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下界 平頂山
美猿王の社(やしろ)内にある客間と思わしき部屋に、法名和尚は通されていた。
黒で統一された中国家具、茶器までもが漆黒の黒。
袋に入った工芸茶の手毬達から、葉っぱのいい香りが漂う。
閉まっていた扉が開き、美猿王と星熊童子が客間に入ってきた。
法名和尚は美猿王の妖気に触れ、体から大きくビクッと反応する。
その姿を見た美猿王は妖気を消し、法名和尚の目の前の椅子に腰を下ろした。
「お前がここに来るかどうか、半信半疑だったがな。その顔を見りゃあ、温羅から話を聞いたって所か」
「まぁ…」
「辛気臭せー顔はやめろ、茶が不味くなるだろうが」
「あ、あぁ…」
美猿王の言葉を聞きながら、法名和尚はテーブルに視線を向ける。
星熊童子は手慣れた手付きで人数分の茶を淹れて行く。
「俺に話があると聞いたんだが…」
「あぁ、お前に向いてる話だ」
「向いてる?」
テーブルから身を乗り出した美猿王は、法名和尚の顔
を覗き込みながら言葉を吐く。
「俺が率いる鬼達や妖達に陰陽術を叩き込め。弟子共に教えている通りにだ」
「妖達を陰陽師にでもする気なのか?」
「馬鹿言え、テメェ等人間共と同じじゃねーわ」
「陰陽術の対策か?」
法名和尚の言葉を聞いた美猿王は、ニヤリと笑う。
「使える技は多ければ多い程良いだろ。それによ、この世界は四季を迎える事は出来ない。今は春か、夏には終わる」
「夏に全ての経文が揃うと言う事か?」
「それだけじゃねぇ、大きな戦が起きるからだ。神と妖、人間を巻き込む戦だ。戦の狼煙を挙げるのは勿論、俺達だ」
「美猿王、お前の世界は平和になるのか」
そう言って、法名和尚は美猿王の真っ赤な瞳を見つめる。
何かに縋るような眼差しを向けさた美猿王は、テーブルの下で指を動かす。
薄い赤色の梵字達が現れ、法名和尚の背後に回る。
シュルルルッ…。
梵字達は法名和尚の耳の中に入って行くのを見届け、美猿王は口を開いた。
「その為の尊い犠牲だ。それに、お前にはまだまだやる事がある。手伝ってくれるだろう?」
「あぁ、勿論だ。俺は何をすれば良い?」
「何時間か数分後に三蔵達がここに来る。この社に入れないように結界を張ってくれ。そうだな、芋虫達も放りこんでおけ」
「分かった、すぐにでも張ってくるよ。少し待っていてくれ」
さっきの態度とは打って変わり、浮き足気味で法名和尚は客間を出て行く。
「酷い男ね、王は」
「そんな男に惚れたのはお前だろ」
後ろから抱き付く星熊童子の頭を優しく撫で、頬に口付けをする。
「三蔵ってガキの心を折る材料として、あの男に洗脳の術を掛けたのでしょ?」
「お前も分かっていて黙って見てたんだろ。十分、酷い女じゃねーか」
「天と邪にはお願いしといたよ。上手くやってくれる筈」
「へぇ、天が素直にお前の命令を聞いたのか?」
星熊童子は意地悪そうな笑みを浮かべながら、「まぁね」と呟いた。
「王ー!!王の母君に客が来たぞー」
ドタドタと足音を立てながら、金平鬼が客間に入ってくる。
「やっと来たか」
美猿王は悟空から盗んだ天地羅針盤を取り出す。
光り輝く七色の光が、美猿王の社から三本の光が棒が立っている。
「この七色の光は?」
「経文さ」
星熊童子の問いに答えたのは、黄泉津大神だった。
「お前の玩具はよく働くな。働き蜂に命名するか」
「好きに呼ぶが良い、効率よく使えるものは使わないとな」
「悟空と会ったんだろ?どうだった、俺の分身は」
「須菩提祖師のジジィは余程、あまちゃんに育て上げたものだ。毒気を抜かれてたよ」
そう言って、黄泉津大神は美猿王の隣に腰を下ろす。
「金平鬼、お客さんを連れてきて」
「りょーかい」
金平鬼はそそくさに客間を出て行き、すぐに客である天之御中主神を連れてきた。
「黄泉津大神様…、何故に美猿王を共に…?」
「息子と一緒にいて何か問題でも?そんな事よりも、例の物を出せ。お前を呼んだのはその為だろ」
「は、はい…」
天之御中主神は美猿王を横目で見ながら、着物の懐から巻物と箱を取り出す。
「どうやって二本を手に入れた?天之御中主神」
「恒天経文は元々、毘沙門天が所持していた。それと、この箱は牛魔王が隠し持っていた物だ。奴がいなくなった隙に持って来た…」
「ふぅん、コソ泥したって訳か。滑稽だな天之御中主神。俺や牛鬼、妖共に威張り散らかしてた野郎が黄泉津大神にヘコヘコしてんだからな」
美猿王はそう言いながら、天之御中主神に近付く。
「お前、俺に向かって…」
「あ?テメェに向かって言ってんだよ。お前の時代はとっくの昔に終わってんだぜ。神の座も力も剥奪されたお前に、何の価値があんだ?あ?悪神にもなれてねぇんだよ、テメェは」
「黙れ…、黙れェェェェエ!!」
天之御中主神の背後から黒い靄が噴き出す。
靄が美猿王に襲い掛かろうとした瞬間だった。
「緊縛」
ジャキンッ!!
