤも微笑んだ。すぐに、マーヤもベッドに飛び込む。ベッドは魔王でも楽々寝られるほどに広い。勇者とマーヤなら無理に詰めて寝る必要もないけれど、いつものとおり、杖と剣を枕元に置いて、2人は寄り添って寝た。
普通なら敵を警戒して寝付けないところだが、勇者が早々に寝息を立てたため、マーヤもどこか安心して瞼を閉じた。こんなに寝付くのが早いということは、勇者にとってここが安心できる場所だと言うことだ。それが嬉しかった。ようやく、勇者が眠れる場所へ来たのだ。約一年。長かった。この寝顔を見れただけでも、帝人国を出てきた甲斐があると、マーヤは思った。
「今日は臨時の幹部会議がある。もちろん内容は君たちのことについてだ。君たちにも出席してもらう。いいかい?」
「はい」
「うん。では先に行っててくれ。会場は昨日の会議室だ。もう少しで幹部が集まってくる」
「リオルさんは?」
「私はあの寝坊助を起こしてくる」
「あぁなるほど」
リオルは魔王の自室を指差した。納得した2人は、一足先に会議室へ向かった。魔王がリオルに叩き起こされてる様子に興味がないわけではなかったが、そこを見せることは魔王のプライドが許さないだろう。
中庭に出ると、昨日とは違った印象を受けた。夜と朝では見え方が違うのは当たり前だ。日が出ている方が、植物たちも生き生きして見える。手入れの行き届いた中庭を抜けて魔王城内に入る。広い廊下を抜け、昨日と同じ会議室にノックをした。人の気配はない。ゆっくりとドアを開けると、案の定誰もいなかった。幹部が何人来るのか、どの席に座るのかわからないが、立って待っているのも嫌なので、昨日と同じ席に2人は腰掛ける。ふと窓を見ると、明るい青い空に小鳥が二羽飛んでいた。勇者は、今の自分たちのようだと感じた。
少しすると、ドアがノックされた。一応、返事をしてみる。
「はい」
応答はなかった。しばらくしてもノックをしてきた人物は扉を開けて来ない。ノックも気のせいだったのかと思い始めた時、ゆっくりと扉が開いた。そこには、黄色と緑のグラデーションの髪を持つ、小柄な女性が立っていた。きょろきょろと周りを見渡して、勇者と目が合うと素早く目を逸らす。静かに自分の後ろで扉を閉めると、そろそろと慎重に席へ移動した。
「あの、こんにちは」
雰囲気に耐えかねたマーヤが挨拶をしてみる。しかし女性は挨拶にビクリと驚いたあと、挨拶を返すことなく、座ったまま俯いた。勇者たちが座った席からだいぶ遠い席に腰掛けている彼女は、忙しなく瞬きを繰り返している。
「あの、」
マーヤが再び声をかけようとした時、ガタリと女性は椅子を引いて立ち上がった。そしてそのまま会議室を出ていってしまった。
「……何か、いけないこと言いましたか?私」
「いや、マーヤのせいじゃないと思うよ」
女性は、帰って来なかった。それからしばらくして、またドアがノックされた。今度は勇者は返事をしなかった。ドアが素早く開けられる。そこにいたのは金髪の派手なコートを纏った男性だった。勇者とマーヤを視界に入れた途端、顔を険しく歪めたその男性は、ため息をついた後、さっきの女性と同じく勇者たちとは離れた椅子に座った。
「あの、こんにちは」
今度こそは、とマーヤが挨拶をするが、それを聞いた男はマーヤを品定めするように眺めた後、黙って立ち上がり部屋を出ていってしまった。なんだか、おかしい。これは何の時間なのだろう。まさか、二対一の面接でも始まっているのだろうか。それにしては質問の一つも飛んでこない。2人の面接官?が出ていった。ということはまた誰か来るのだろうか。
「私の挨拶、人を遠ざける魔法でもかかっているのでしょうか?」
「そんなことないと思う。マーヤは悪くないよ」
