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……愛情がしつこいのは人間にもだろうか、と思いながら、貴弘は、駆けていく泰親を見ながら笑っているのどかを見ていた。
八神の方の縁側に落ち着いた泰親を確認したあとで、のどかは振り返り言ってくる。
「まあ、綾太。
困ったやつですけど長い付き合いなんで。
すみません。
ちょっと大目に見てやってください」
と苦笑いしていた。
「どう困ったやつなんだ?」
愛情がしつこくてか、と思いながら、貴弘は訊く。
自分が知らない二人の歴史が気になっていたからだ。
「いや~、長い付き合いではあるんですけど。
よく考えたら、小学生の頃は、そんなに仲良くはなかったんですよね。
同じグループのひとりってくらいで。
よく嫌がらせとかしてきてたので、温厚な私でもさすがに腹立って、ぼこぼこにしてやってました。
当時、私の方が大きかったですしね。
なんで嫌がらせしてたのかなあ。
私のなにかが気に入らなかったんでしょうね。
おとなしくて、ちょっと優等生っぽかったところかな」
最初の辺の発言で既に、……二つ間違っている、と思っていたが。
最後まで聞いてみれば、三つも四つも間違っている。
まず、ぼこぼこにやり返す奴は温厚ではない。
お前はおとなしくないし。
どう考えても、優等生タイプではない。
そして、気に入らなかったんじゃなくて、当時から、お前のこと好きだったんだろ。
「よく後ろから髪引っ張ってきたりとか」
いや、だから、好きだったんだろ。
「私のノート取り上げて走って逃げたり」
完全に好きだったんだろ。
「それに、あのときもこのときもそのときもっ。
この温厚な私が100倍返しにしたくなるほどに、腹立つ物言いなんですよ~っ」
貴弘は、そこでたまらず、口を挟んだ。
「本当に温厚なやつは、あのときもこのときもそのときも、幾らやられても、100倍返しにはしないからな?」
「なに言ってんですか。
そんなのおかしいですよ。
そういう奴には世間ってものを教えてやらないと」
だから、温厚な奴はそういう強硬手段にはでないのでは……。
よくそのまま好きだったな、海崎社長。
Mなのか……?
と思う貴弘に幼なじみの情を見せて、のどかが言ってくる。
「まあ、そんなこんなで殴り殴られ長い付き合いなんで。
本当にご面倒かけてすみませんが。
ちょっと中原さんが来るまで、家で休ませてやってもいいですか?」
「いや、タクシーに詰めて送り返せ」
思わず、そう言っていた。
そんなこんなで揉めているうちに、タクシーが来た。
「よし。
あれに乗せて、送り返せ」
とタクシーのライトに照らし出された庭で貴弘が言う。
「あ、中原さん」
と降りてきた男を見て、のどかは言った。
もう帰宅していたはずだが、社長を迎えに来たせいか、スーツだった。
「中原。
今すぐ、こいつをタクシーに詰めて送り返せ」
と言う貴弘に、中原が渋い顔をして言う。
「……それだと私はタクシーを運んできただけになりますが。
そもそも、なんで呼ばれたんですかね? 私」
「クビにするためだそうですよ」
とのどかが教えてやると、中原は、そのまま綾太を置いて、タクシーに乗って帰ろうとする。
いやいや、待ってくださいっ、とのどかは中原を引き止め、タクシーを帰らせた。
「まあまあ、中原さん。
お茶でも淹れますよ。
雑草で」
とのどかは、にんまり笑ったが。
「帰ります」
と中原は言う。
だが、いつものように仕方なく綾太の面倒を見ることにしたようで、
「ほら、社長。
帰りますよ」
と中原は綾太の背を叩いていたが。
何故か、庭の雑草の中にしゃがみ込んでいる綾太は、
「待て。
あと少しでできるんだ」
と言いながら、シロツメクサで花のかんむりを作っている。
「それ、頭にかぶってていいですから、帰りましょう」
「なんで俺がかぶるんだ。
これはうちのシンデレラにやるんだ」
「シンデレラ……?」
と酔っ払いに根気よく付き合っている中原が訊き返す。
「灰かぶりならぬ、ボロ屋から降ってくる埃をかぶったシンデレラに」
……まさか、私のことですか。
掃除はしてますよ。
ただ、古くてところどころ壊れているだけです、と思ったとき、マウンテンバイクで八神が戻ってきた。
「八神、帰ってきたのか、ちょうどいい。
こいつを留置場に入れてこい、酔っ払いだ。
道端で寝ていて困っている」
と貴弘が八神に言う。
いや、言動はおかしいですが、庭先で起きています……とまだシロツメクサで冠を作っている綾太の丸まった背を見て、のどかが思っていると、ふいにその綾太が立ち上がり、
「できた。
やる」
と子どもの頃のように笑って、のどかの頭にそれを載せてきた。
「昔、作ったやつ、眞美子にやったが、本当はお前にやりたかったんだ。
長年の胸のつかえがとれたぞ。
ちなみに、シロツメクサの花言葉は、『復讐』だ」
……こっちの胸がつかえてきましたが。
たくさんあるシロツメクサの花言葉の中で、何故、それをチョイスしますか。
あのとき、ノート取って逃げた貴方をあとでボコボコにしたからですか?
