コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――落ち着いてください雫さん。気持ちは分かりますが……」
琉月はいきり立つ幸人を穏やかな口調で諭しながら、尚も続ける。
「裏である狂座のエリミネーターを殺害し続けた犯人。これは明らかに同じ裏の存在と考えた我々は、その足取りと存在を調べ挙げました。すると反応からそれは間違いなく、四年前に死亡した筈のコードネーム、錐斗とコードナンバー反応が一致したのです。まあ……一致しただけで、彼の存在までは確認出来ませんでしたが……」
“死んだ筈の者の仕業?”
その俄に信じ難い事実に、室内が不穏な空気に包まれる。生存が確定事項ではないとはいえ。
だが狂座に所属する者は、その存在の証明である識別番号とも云える、“コードナンバー”が本部に記録されている。これは指紋やDNAと同様、本人を示す唯一無二のもの。
沈黙――幸人は声を出せないでいた。そして誰もが同様の。
何時の間にか琉月の声のみが反響している事に。
「彼は生前はA級エリミネーターに位置していましたが、彼は貴方と根本が違う後天性異能者。仮に現行で活躍していたとしても、能力限界値からして臨界突破出来たと仮定したとしても精々S級下位止まりだったでしょう。だからこそ熊本支部を中心に活動していた、第一位が粛正に向かったのですが、結果は……」
そこで琉月は言葉を詰まらせた。
様々な状況憶測から、この件は有り得ないと琉月は評しているのだ。
「ふん、馬鹿馬鹿しい……。つまり何か? 死んだ筈のアイツが生き返ったか、もしくはその幽霊の仕業とでも言いたいのか?」
幸人はこれ迄の状況説明を一笑に伏す。
死亡した者が生体反応を示したという、そのあやふやな事実が可笑しい上、現実では考えられない力の差。
幸人は知っている。錐斗の力の限界を。彼の能力的に、上位とは絶対に埋められない差を。
だが第一位が殺害されたのは、紛れもない事実であって――
「……“フェイクモード”」
“……?”
「――っ?」
「何だろ……?」
「…………」
突如発した霸屡からの聞き慣れぬ呼称に、幸人のみならず全員が彼に視線を向けた。
「これはサーモに在る“本来”なら使用不可のモードでね……。開発者である私と、狂座の創始者である“あの御二方”以外知り得ない、正にトップシークレットモードなのです」
霸屡は己が開発した物を、さも自慢気に語り出すが、これまでの状況と何の関係が有ると言うのか。
「ふん……そんなシークレットモードを、そうべらべらと明かしてもいいのか?」
幸人はどちらかと言うと、それを皮肉で罵る。
「構いませんよ。このモードのコードキーは“絶対”に解読出来ませんから」
それ程までに洩れぬ事に自信が有るのか、存在を知った所で問題無しと断言。
「…………」
同僚で在りながら、何故か緊張感に満ちたやり取り、もとい“探り合い”が二人の間で展開されている。
それは口出しするのも躊躇しかねない程の。悠莉然り、琉月然り。
そして“狂座創始者の御二方”とは――
「で、そのフェイクモードとやらが、今回の件に何の関係が有る?」
だが今は現状の問題、そしてフェイクモードに於ける、今回の件との関連性。
「ええそれなんですが、フェイクモードはコードナンバーの書き換えも可能。つまり――生と死を偽装出来る事に、その意味が有るのです」
勿体振った感も有るが、霸屡はようやくその真意を明かした。
ここまで明かせば、誰にでも理解出来る。
即ち――
「アイツの死は偽装された――と言う事か?」
「そう考えるのが妥当でしょう」
“錐斗は生きていた”
その偽装された目的も、現状狂座に牙を剥いていると思われる理由も不明だが、錐斗の生存が間違いない事は確か。
だが一つ、解せない問題が有る。
「そうだとしても……霸屡よ、お前は自分で言ってたな? このコードキーは絶対に解けないと」
そう。一介のA級エリミネーターに過ぎなかった錐斗が、幸人も知らないトップシークレットを知るのは疑問が残る。
「それはそうでしょう。恐らくですが……この偽装は錐斗、彼本人の意思によるものではありません」
「……どう言う意味だ?」
しかし霸屡は憶測ではなく、何処か確信めいた口振りに、また一つの疑問が生まれていた事に幸人は気付く。
