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魔界城の中庭は、今日も静かだった。
私はリリアと一緒に、柔らかい芝生の上を歩いている。
……正確には、歩こうとしている。
「セ、セラフィナ様、ゆっくりですよ……!」
「だいじょぶ」
そう言った瞬間、周囲の魔族たちが一斉に息をのんだ。
「い、今の……」
「姫君が……歩かれた……!」
(そんなに驚くこと?)
クロウ・フェルゼンは、少し離れた位置から私を見守っている。
剣に手をかけ、周囲を警戒する姿はいつも通り――
でも、視線だけは、必ず私を追っていた。
(クロウ、厳しい顔…)
私がにこっと笑うと、
彼は一瞬だけ目を伏せる。
(?)
よくわからないけど、
最近のクロウは、少し変だ。
「セラフィナ様、あまり目を合わせてはいけません……!」
リリアが慌てて、私の前に立つ。
「その…みんな、ドキドキしてしまうので……」
(どきどき?)
首をかしげていると、
城の奥から、父――魔王が現れた。
「ここにいたか、セラフィナ」
「ぱぱ!」
抱き上げられると、
周囲の緊張が、少しだけ和らぐ。
「……近頃、城の外が騒がしい」
「そうなの?」
「人間界だ」
その言葉に、クロウの空気が変わった。
「噂は、もう届いている」
父は、低く告げる。
「――魔王の娘が、目覚めたとな」
(めをさましたって、またそれ)
私は父の肩に顔をうずめる。
(人間界……)
なんとなく、
あまりよくないものの気がした。
* * *
人間界・王都。
城門の前に、三人の男が並んでいた。
勇者。
王子。
そして、王国騎士団の精鋭。
「目的は、確認だ」
王子が言う。
「魔王の娘の存在を、この目で確かめる」
「……接触は慎重にな」
勇者は、剣の柄に手を置いた。
「噂通りなら、
下手に近づけば――」
「わかっている」
だが、その声には、
抑えきれない期待が混じっていた。
――世界一の美貌。
――理性を揺るがす存在。
彼らはまだ知らない。
その存在が、
三歳の少女だということも。
そして。
彼女が、
戦う意思も、支配する野望も持たず、
ただ――生きているだけだということも。
* * *
魔界。
セラフィナは、城の窓辺で、外を見ていた。
赤い瞳に映るのは、
遠く広がる闇の大地。
(外が騒がしい)
なぜだか、胸が少しだけ、きゅっとする。
「……りりあ」
「はい?」
「なにか、はじまるの?」
リリアは一瞬、言葉に詰まり、
それから、優しく微笑んだ。
「……大丈夫ですよ、セラフィナ様」
「私たちが、いますから」
その背後で、
クロウ・フェルゼンは、静かに剣を握りしめる。
(来るなら――俺を越えていけ)
誰よりも近くで、
誰よりも強く。
魔王の娘を守ると、
改めて心に誓いながら。
――こうして。
何も知らない姫を中心に、
世界は、確実に動き始めていた。