テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
111
49
この物語はフィクションです。
優しいままで居られない距離。
初
______
「お兄ちゃん、今度の土曜空いてる?」
妹の陽菜は、いつも通り明るかった。
「悠真くんも一緒に映画行こうって」
そう言って笑う。
その“悠真くん”は、少しだけ遅れてリビングに入ってくる。
「こんにちは」
丁寧すぎるくらいの挨拶。
橘悠真。
妹の彼氏。
――そして最近、やけに自分を見る時間が長い男。
「よろしく」
直樹は短く返す。
いつも通りの距離感のはずだった。
そのはずだった。
⸻
ずれは、小さすぎて気づけない
映画の帰り道。
陽菜がコンビニに寄っている間。
二人だけが並んで歩く時間ができた。
沈黙。
でも気まずくはない。
それが一番気持ち悪かった。
⸻
「お兄さんって」
悠真が言う。
「人のこと、ちゃんと見てるんですね」
「どういう意味だ」
「気づいてるのに、言わないところとか」
直樹は足を止めかける。
⸻
「……何が言いたい」
⸻
悠真は少し笑う。
「別に。ただ羨ましいなって」
⸻
その“羨ましい”の意味が分からなかった。
分かりたくもなかった。
⸻
境界線に触れる指
それからだった。
悠真が“妹の彼氏”としてではなく、“自分にだけ少し近い人間”として振る舞い始めたのは。
⸻
「お兄さんって、こういうの好きですよね」
「なんで知ってる」
「顔見れば分かります」
⸻
「陽菜には内緒で」
そんな言葉が、時々混ざるようになった。
⸻
最初は違和感だった。
次に苛立ちだった。
そして最後に――
無視できないものになった。
⸻
妹は何も気づかない
「ねえ、お兄ちゃん」
陽菜は笑う。
「悠真くん、最近お兄ちゃんのことよく話すんだよ」
「……そうか」
「仲良いのかな?」
その言葉に、直樹は一瞬だけ言葉を失う。
⸻
「普通だろ」
それだけ言って、会話を切る。
⸻
普通。
その言葉が一番嘘くさく感じた。
⸻
悠真は、線を踏むのが上手い
ある夜。
陽菜が寝たあと。
リビングに水を飲みに行くと、そこに悠真がいた。
電気はついていない。
暗いまま、窓の外を見ている。
⸻
「……何してる」
直樹が言うと、悠真は振り返らないまま答える。
「考えごとです」
⸻
「夜中に?」
「この時間が一番、余計な音がしないので」
⸻
沈黙。
⸻
そして悠真がぽつりと言う。
「お兄さんって、優しいですよね」
⸻
「それ、褒めてるのか」
⸻
「はい」
間。
⸻
「でも、少しだけ残酷です」
⸻
直樹は眉をひそめる。
「どういう意味だ」
⸻
悠真はようやく振り返る。
暗い部屋の中で、その目だけが妙にはっきり見えた。
⸻
「気づいてるのに、気づかないふりをするところ」
⸻
心臓が一度だけ嫌な音を立てる。
⸻
“気づいてはいけないもの”が形になる
「お前さ」
直樹の声は少し低くなる。
「陽菜の彼氏だろ」
⸻
悠真はすぐに否定しない。
それが一番嫌だった。
⸻
「そうですね」
やっと出た返事はそれだけ。
⸻
でも続きがあった。
⸻
「でも、今ここにいるのは僕です」
⸻
その一言が、空気を変えた。
⸻
何も起きていないのに、壊れていく
距離は変わっていない。
触れてもいない。
裏切りもない。
⸻
なのに。
確実に何かがずれていく。
⸻
直樹は気づく。
この男は「奪う気がある」のではなく、
「もう少しで壊れる距離にいることを楽しんでいる」
⸻
そして一番怖い瞬間
後日。
陽菜が笑いながら言う。
「ねえお兄ちゃん」
「ん」
「私たち、うまくいってると思う?」
⸻
その隣で、悠真は何も言わずに微笑んでいる。
直樹を見るでもなく、陽菜を見るでもなく。
⸻
ただ、その沈黙が一番答えだった。
⸻
まだ壊れていない関係
帰り道。
直樹は一人で歩く。
悠真の言葉が頭に残っている。
⸻
「今ここにいるのは僕です」
⸻
それは告白でも、脅しでもない。
⸻
もっと厄介なものだった。
⸻
“選ばせないまま、近づいてくる感情”
⸻
直樹は小さく舌打ちする。
⸻
「めんどくせぇな」
⸻
でも、完全に拒絶できていない自分にも気づいている。
⸻
その事実が一番、ドロドロしていた。
コメント
19件
うわっっっ、これめっちゃドロッとしてる……!!🥺💦 “妹の彼氏”って設定なのに、暗闇で「今ここにいるのは僕です」って言っちゃう悠真くん、すでにヤバいやつじゃん……!でも直樹の「完全に拒絶できてない自分」にも気づいてる感、めっちゃリアルでゾクゾクした😭✨ タイトルの「優しいままで居られない距離」もエモすぎる……続き読みたい!!