美猿王がそう呟くと、天之御中主神に太い鎖達が巻き付く。
「なっ!?」
「おいおい、天之御中主神。俺の言葉を聞いてなかったのか?今のお前は悪神の成り損ないなんだぜ?霧しか出せねぇのに調子に乗ってんじゃねーよ」
「貴様っ…!!」
「さっきから偉そうだな、頭を下げろ、天之御中主神」
ズンッ!!
天之御中主神の体に重圧が掛かり、体勢が崩れ膝から崩れ落ちる。
乱暴に天之御中主神の髪を掴み、顔を上げさせ覗き込む。
「今のお前は醜いただの男だ。そんなお前が俺を殺せる訳がねぇだろ。調子に乗るなよ、お前」
「…」
「そうだ、良い事を思い付いた。その箱の中にある経文、悟空と牛魔王に奪い合わせよう」
天之御中主神の髪から手を離し、宝箱のような装飾がされた箱を手に取る。
「観音菩薩等は三蔵のガキを頼りにしている。見る所、悟空達に守られている節がある。この三人をどう、三蔵から引き剥がそうか考えていてな。これと悟空と牛魔王の女を使えば、最も簡単に引き剥がせる。たが、同時に天界でも問題を起こさなければならない」
「黄泉津大神殿がその男と半分の妖を連れて、天界でひと暴れしたらどうですか?」
そう言って現れたのは邪だった。
「今、天界にいる神達は黄泉津大神殿の存在をしらないでしょ?この機会を逃す手はないかと」
「お前は相変わらず、頭がよく回る。そうだなぁ、お前の意見も一理ある」
「え、マジでコイツの意見を参考にするのか?王」
金平鬼はそう言って、邪を睨み付ける。
「最終的に五本の経文が手に入れば問題ない。途中の過程など、どうにでもなる」
「さっすが、王だぜ!!王の言う通りにすれば間違いねーな!!」
美猿王の言葉を聞いた金平鬼は尊敬の眼差しを向ける。
「随分と王の事を寵愛しているんだね?君」
「あ?当たり前だろ!!」
邪と金平鬼の会話に星熊童子が割って入る。
「月鈴、鬼のメンバーの中から二人を邪に付ける。そうね、夜叉と温羅、邪の手伝いをして」
そう言った瞬間、夜叉と温羅の二人が星熊童子の両隣から現れた。
「宜しくなぁ、邪」
「宜しく頼みますね。早速ですが、お二人に手伝って欲しいことが…」
温羅と軽く挨拶を済ませた邪は話を進める中、夜叉は横目で邪を視界に入れる。
その眼差しは疑心暗鬼の気持ちが含まれていた。
「おいおい、お前も関係なくはねーぞ」
「は?」
「天之御中主神や、天帝の部屋にある絵巻を燃やして来い」
「絵巻…だと?そんなものを燃やす必要が…」
眉間に皺を寄せながら、美猿王は天之御中主神の胸ぐらを掴む。
「テメェの頭は飾りか?それとも、何を考えなければ動けねぇのか?あ?」
「わ、分かった、分かったよ!!」
「ッチ、めんどくせぇ。最初から黙って言う事を聞いてろ。少しでもおかしな考えをしてみろ。芋虫共の餌にしてやる。簡単に楽して死ねると思うなよ」
美猿王の言葉を聞いた天之御中主神は腰を抜かして、その場に座り込む。
客間の外で話を聞いていた天だったが、退屈そうな顔をして廊下を歩き出した。
数分後ー
美猿王達が拠点としてる社付近にある洞窟の中で、百花は牛魔王が目を覚ますのを待っていた。
パチパチパチッ…。
焚き火の炎が音を立てながら燃え上がり、少し肌寒い
洞窟の中に小さな暖かさが訪れる。
牛魔王は重たそうに瞼を開け、百花を視界に捉えた。
