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第12話:アルルの選択
夜明け前の魔王城。
灰色の霧が城壁を包み、空はまだ色を帯びていない。
城の塔にひとり佇む少女――アルル・ヴィノエは、
胸元に下げた勇者の証――銀の紋章をじっと見つめていた。
金髪を揺らし、澄んだ緑瞳がわずかに揺れている。
その肩には、迷いという重みが乗っていた。
「……勇者としての命令が、正式に来た」
その報せは、使いの鷹によって届けられた。
内容はひとつだけ。
「魔王を討て。でなければ、“裏切り者”と認定する」
「どうするの?」とリゼが訊いたとき、
アルルは何も答えられなかった。
中庭では、トアルコが花壇の手入れをしていた。
茶色の髪が朝露に濡れ、顔に土をつけながら、小さな白い花を植えている。
「……あ、アルルさん。おはようございます」
にこりと笑いかけた彼の顔は、いつもと変わらない。
けれど、その笑顔が、アルルの胸を刺す。
「ねえ、トアルコ。あなた……どうして“戦わない”なんて選んだの?」
トアルコは、手を止めた。
「……昔から、“戦ったあと”って……誰も、笑ってない気がしてて」
「でもあなたが戦わなかったせいで、他の人が“戦わされる”こともあるかもしれない」
その言葉に、彼はうつむいた。
「……それでも。僕は、“戦わないことで救える人”が、ひとりでもいたら……その方を選びたいんです」
沈黙。アルルは、拳をぎゅっと握った。
「私は……勇者なの。正義の剣を振るうように育てられてきた。
でも、あなたを見てると……何が正しいのか、わからなくなる」
「……わからなくても、迷ってもいいんです」
トアルコはそっと言った。
「答えが出るまで、何も振るわなくていい。
……僕は、あなたに笑っててほしいから」
アルルの目に、涙が滲んだ。
その夜、彼女は王国に返答を送った。
「“討つ”という選択を保留します。
今の私は、“ただのアルル”でいたいのです」
リゼがぽつりとつぶやいた。
「……ひとり、増えたな。魔王を“守る側”が」
トアルコは花壇にそっと水をやりながら、静かに微笑んだ。