そんなことを言っているうちに、今度はノックもなくドアがバンッと開いた。音にびっくりしてそちらを見ると、そこには水色の髪の女の子と、黒髪に赤い肌の青年が並んで立っていた。ツカツカと靴を鳴らして近づいて来た女の子は、勇者の対面に来ると、両手でバンッと机を叩き、身を乗り出した。
「あんたが帝人国の勇者って、ほんと?」
「……うん」
「ふ〜ん。ほんとなの。じゃ、あんたは?」
気の強そうな女の子は、今度はマーヤに問いかけた。
「え、っと、勇者様お付きの魔法使いです!」
「ふ〜ん……そうなんだ。ようこそ魔界へ」
ツンツンした態度を貫く女の子は、挑戦的な笑みをした後、またツカツカとドアの方へ歩いていった。そして、何やら青年と話し始める。
「ほんとだってさ」
「マジかよ。おれ初めて見た。勇者って奴」
「あたしもよ。意外と華奢ね。ひ弱そう」
「おれも、人間の中で一番強い奴ならもっとゴツくて大きい奴だと思ってた」
「あれなら戦争になったってどうとでもなりそう」
くすくすと悪意のある笑い方をわざわざ聞こえるところでする女の子に、マーヤは機嫌を悪くする。
「ちょっと!聞き捨てなりませんね!勇者様のどこが弱くみえるんですか?!それに、そんなことを本人の前で言うなんて!常識がないにも程があります!」
女の子は言い返して来たことを嬉しそうに返答した。
「あらあら。声が大きいわね。ごめんなさい?きこえてたかしら?」
「白々しい!」
「おいモニカ。意地悪すんなよ」
「いいじゃない。敵なんだし」
「……それもそうか」
謎に納得したらしい青年は、うんうんと頷いている。「敵だろうとなんだろうと、何もしていない相手を攻撃するような態度をとるのはどうかと……」
言いかけて、マーヤは口を継ぐんだ。自分もまた、魔王に対して同じことをしたことがある。そう思い出して言うのをやめた。と同時に思った。姿形が少し違えど、この人たちもまた、同じ思考回路になる人間なのだと。
「なによ。何か言いたいことがあるなら、どうぞ」
「……」
何も言えずにいるとマーヤに代わって、勇者が返事をした。
「どうしてそんなに喧嘩腰なんですか?そんなに戦いたいんですか?」
「どうしても何も、魔界に乗り込んできたのはそっちだろう」
さっき出ていった金髪の男性が不意に現れて、扉に寄りかかりながら、口を挟む。
「そっちこそ、なぜ乗り込んできたんだ?戦いたい以外に理由があるのか?勇者様」
皮肉っぽく様を付ける男は、ニヤリと片方の口角を上げた。しかし勇者は皮肉に気づかない。何故急に様を付けたのか理解できずに首を傾げている。隣のマーヤは皮肉に気づいて、くすくす笑っている女の子を睨んだ。勇者が男に返答する。
「魔王を倒しに来たのはほんとだけど、今は戦う気はありませんよ」
「なんでだ?勇者なんだろ?」
赤い肌の青年が問いかける。
「なんでって……うーん」
少しの間目を瞑って考える。なぜ自分は勇者でありながら、魔王について行ったのか。
「あ、魔王が良い人だったからかな」
「はぁ?何言ってんの?」
女の子が意味がわからないと首を振る中、女の子の隣にいた赤い肌の青年は素早く勇者とマーヤに近づいた。何かされるのではとマーヤが警戒して身を引く中、勇者は青年と真っ正面から向き合った。
「まっじでわかるそれ」
青年の第一声はそれだった。何のことだろうか。マーヤが驚いていると勇者と会話をし出した。
「君もそう思ってるんだ?」
「魔王様、まっじで良い人だよな!強いし、カッコいいし、頭いいし、優しいし、もう最高だよな!敵の勇者にも伝わっちまうカリスマ性!さすがだぜ魔王様!」
「うん。わかる。敵なのに僕の言うことちゃんと聞いてくれて、ついて行きたいって言ったら笑ってくれた。懐の広い人だと思う」