「体は大丈夫?私の血を飲ませたから、傷はある程度は治った筈よ」
「お前、何で…俺を助けた」
「何でって、理由がいるの?」
「お前は牛鬼の女だろうが…」
牛魔王の言葉を聞いた百花は、ソッと牛魔王の手を握る。
「私は貴方を一人にしないって決めたの。それに、牛鬼様はわざと私を逃したのよ。あの神の手が届かないように」
「アイツの血を飲んだんだろ。逃げらんねーだろ、どこにも」
「そうね、この世界に逃げ場所はないわね。私、小桃を助けたいの。美猿王に捕まってる小桃を助けたいの」
百花の言葉を聞いた牛魔王は、黙ったまま体を起こす。
「美猿王の罠だろ、どう考えても。間違いなく殺されるぜ、お前」
「…、小桃を裏切った事を後悔してるの。私が選んでした事なのに、小桃の…。あの時の小桃の顔が忘れられないの」
目を潤ませながら、百花は焚き火の炎を見つめた。
「罪滅ぼしのつもりで助けんのか?ハッ、笑えるな。助けて許して貰おうってか」
牛魔王はそう言って、少し離れたところに座る百花に距離を積める。
「貴方も本当は後悔してるんじゃないの?だから、こんな悲しい顔をしてるの?」
ソッと百花は牛魔王の頬に触れながら、瞳を覗き込む。
真っ赤に染まった瞳が涙で潤んで、キラキラと光っていた。
「何がわかんだよ、テメェなんかに分かる筈がねーだろ!!」
パシッと百花の手を叩きながら、牛魔王は言葉を続ける。
「俺はガキの頃、牛鬼に騙されて殺されたんだ。挙句に俺の親父は母さんを化け物にしがった。俺が死んだと信じ込んでた親父は、悟空を自分の息子のように可愛がってやがった。自分だけ、あの頃の記憶をなかった事にしやがったんだよ!!」
牛魔王の表情を見た百花は言葉を失った。
泣きながら話している訳でもなく、怒りに満ちた表情でもなかった。
顔を真っ青にし、自分が悪い事をして叱られた子供のような表情をしていた。
「牛魔王…、貴方は子供のまま死んでしまったのね。牛鬼様が貴方を殺して、貴方の体を乗っ取り名前を付けた。ごめんなさい、私が謝って済む話じゃないわ」
「牛鬼は俺の名付け親になって、俺と言う存在が出来た。百花、俺はお前に分かってほしいなんて思ってねぇ」
「え?」
「まさか、俺の事を可哀想な子供だって思ってんのか?笑わせんなよ、百花」
鋭く冷たい視線を牛魔王は百花に送る。
ゾッとする程の冷たさと冷酷さが感じられた。
「俺の境遇を聞いて、同情の眼差しを向けて来た女は沢山いた。そんな女共を俺はどうして来たと思う?」
「ど、どうしちゃったの?どうして、牛鬼様みたいな事を言うの…?」
「首を刎ねてやったんだよ、影を操ってな」
牛魔王はそう言って、自身の首元に指を当てる。
「それに、親父を悟空の目の前で殺した事を後悔した事はねぇ。だってよ、おかしいだろ?罪を犯した男が能天気に生きていてよ。だから、殺してやったんだよ。牛鬼の命令を聞かずに殺してやったんだよ。俺を
不幸にしておいて、幸せになるのはおかしいだろ」
牛魔王の言葉を聞いた百花は、何も答えられなくなる。
目の前にいるこの男を、百花の目には子供に写っていた。
小さな子供のまま死んだ牛魔王は、精神面までも子供のままであった。
「本当はその人に自分の存在を、生きているよって知ってほしかったんじゃないの?」
「…は?」
「自分の事を忘れてほしくなかったんじゃ…」
ドンッ!!