腕を組んでその様子を見ていた貴弘は、
「思い残すことがなくなったのなら、潔く昇天しろ」
と言い出した。
いや、その人は霊ではありません……。
「八神、留置場にこいつをぶち込め。
あるいは、中原、連れて帰れ。
……中原?」
見ると、中原もいつの間にか、庭先にしゃがんで、なにかやっている。
「できました」
と見せてきたそこには、黄色いタンポポの花かんむりがあった。
「タンポポでもできるんですね」
とのどかは感心して覗き込む。
中原は一度、のどかにそれを渡そうとして、何故か、困り。
どうしようかな、という顔をして。
綾太の頭に載せていた。
……何故だ。
しかも、可愛い顔をしているので、似合うじゃないか。
「花言葉は、『真心の愛』です」
……愛なのかっ?
とみんな引いたが、単に、中原はその花言葉しか知らなかったようだった。
そこで、マウンテンバイクを置いてきた八神が、
「よし、俺は月桂樹で作ろう。
チャンピオンにやる」
と言い出した。
何処にチャンピオンが居るんだ。
なんのチャンピオンだ……と思っている間に、みなが張り合うように、なにかを作り出した。
大きな道から外れているので、のどかの家の玄関の外灯の明かりしかない中。
大きな図体をした男四人がこちらに背を向け、雑草の中にしゃがみ込んで、ゴソゴソやっている。
……人が見たら、ビックリするぞ、とのどかが思ったとき、貴弘が立ち上がり、
「出来た」
と言ってきた。
貴弘の手にあるのは、シロツメクサの指輪だった。
「昔、姉貴が教えてくれたことがこんなところで役に立つとは……」
と呟く貴弘に、
いや、役に立ったのでしょうかね。
ところで、綾太と変わりない言動をしていますが、貴方は酔ってませんよね……?
と思うのどかの手を取り、貴弘はその復讐の指輪をのどかの左薬指にはめようとする。
「俺の妻だからな。
はめてろ」
いやいや。
これが妻の証なら、数日で妻でなくなりますけど、
と思っていると、今度は綾太が立ち上がり。
なにが作りたかったのか、ただ、ひたすら長いシロツメクサを編んだものを縄のように振り回しながら言い出した。
「なんだ、お前、のどかに指輪も買ってやってなかったのかっ。
俺は持ってるぞっ」
と言いながら、ポケットから小さな布袋に入った指輪を出してくる。
「社長、それ、婚約者の方にあげる分では……」
と中原が横から言うと、
「婚約者にこんな安物やるわけないだろ」
と綾太は言う。
おい……。
「これはお前、昔、香港にいったとき買わされた怪しい指輪だ。
お前にやろうかと思いながらも、渡せなくて、ずっと持ってたんだ」
と言い出した。
いや、なんで、そんな怪しい指輪を私にくれようとするんだ……。
それこそ、呪いがかかってるんじゃないのか、と綾太に手をつかまれ、のどかが後ずさると、忠誠心厚い中原が、
「もらってあげてください。
値段の問題じゃありません。
長い間渡せずに持ち歩いていた社長の怨念と、指輪に移った体温による温かみにこそ意味があるんです」
と言い出す。
温かみのところはわかるが。
怨念はいりません、と思ったとき、
「よし、出来たっ。
チャンピオンは誰だっ」
と八神が月桂樹のかんむりを手に立ち上がった。
……この人も正気のはずだが、と思ったとき、八神は、ひょい、とのどかの頭がまるで帽子かけでもあるかのように、そのかんむりをかけ、
「せっかくこれだけ人が居るんだ。
酒持ってこよう」
と言い出した。
ええっ?
これ以上、綾太に飲ませないでくださいっ、と思う間にもう、家に戻り、酒を取ってきていた。