「それな〜!!」
「ちょっとヴェント!なんで敵と仲良く喋ってんの?!」
女の子は青年の勇者に対する態度が気に食わないようで、腕組みをしながらダンダンッと床を踏んでいる。
「いいだろ別にー。魔王様が勇者との和解を決めたんだ!おれはそれに従う!」
「魔王様を倒そうとする奴なんかと和解なんて信じらんない!!あたしは反対!」
「俺もだ。どのような人物かわからん中で、いきなり魔王様の近くに勇者を置くのは危険だと思うぞ。なあ、フラン。君はどう思う?」
男がフランと呼んだ先は廊下で、勇者たちからは見えない位置に、一番最初にここへ来た女性がいるらしい。多くの間を開けてから、ボソリとその声は聞こえた。
「……………………魔王様が決めたことだから……」
「……そうか。それもまた、ひとつの意見だな」
「ちょっと、皆さん何故部屋に入らないんです?」
リオルが合流してきた。ほかの幹部たちも、リオルに続いて個人個人の席に座る。
「あれ、魔王様は?」
「ヘアセットをしている。もうすぐ来るだろう」
「なら、来るまでに自己紹介しておきます」
勇者が幹部たちを見渡す。水色の髪の女の子はテーブルに肘をついてその上に顎を乗せている。赤い肌の青年は勇者に興味津々で、真っ直ぐに勇者を見ている。金髪の男性は姿勢良く、リオルが持って来た紅茶を嗜んでいるが、視線は鋭く勇者を見ている。気弱な女性は両手を膝に乗せて、視線を膝に向けている。リオルは勇者を見て、「どうぞ」と言いたげに笑った。
「僕は帝人国の勇者です。名前は嫌いなので言いません。ご自由に呼んでください。ここへは魔王を倒しに来ましたが、魔王が思っていたよりずっと良い人だったので目的を変更しました。僕はなるべく殺しはしたくないです。なのでもう魔王軍と戦う気はありません。魔王が僕をここに置いてもいいと言ってくれたので、しばらくは魔王城に住まわせてもらうつもりです。これからよろしくお願いします」
言い終わりに勇者は頭を下げた。マーヤは勇者が魔族に頭を下げるなど、と思ったが、言わずにいた。この場でそれを言うのは勇者の意志に反するからだ。そして流れを感じて、自分の自己紹介に入る。
「私は、勇者様のお付きの帝人国魔法隊隊長、マーヤ・フラントです。ここへは勇者様と同じく、魔王討伐に来ました。しかし勇者様にはもう戦う意思はないようなので、私もそれに従います。これから、よろしく…」
マーヤが言い終わる前に、会議室の扉が開いた。
「待たせた」
「待ってないっス!」「待たせすぎです!」
青年と女の子の声が被る。互いに顔を見合わせて、言い合いを始めた。
「いつもより早いくらいじゃねーか!」
「いや、いつもが遅すぎなのよ!」
「魔王様が来てくれること自体に感謝しろよ!」
「一国の王だという自覚がないからこんなに時間にルーズなのよ!あんたが甘やかすから!」
本当に、なぜ隣同士で座ったのか、と思うほど仲が悪そうに見える。いや、相性が悪いのか。ともかくこの口喧嘩は日常らしく、とくに反応する者はいなかった。魔王が席に着く。途端に幹部が皆立ち上がる。その勢いにつられて、勇者とマーヤも立ち上がった。リオルが言う。
「それでは、帝人国勇者一行の処遇についての会議を始めます。一同、礼」
皆一斉に魔王へ向けて礼をする。勇者もつられて礼をしたが、マーヤだけは抵抗感が抜けず、しなかった。数秒の礼が終わり、着席する。リオルだけは座らず、魔王含む全員の前に資料を置いて回った。リオルも座ると、いよいよ会議が始まった。
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