「…どうしてこんなものが?」
「…」
「吉良、もしかして私…疑われてる?」
吉良はふふっと鼻で笑ったけど、それは怒ってる…とか不愉快に感じているそれではないので安心した。
「…覚えない?これ」
まだ手のひらにのせられたものを軽く揺するから…
「え?…もしかして…」
言いながら顔が赤くなる…。
数日前の香里奈さんとのやり取りを思い出して…それが確信になった。
…でも、どうやって。
「香里奈が、憂にとんでもない頼みごとをしたらしいんだよ」
今日は休日の吉良。
昨夜は、私を先に寝かせたあと、リビングで憂さんと長いこと話してたみたい。
香里奈さんは帰ってきたのかな…
吉良に促されてリビングに行くと、もう憂さんはいなくて、私をソファに座らせた吉良がコーヒーを淹れてくれた。
「昨日突然憂さんが来たのは、香里奈さんに用事があったってこと?」
「いや、正確にはモネに用事があった」
「私に…?」
「香里奈は憂に、モネを襲うよう頼んだんだ」
「…っ?!」
一瞬、喉が張り付きそうになった…
憂さんは香里奈さんから「吉良と恋人の仲を、引き裂いてほしい」と頼まれたという。
そこで昨日、どういうことか確認してみようとここへ訪れたらしい。
『今、家には桃音だけしかいないから、今すぐ襲いに入って』
憂さんの携帯に、香里奈さんからメッセージが入ったらしい。
…そういえば、部屋の写真を撮りながら、メッセージを確認している素振りはあった。
でも私は…襲われなかったどころか、そんな雰囲気を感じもしなかったけど…
「…話が尽きちゃって、少しだけ不安になったけど、憂さんはずっと優しく話をしててくれただけだった…」
「当然。俺の親友がそんなことに加担するはずない」
それでも、昨日帰った時点では何も知らなかったから、吉良も本気で不機嫌になったという。
「…何にもないよ?」
「わかってる。でもあんな近くにいて腕つかんでれば、ムカつくし不機嫌にもなるだろ」
うん…ごめんね、と言いながら、淹れてもらったコーヒーをひとくち飲んだ。
私のは牛乳が入ってて、吉良はブラック。ピンクとブルーのマグカップ。
そんなおそろいに、ふと口元が緩みそうになっていると、吉良はさっき手のひらにのせていたものを指差して言った。
「…コイツは、俺たちの…っていうか、俺の…事後のやつだ」
「…そ、そうだよね」
また、顔が赤くなる…
数日前、買い物に出かけて帰ったとき、荷物を冷蔵庫に入れようとしてテーブルになにかをくるんだティッシュが置いてあるのを見た。
あの時ちょっとだけ…前日の吉良との夜が脳裏に浮かんで、無意識に手に取ろうとした。
そして、香里奈さんにすごい勢いで触るな…と言われたのを思い出す。
「…もしかしたら、ソレをゴミ箱から取ってきて…今回私が憂さんと何かあった証拠に使おうとした…?」
「…多分な。まだ、白状させてないけど」
あの日、買い物で外出した私の留守に、部屋のゴミ箱を探せば見つけるのは簡単だろう。
でも、そこまでして私を遠ざけたかった香里奈さんを思うと…複雑な気持ち…
人生で、多分初めて…こんなに人に嫌われてる。
「香里奈は、昔の憂のイメージで依頼したんだろうな」
吉良は私の頭を撫でながら、香里奈さんが憂さんに頼んだ恐ろしい依頼について推理を始めた。
香里奈さんは、吉良を含めた4人をよく知っていた。全員昔はかなり尖っていて、特に憂さんはタチが悪かったから、計画に喜んで乗ってくると思ったんだろうと言う。
「俺らは相当なワルだったから…俺が憂にモネを紹介しているとは、思わなかったんだろう」
…いくら吉良の友達って言ったって、さすがに初対面の男の人が来て、ドアを開けるなんてしない。
「…それじゃ、私は知らない人なのにうっかりドアを開けると思われてて、そして襲われるって筋書きだったってこと?」
「多分そう。…モネ、ここは怒っていいところだからな」
「う…うん」
昨日出かけてから、香里奈さんは戻ってきていないという。
「言い逃れできないように、憂も仕事が終わったら来てくれることになってる」
わかった…と返事をしながら、さっきから存在感がすごいアノ証拠を、パッと取って立ち上がった。
「…まだ捨てないで」
「…え?」
「一応香里奈に突きだす。証拠だからな」
「そっか…」
「…顔赤いぞ?」
「…っ!?」
「こんなの見たら、アノ時のこと…思い出す?」
からかう吉良の腕をバシバシ叩いて…私は洗濯を理由に立ち上がった。
…香里奈さんが戻ってきたのは、夜になってからだった。
ドアが開く音がして、私はすぐに玄関を開けに行く。
「お、お帰りなさい、香里奈さん。ちょっと今日は、お話ししたいことがあります」
いつになく強い調子の私に驚いたのか、香里奈さんはその大きな目を私に向けた。
「なによ?…久々に徹夜で眠いんだけど」
すべて憂さんによって明かされたと思っていないのか、まだ強気の香里奈さんにさすがに呆れる。
「…何でまだいるのよ?自分の無用心が原因で、他の男にやられたんでしょ?…早く出ていきなさいよ!」
そうか…そういうことか。
香里奈さんにとって憂さんは、まだ相当なワルのままなんだろうって、吉良が言ってた。
だから自分の悪事がバレてるとは思わないんだ…。
そこへ玄関のチャイムが鳴って、憂さんが昨日と同じように、少し寒そうにしながら玄関に入ってきた。
「よぅモネちゃん!…2日続けて美女に会えるなんて嬉しいなぁ…」
「あ…また適当なこと言ってますね?!」
私と憂さんのやりとりを見ていた香里奈さんが、少し不思議そうに見ていることに気づく。
「憂、早かったな?…撮影は予定通り進んだのか?」
奥から吉良も出てきて役者がそろい、香里奈さんは私たち3人の様子に変化がないと感じたと思う。
それは…自分の作戦が失敗に終わったということで、香里奈さんの顔色はみるみる青ざめていくのがわかった。
コメント
2件
自分の計画が失敗したのが解ったんだろうけれど、香里奈はまだ懲りないかな? それとも必死に言い訳するのかな? どっちにしても早く出て行けって思う。
香里奈やること鬼畜過ぎる。 事後のブツ、拾ってくるなよ。 ホントにモネちが襲われてたら犯罪じゃないか。