「四年前……狂座の根底を揺るがしたあの一大事。丁度時期が一致しますね。これは偶然じゃない。何より彼は所縁があった……そして貴方もね」
霸屡の意味深な言葉の意味。幸人にも有る関連性。
狂座の根底を揺るがした、四年前の出来事とは――
「それ以上言う必要は無い……」
だが幸人は言葉を濁す。
「ならば今回の件は俺が請ける、いや……“俺”以外有り得ない」
そして決意した。それは清算の意味も込めてなのか。
「彼の反応は、未だに熊本の“あの地域”に留まったままです。まるでその存在を知らしめているかのような……」
二人に気圧されていたのか、これまで黙していた琉月が口を開く。
熊本の“あの地域”に留まる理由――
「アイツがもし、俺を待つとするなら其処以外有るまい……」
幸人は全てを理解している。
「雫……くれぐれも気を付けるように。昔の彼とは別人だと思った方がいい」
赴く為か背を向けた幸人へ、腕組みしたままの霸屡の忠告。
「分かっている……。事の真意が判明した後、俺の手で始末をつける――」
幸人は振り返らぬまま、室内を後にする。
「ちょ――幸人お兄ちゃん待ってよ~」
それに続く、室内を出ようとする幸人に慌てて立ち上がり、後を追う悠莉。
「それじゃルヅキ? ボクも行って来るね」
「悠莉……気を付けてね」
手を振りながら幸人の後を追った悠莉へ、心配そうな口調の琉月の姿が。
二人が室内を完全に出ていき、残された霸屡と琉月。
「……果たして大丈夫でしょうか? 彼等は同期の同僚のみならず、同郷の“親友”同士でもあった」
「……確かに、不安要素はそこですね」
「そして……あの二人は“あの時”の生き残り。雫さんにもし、間違いでも起ころうものなら……」
「いや、雫に限ってそれは無いでしょう……。それより、今回の件を裏で糸引いている者が気掛かりです」
「やはり……“あの方”が?」
「可能性大……ですね。琉月、この件の裏を引き続きお願いします。私も別口から調査しますので」
「分かりました。では、くれぐれもお気を付けて――」
霸屡と琉月の密談が何を意味するのか。
「貴女もね。これは狂座の存亡に関わるかも知れません――」
それを最後に、この二人も室内からその姿を消していたのだった。
************
「――ねえ幸人お兄ちゃんってば、どうしたの? さっきからずっと変だよ……」
二人共自宅に戻って来たが、仲介室内より黙して語らぬ幸人へ、悠莉が不安を募らせる。
「…………」
何処か思い詰めた表情で、変わらず幸人はバッグに着替え等を詰め込み中だ。
「ねえジュウベエ? 幸人お兄ちゃん、どうしちゃったの?」
堪らず悠莉は腕に抱いたジュウベエに訊いてみた。きっと知っている筈――ジュウベエの様子もおかしいのだ。
「うん……まあ、オレもちょっと混乱。まさかアイツが生きていたなんて……な」
ジュウベエも何処かあやふやで、やっぱり理由が分からない。
そうこうしている内にバッグを片手に幸人は立ち上がり――
「悠莉……俺は二~三日行って来る。ジュウベエと留守番出来るな?」
戸惑ったままの悠莉の頭の上に掌を乗せ、そう伝えていた。
それはあたかも『着いてくるな』と言わんばかりに。
「うん……分かった――」
珍しく聞き分けが良い――と思いきや、悠莉は自分専用の箪笥から、着替え等を小さなバッグに詰め込み始めた。
「オイ……?」
その行動を幸人は怪訝に思う。
「――何て、言うと思ったの? ボクも一緒に行くから。だって――」
“もう幸人お兄ちゃん、帰って来ないかもしれないから”
「嫌だよそんなの……」
「悠莉……」
その震える声に幸人は迷った。
“果たして連れて行っていいものか?”
危険以上に、熊本へ“悠莉”と行くという事は、また別の意味が有る――
「どうしても今から行かなきゃ駄目なの? もう夜中だよ?」
「あ……ああ。一刻も早く行かなければならない。高速を飛ばせば昼迄には着ける筈だ」
迷っている暇は無い。それに悠莉は完全に一緒に行くつもりで、バッグを両手に準備万全だ。
「じゃあ早く行こ? 休院中の札も掛けとかなきゃね」
「……そうだな」
こうなっては頑として聞かないだろう。
幸人は一緒に連れて行く決意をする。それに何かあったら自分が守る――と。
「勿論ジュウベエも一緒だもんね~」
「……よし! 行くか久しぶりに」
三人は自宅を後にし、車に乗り込み向かう――熊本へ。
この先待ち受けている過酷な現実を、今はまだ悠莉は知るよしもなかった。