百花が言葉を言い終わる前に、牛魔王は百花の肩を乱暴に岩壁に押し付けた。
「えっ?むぐっ!?」
「黙ってろ」
牛魔王が百花の口を手で押さえた瞬間、洞窟内に足音が響く。
キンキンキンッ。
岩に何かが当たっているのか、物同士が打つかる効果音も鳴り出す。
キンキンキンッ。
コツコツコツ。
「あれぇ?ここに牛臭せー奴いますよねぇ?」
現れたのは、刃の太い蛸引を持ったセーラ服姿の天だった。
ゴミを見るような視線を牛魔王と百花に向ける。
「あー、いたいた。ここから臭せー匂いがしてた。お前、王の敷地内に無断で入ったな。あれぇ?花の都の時に会った女がいるぅ」
天はそう言って、顔を百花に近づけた。
スンスンと花をは鳴らしながら、百花の首元の匂いを嗅ぐ。
「あ、お前からだった。体の中身が腐ってんじゃん」
「は?どう言う意味で言ってんだ?お前」
「そのままの意味だけど?この女の体の中身が腐敗してきてんじゃん。隣にいて匂いわなかった?」
天の言葉を聞き、牛魔王は百花の方に視線を向ける。
百花は牛魔王と顔を合わせないように下を向く。
その反応を見ただけで、牛魔王は天の言っていた事が本当なのだと悟る。
「お前、死期が近付いてる事を分かってたのか。いつ、いつ…、分かったんだ」
「そりゃあ…、自分の体なんだら気づ…」
牛魔王の脳内に生きていた頃の母親の姿が浮かぶ。
「お前も母さんみたいな事を言うだな」
「え?」
「俺の母さんもそう言って、数日後に死んだ。お前も…、俺を置いていなくなるのか」
「え、え?牛魔王…?急にどうしたの」
百花は牛魔王の変わりぶりについて行けなかった。
そんな二人の姿に嫌気がし、天は近くにあった岩を手に取る。
頭を押さえながら蹲る牛魔王の背後に立ち、天は岩を持った手を振り落とす。
ブンッ!!
ゴンッ!!
牛魔王の頭から血が噴き出し、返り血が百花の体に付着する
。
「ぎゅ、牛魔王…?」
「あ、安心して良いよ?殺してはない」
「何すんのよ、アンタ!!!」
カサカサカサカサッ。
百花の周りに咲き誇った毒花達が、一斉に天の体に巻きつこうとした。
だが天は最も簡単に刃の太い蛸引を使い、毒花達を斬り刻む。
声を上げながら笑い、天は乱暴に百花の長い髪を引っ張った。
「いっ!!」
「あははは、痛い?桃のお姫様はもっと酷い姿になってるよ?」
「小桃…に、何をしたのっ」
「指の爪を全部、剥がしてやっただけだよ」
天の言葉を聞いた百花は顔を真っ青にし、口元を手で押さえる。
「何で、そんな酷い事をしたの!?」
「酷い?王から聞いたよ。お前も相当、酷い事をしたんだろ?」
「っ!?」
「王がお呼びだ」
そう言って天は再び岩を手に取り、百花に向かって振り落とした。
ゴンッ!!
ブシャッ!!
小桃 (桜の精)
甘い苺の匂いがする。
「おはよう、お姫様」
重たい瞼を開けると、小桃の顔を覗き込む星熊童子がいた。
体が鉛のように重い。
声を発するのも怠い。
剥がされた爪はもう再生してるのか。
ボーッと手を見つめていると、星熊童子は苺が乗ったお皿を置く。
「お姫様の王子様が迎えに来るよ。お姫様のお友達の王子様も」
「とも…だち?」
「百花って女、天が連れて来るよ。もう少ししたらね」
「なんで…?」
百花ちゃんがここに連れて来られるの?
悟空が小桃を迎えに来る…?
悟空…、小桃の為に来てくれるの?
「ねぇ、お姫様。お姫様は王子様に生きてほしい?」
「悟空を殺すの?」
「王はね、殺すよ。私と鬼達の為に殺すよ。だって、
王がしたい事なんだもの」
「貴方は止めたりしたいの?今まで、止めようとした事はないの…」
そう言って、星熊童子の顔をジッと見つめる。
星熊童子は表情を変えずに、小桃の顔を見ながら答えた。
「一回だけあるよ?だけど、言葉に出来なかった。だって、王はそんな言葉を望んでないって分かったから。王はね、私に帰る場所を作って欲しかったの。自分だけが傷付いて、それでも私達の所に帰って来たの。ずっとそうだったの」
「帰る場所…」
「お姫様、男はね。自分の事を信じて待っていてほしいの。それが戦場に立つ男なら尚更」
悟空が小桃を引き離そうとして言った言葉が、脳内に響く。
悟空は小桃を巻き込まない為に言った言葉だった。
今のような状況にさせない為に、悟空はわざと…。
小桃は悟空の事を、悟空の気持ちを何も考えずに…。
悟空がここに来ちゃだめだ。
美猿王の罠だ。
だけど、今の小桃にはどうする事も出来ない。
情けない。
こんな自分が情けない。
「お姫様、強くならないとダメだよ。私の事を殺せるくらい強くならないとダメ」
「殺す…?」
「私達はもう止まらないよ。殺されない限り止まらない。お姫様、王子様を助けたいなら、そうならないとダメ」
星熊童子は小桃の手と足についた手錠を外す。
「苺を食べて、王には内緒で持って来た」
「何…で、こんな事をするの?」
「お姫様の事を気に入ってるだけ。それに、こうして話すのも最後になるしね」
「どう言う事…?」
「この世界は今年の夏に終わるから」
星熊童子が言っている言葉の意味が分からなかった。
今年の夏に終わる…?
