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「うわあああああ!」
絶叫と共にその場を引き返して来た男子は、俺に縋り付いてくる。
「あ……、あれ……」
顔面蒼白で、ガタガタと震えながら玄関ホールを指差す姿。その様子から、逆に俺の体は熱くなっていく。
「隠れていて」
声も出せず、嗚咽を漏らす男子。小田くんにそう伝え、俺は生徒用靴箱を使用して身を隠し、外に続く透明なドアに視線を向ける。
そこには学校周辺を取り囲んでいた黒い服に身を包んだ人物達が、校舎の玄関に向かって銃を構えていた。
『君! 戻りなさい!』
身を隠していたつもりだったが、あまりにもあっけなく見つかってしまった。
外より聞こえる声に俺の心臓は跳ね、小田くんが座り込んでいる階段前に俺も駆け込んで行く。
何だよ、あれ!
蹴躓いた俺は、その場に倒れ込んでしまった。
上手く受け身を取れず額を打ちつけてしまったが、そんなことどうでも良い。
「……機動隊が来る事態ということなのか……」
クラクラとする頭を抱えて、その場に座り込む。
テロ事件が起きた時に動員されることになっている、特殊部隊。以前ミーチューブでテロ実行犯達を速やかに検挙する姿を見て、カッコいいと声を漏らすこともあった。
しかしその銃口は、一般市民である俺達に向けられた。
……警察が、こちらに銃を向け発砲している。
これはテレビやミーチューバの企画ではない。失敗すれば死ぬ、命をかけたデスゲームだ。
呆然としていた俺達は、追いかけてきてくれた凛によりみんなが居る三階の教室に戻っていく。
「慎吾、無事だったか!」
「翔こそ、大丈夫か?」
手洗い場に居る翔は、小春により掃除用バケツに溜めた水を何度もかけられている。火傷は全身にいっていたようで、皮膚が露出していた顔や腕が赤くなっている。
爆発の威力は強いようで、指輪を付けられている人物以外にも危害が及ぶ。翔が守っていなければ、あの爆風が凛を襲っていた。
……すごいな、翔は。
本気で尊敬するよ、人として。男として。
「圭祐が死んだら、私まで死ぬところだったんだけど! そこらへん分かってんの!」
そう声を荒らげるのは、小田くんの彼女である内藤南さん。ルール上、確かにカップルの片方が死ねば指輪が外せなくなり片方も死ぬ運命となる。だからこの怒りはもっともだが、言いようというものがあるだろう。
凛が間に入るが内藤さんはよりフィートアップし、小田くんも自分が悪いからと口にした。
……二人は本当に付き合っていたのか?
そう思うぐらい、その関係は歪に見えた。
「……もう大丈夫だからよ。あっち行こうぜ」
「何言ってんだよ! まだ冷やさないと!」
「気遣う相手が違うだろ? ほら……」
翔の視線先には、バケツを握り締めて俯いて俯いている小春が居た。その指先はガタガタと震えていた。
「……あ」
「こんなむさ苦しい場所、とっとと離れようぜ。こんだけ水で冷やしたら大丈夫だからよ?」
翔の言葉に、小春の手を引いて階段を降りて行く。
こんなことにも気付かないなんて……。
俺は火傷していないはずなのに、胸が焼けるようにチリチリとした痛みが走る。
「……ごめんなさい……。こんな……時に」
廊下で力無く座り込んだ小春の顔は、真っ青だった。
「大丈夫だから。俺もあんな場所居たくなかったし……」
そう言いながら隣に座り、不意に天井を見上げる。
二階の廊下は、二年生が使用しており一組、二組、三組と続いていた。
……ここ、俺達が通う学校なんだよな?
窓から空を見上げたら、あまりにも日常的な空が広がっている。しかし──。
それを遮るように、ヘリコプターが音を立てて通り過ぎていった。
しばらくすると翔と凛が階段より降りてきて、また四人で集まった。翔の背中は膨れ上がっており、凛がタオルをかき集めて水で濡らしたものを当てているのだと分かる。
二人が俺達の元に座るが、いつものようなバカな会話はない。話したいが話せない。
そんな空気がまとう中、やはりその空気を断ち切ってくれたのは凛だった。
「……暴露した人が居たんだよね?」
その言葉に喉の奥が熱くなり、そのまま胃に落ちてきたように腹の中が焼けるように痛みが襲ってくる。
そうだ、誰かがあの二人を。……貶めたんだ。
人間の醜さというものを知ったつもりでいたが、これほど悍ましいことまでするなんて。
……こんなデスゲームなんかに巻き込まれなかったら、知らずに済んでいたのに。
「みんな、聞いてくれないか?」
その声に俺達が顔を上げると、そこには北条爽太くんと音霧紗栄子さんが並んで立っていた。
北条くんは生徒会役員で、次期会長候補だと言われるぐらいの秀才。制服をキッチリ着て穏やかな声質、綺麗に切り揃えられた短髪に柔らかな目元。発言の一つ一つに重みがあり、周りを納得させる力があった。
彼女である音霧紗栄子さん。制服を綺麗に着こなす音霧さんは北条くんに並ぶスラリとした体型で、背中まで伸びる黒髪のストレートヘアを持ち合わせている。パチリとした目に、可憐な声質、透き通る肌。それでいて試験は必ず学年トップをキープしている。
「友達を密告するなんてやめて、みんなで助かろう」
北条くんの語りかける声は温かくて、力強くて。疑心暗鬼になっていた心を優しく解いてくれるような気がした。
そうだ、密告がなければ良いんだ。
目が合った小春と俺は表情が和らぎ、力強く頷く。
さっきのは、仕方がなかったんだ。
だってまさか、本当に人が死ぬなんて信じられるわけなかったんだから。
でもさすがに、この状況で密告をするわけないだろう。
だからもう、大丈夫。もう……。
北条くんは、先程亡くなった神宮寺くんと友達。目の前で友人を亡くしたばかりなのに、しっかりしている。
俺なんか、ただ呆けていることしか出来なかったというのに。
……次は北条くんじゃないと良いな……。
そう、願うことしか出来なかった。