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酔って道を歩いていたはずなのに……?
設計士の飯塚心平は、いつの間にか、真っ暗な狭い空間に居た。
目の前に襖のようなものがあったので、手でいろんなところを引っかきながら、指を引っかける位置を探して、開けてみる。
空気の感じからして、今度は広いらしい暗い空間に出た。
何処なんだ、此処は、と思っていると、男たちのものすごい笑い声が何処からか聞こえてくる。
なんだ……?
とその声の方に手探りで行くと、なにかにつまづいた。
呪いの部屋の中程にのどかが放置していた米俵サイズのキャットフードだったのだが、そんなことはわからない飯塚は、おっかなびっくり、そのまま進んだ。
戸を見つけ、開けると、古民家に出る。
さっきの部屋は窓もなかったので、真っ暗だったが、古民家の様子は外の明かりと月明かりでうっすら見えた。
……いい造りの家だな。
梁も立派だし。
手入れしたら、いい家になりそうだ、と職業柄、ついつい家の中を観察しながら、明るい玄関の方に向かう。
外から男たちが酒盛りをしているらしい声が聞こえてくる。
なにか昔話の鬼にでもつかまって、暗いところに閉じ込められた気持ちになる。
頭の中では、鬼が火を囲んで宴会をしていた。
だが、今ではなかなか手に入らない丁寧な細工の施されたガラスの引き戸を開けると、
そこに居たのは、スーツ姿の男たちとほっそりとした可愛らしい娘だった。
庭の木には幾つものランタンがかけられていて、その灯りで、ぼんやりと周囲が照らし出されている。
美しいその娘が花のかんむりをかぶっていたこともあり。
ファンタジーの世界に迷い込んだのかと思ってしまったが、よく見れば、そこは――
「ただの荒地じゃないですか」
と思わず、声に出してしまったとき、娘たちが気づき、こちらを見た。
「あれっ?
また何処かの呪いのイケメンさんが」
「呪いにかかったイケメンだろ……」
「おい、呪われたイケメン。
一緒に呑め。
呑まなかったら、こいつの代わりに、お前を留置場にぶち込むぞ」
とスーツに見えないくらいスーツを着崩しているワイルドなイケメンが、隣に居たくせ毛の可愛らしい顔をした男を指差して言う。
かと思えば、残りの二人は、
「じゃあ、結局、プレゼンの資料作り、手伝ってくれたんですか。
知ってますよ、信也さん。
ちょっとめんどくさい人ですよね、仕事はできるけど」
と仕事の話をしている。
……何処もファンタジーでも桃源郷でもないな、と思ったとき、その見知らぬ花かんむりの娘が、はい、とコップを渡してきた。
「呪いのお詫びにおひとつどうぞ」
そう言って――。
朝、目が覚めたら、イケメンがひとり増えていた……。
「貴方は誰ですか」
と入ってすぐの二間続きの広い和室で雑魚寝していたイケメン様に、のどかは訊いた。
すると、そのすっきりとした今風のイケメン様は、
「此処は何処ですか」
と言う。
飯塚と名乗ったそのイケメン様は、案の定、呪いにより連れ込まれた人だった。
魚河岸のマグロのように男たちが寝ている中、のどかと飯塚は正座して向き合う。
「すみません。
私も途中から酔っていて、よく覚えていないのですが。
呪いでやってきたのに、こんなに打ち解けて、一緒に酒盛りしてくれたのは貴方が初めてです。
みんな、うわあああああっ、ってこの世の終わりのような悲鳴を上げて、出ていかれるので」
ようこそ、いらっしゃいました、と歓迎の意を表すために飯塚の手を握ったとき、のどかの後ろから手が伸びて、その手をはたき落した。
「どうも。
のどかの夫の成瀬貴弘です」
と起きてきた貴弘が後ろから挨拶してくる。
「ああ、これはどうも。
私、飯塚心平と申します。
近くの楽器店の側で設計事務所をやっています」
と二人はいきなり名刺交換を始めた。
その職場的挨拶に目を覚ました綾太と中原が、また条件反射で名刺交換を始める。
「のどかの幼なじみの海崎綾太です」
名刺に『のどかの幼なじみ』とは書いてないと思うんだが……。
名乗る肩書きを間違っている、と思いながら、のどかは綾太を見た。
「その海崎社長の秘書の中原です。
成瀬のどかとは、なにも関係ございません」
と中原も名刺交換していた。
それらの名刺を眺めていた飯塚が、
「このあばら屋に……
失礼。
此処のお屋敷に社長さんたちが集まって、一体、なにを?
新規プロジェクトですか?」
と言い出した。
……ある意味、新規なプロジェクトだが。
綾太の会社はなにも関係はない。
「此処、雑草カフェ兼社員寮になるんですよ、飯塚さん」
とのどかは説明する。
へえー、雑草カフェですか、と飯塚は室内をぐるりと見回した。
「手を入れたら、いい感じになりそうですもんね。
でも、社員寮って……」
「ああ、あっち側を居住スペースにする予定なんですよ」
とのどかはL字型になっているこの家の長い方を指差す。
厚ぼったいガラスのはまった窓からそちらを見ながら、なるほどなるほど、と飯塚は頷く。
「縁側に猫とか居て、いい感じですね」
ん? 猫?
と見ると、泰親は何故か八神の家の縁側に居た。
実は、酔っ払いどもがうるさいうえに、猫好きの綾太がまとわりついてうるさいので、泰親はあちらに避難していたのだ。
もうなにも呪いを見張ってはいないようなんだが。
あの神主の存在意義は……と思いながら、のどかは八神を手で示して言った。
「向こうはこの方の住まいなんですけど、提供してくださるそうなので」
名刺交換に反応しない刑事はまだ爆睡していた。
「そうなんですか。
社員さんはどのくらいの人数なんですか?」
と立ち上がり、向こう側の建物を見ながら訊いたあとで、飯塚は、
「あ、すみません。
ついつい」
と苦笑いする。
職業柄、気になるようだ。
「いや、今はまだ、俺とこの刑事しか入る予定はないが」
と言う貴弘に、飯塚は確認するように訊く。
「……社員寮なんですよね?」
そのとき突然、
「俺も住む」
と誰かが言い出した。
綾太だった。
「お前たちがのどかと住むなら、俺も住む」
待って……。
貴方はよその会社の社長。
だが、飯塚は、ははは、と笑い、
「そういう会社同士の交流もいいかもですね」
と呑気なことを言っている。
その後ろで中原が、
「ひとりも社員が居ないのに、社員寮を名乗るのは間違ってないですかね……?」
と呟いていた。
「誰か社員を入れればいいんだろう。
誰か、無害そうな奴を此処に住まわせよう。
のどかに手を出しそうにない奴がいいな」
と言う貴弘の意見に、何故か、綾太が賛同し、
「そうだな。
既婚者とかどうだ。
新婚ラブラブで他の女に目がいかないような奴」
と言い出した。
「それはいいな」
と何故か二人は意気投合しているが。
いや……、その人はおうちに帰してあげてください、とのどかは思っていた。
二人の後ろで、
「いや、もう社員寮と名乗るのやめたらいいんじゃないですかね……?」
と中原が呟いていた。