この世界が?
ギィィィィ…。
立て付けの悪い扉の開く音がした。
乱暴な足音をさせながら、地下牢に入って来たのは血塗れの天。
そして、意識の失った百花ちゃんを連れてだ。
「あぁ、いたんだ。隣に置くよー」
そう言って天は、乱暴に百花ちゃんを牢部屋に放り込む。
「百花ちゃんっ」
慌てて百花ちゃんの元に駆け寄り抱き起こす。
額から血を流していて、気を失っている。
「天、乱暴にし過ぎだよ」
「はいはい、すいませんね。それよりも兄者は?」
「温羅達と一緒にいるんじゃないの?」
「ふぅん、ここで何してるの?監視?」
天は疑心暗鬼の眼差しを星熊童子と小桃に向けた。
この子…、星熊童子の事を怪しんでる。
「気に入らないな、その目」
「っ…」
星熊童子がゾッとする程の冷たい目を天に向ける。
低くなった声、さっきまでなかった威圧感が天を襲う。
「聞こえなかった?王の時みたい片方の目もくり抜こうか?」
「ッチ、性格の悪い女。王の女だからって…」
「寵愛を受けたかったら、私に逆らわない方が良いよ。王が怒ると思うよ?私に逆らうと…」
「あまり、妹を虐めないでほしいな星熊童子殿」
そう言いながら、階段を降りて来たのは邪だった。
下を向いている天の顔を指で上げ、顔を覗き込む。
両目が見えないのに、天の表情を見えているような仕草をする。
「あぁ、可哀想に。虐められたんだね」
「兄者…」
「大丈夫、僕に任せておけば良いよ」
天の髪を優しく撫でながら、邪は星熊童子の方に振り返る。
「虐めてなんかいないけど。寧ろ、喧嘩を売ってきたのはそっちよ」
「すいませんね、星熊童子殿。王への寵愛が強すぎるが故の行動だと思って下さい」
「君達が言ってる”王”はどっちの事?」
「どっちとは?一人しかいないではないですか」
「嘘」
星熊童子はそう言って、邪の目の前に立つ。
「君達、揺らいでる。本当はどっちに付きたかったのかな」
「揶揄うのはよして下さい。それよりも、王がお呼びでしたよ。どうやら、牛魔王の事で何か…」
「ふぅん、分かった。今回は見逃してあげるよ」
階段を上がって行った星熊童子がいなくなると、天と邪も姿す。
星熊童子が残した苺を口に運ぶと、体の傷が一瞬で治って行った。
百花ちゃんの口の中に苺を放り込み、隣に寝転ぶ。
痩せ細った手を握りながら、小桃は瞳を閉じた。
同時刻、天帝の寝室にある絵巻に異変が起きていた。
今まで描かれていた絵達が燃え、新たに絵巻が書き換えられて行く。
毘沙門天と観音菩薩、どちらかが死ぬ未来。
その未来が燃え、新たな未来が刻み込まれる。
天帝は出来上がった絵巻を見て、額に冷や汗が流れる。
「これは…、どう言う事だ」
妖達と神、人間達の首が大量に跳ね、血生臭い戦絵。
芋虫達に立ち向かう沙悟浄と猪八戒。
黒い靄に立ち向かう三蔵の体に大きな槍が突き刺さっている。
五本の絵巻が姿を見せない人物の元に集まっていた。
「もはや毘沙門天と観音菩薩の戦いではなくなったのか…?」
そして、絵巻の中心部分にとある言葉が刻まれた。
『蝉の泣く頃に、この世が終わる』
天帝はその言葉を見て絶句してしまった。