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第11話:世界の意思
ある夜、トアルコは夢を見ていた。
星も月もない空間に、ひとり立っている。
肌の下、心の奥――そこから声が響いた。
「問う。汝の名は、魔王トアルコ・ネルン」
トアルコは振り返る。そこには、誰もいない。
けれど確かに、“何か”がいた。
「汝は、“すべてのものを幸せにする”と願った。
その願いは、“魔王の種”に記録された。
ならば、問おう――」
「その“すべて”には、“加害者”も、“嘘をつく者”も含まれるのか?」
トアルコの瞳が、揺れた。
「……はい。できるなら、誰も傷つけずに……」
「その願いは、“対立”を消すことでのみ成立する。
感情を均一にし、衝突を“意識ごと消す”力が発動可能だ。
代償は、“個”の消失。“世界を塗り替える”こと」
「え……」
「望むなら、今すぐ実行できる。
しあわせは“均一”に。“悲しみ”も“怒り”も、失われる。
選べ、魔王」
トアルコは静かに、ゆっくりと目を閉じた。
心に浮かぶのは――
毒を「やさしい」と言ったネムル。
まんじゅうに目をつけて笑ったパクパク。
剣を下ろしたアルル、スープを喜んだ村人たち。
それぞれに違っていて、傷ついてきた人たち。
けれど、それでも――“違うまま”で、優しくあろうとした人たち。
トアルコは、そっと口を開いた。
「……いいえ。僕は、“みんな違うまま、しあわせになってほしい”んです」
「その願いでは、争いは残る。傷も、差別も、矛盾も」
「はい。だから……悲しんでる人には、近づきます。怒ってる人には、話します。
それでもダメなら、何度でも、謝ります。――そう決めたんです」
沈黙が落ちた。空間に、やわらかな光が差し込む。
「記録。選定魔王・トアルコ・ネルン。
“全体の幸福”ではなく、“個の連続的な幸福”を選択。
その信念のまま、進行を許可する」
トアルコはゆっくりと目を開けた。
魔王城の天井が見えた。
胸の奥――魔王の種が、静かにあたたかく脈打っていた。
「……ありがとう。教えてくれて」
その声はもう、誰に届くものではなかったけれど。
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