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城砦町からも、遥か遠くに見えてはいた。猛々しく連なる山峰《さんぽう》が。
町を出て数日をかけて北上し、山脈に近づけば近づくほど、その姿はどんどん凄みを増していく。
この辺りの地形だけ、別次元の力で空まで跳ね上げたのではと思うほどの、絶望を感じる高さだ。とてもじゃないが、飛べなければ諦めている。
「こりゃ……四、五千メートルじゃきかないぞ」
地形を無視して飛んでいるが、多少高く飛んだとしても越せそうな山ではない。成層圏まで飛び上がらなければいけないのかもしれない。
「九千メートル以上あると思いますよ?」
「とんでもねぇな……」
山頂はもちろん白く凍てついているし、白いモヤはおそらく、強風で氷雪が舞っているからだろう。
「旦那さま。これ……わたしたち、飛ばされたりしないですよね」
「霊体は風の影響なんて受けないはずだろ……知らんが」
なんとなく生きていた時の感覚で、飛ばされそうだな、とも思う。
「大丈夫ですよ。これまでだって風雨なんて浴びなかったでしょう?」
「……言われてみれば、そうなんだけどさ」
不安は感じたままだったが、俺たちは難なくこの山脈を越えられた。
そして越えてみれば何のことはない。ただただ絶景の広がる場所に過ぎなかった。この体は便利過ぎる。一言で言うなら、とにかく最高だ。
この見渡す限りのとんでもない景色も、たしかに登山をやめられないって人の気持ちが分かるってもんだ。楽々と登ってしまったから、もしかしたら同じ感動じゃないかもしれないが。
しかし……勇者たちは、魔王を倒すためにこの山を越えたんだよなぁ?
城砦町が最前線で間違いないはずだから、別のルートがあるのかもしれない。でなければ無理だ。いくらなんでも、登山スキルなんて訓練していないだろうからな。
「とにかくやっと、もうすぐ魔王城だな。半年ほど町で過ごしたせいで、なんとなく勢いが消えちまったぜ」
「ノリノリでホーリーヒールしていたくせに」
「ありゃ仕事だろうが! ともかく、魔王の配下が残ってるかもだ。気を引き締めないとな」
リグレザめ、俺が治癒魔法疲れで相手しなかったのをまだ根に持ってやがるな。
「え、もしかして、魔族とか居る感じですか?」
「そういえば、もし居るならスティアも初めて見るよな。どんな姿だろうなぁ」
「見た目はただの人ですよ。数は少ないですが、その分人間よりも長命ですね」
「そうなのか? 角とか生えてるんじゃ……」
「生えてませんよ。魔力と知能が高くて、話してみると意外と意気投合したりして。あと、美形が多いです」
「リグレザ。そういう情報を後出しするクセ、治してくれよ……。バチバチに戦う気でいたのにさ」
「わ、わたしも敵なんだとばっかり思ってました」
何だこの展開。
もしかして魔族と戦争してたのって、人間から攻めたとか、そういう話じゃないだろうな。
「ややこしい話になってきたような……」
そもそも村で育った俺は、この世界の歴史をほとんど何も知らないままだった。
魔物と自然を相手にしているばかりの生活で、なんとなく、王国は魔王率いる魔族と戦っている。というくらいしか……。
「とりあえず、魔王城を探しましょう。私もこの山を越えた所、というくらいしか知りませんし」
「あ、あぁ……」
戦意は消えてしまったが。
まぁ……平和的に魔王になれる筋があるなら、それで構わないが。
絶景の余韻を楽しみつつ、魔王の領地とやらに下りていくと、そこにはまた、別の絶景が広がっていた。
自然のままにこうなったとは、とても思えない。
山の麓には、木々が適度な林を作っているし、その先には草原が……花々で敷き詰められた、色とりどりの美し過ぎる光景が広がっている。
虹が、幾重にも地に描かれているような。
「きれ~! 旦那さま! すごいです! すごいですねぇ……」
「ああ。なんだこれ……。俺たち、飛べて良かったよなぁ。一本だって踏んでしまいたくないぜ、これは……」
「天界の草原みたいです。これは本当に……なかなか……」
リグレザがそこまで言うなら、相当なものなんだろう。
一体どこまで続くのかと思うと、解放された真っ白な城が見えてきた。
小高い丘に建っているというだけで、城壁の無い――言うなればここまでの広大な花の園が、この白い城の庭園だったのかもしれない――無防備な城。
尖った屋根は青く、白と青のコントラストが見事に映えている。
「メルヘン……というか、平和の象徴……みたいな城だな」
手入れの行き届いた白い外壁は、日の光と花々の色の反射を受けて、また美しい。
もっと物々しい城をイメージしていたが、こんなに美麗な城だとは。
「魔王城……と呼ぶのは、似つかわしくないですね」
「ほんとに! すごくキレイです」
リグレザもスティアも、一目で惚れ込んだらしい。俺も同じだ。
速度を落とし、誰か居るだろうかと――むしろ眺めていたくて――ゆっくり近づいていると、唐突に声を掛けられた。
怒気を込めた重い声で。
「止まれ。それ以上近付くことは許さぬ」
そして突然目の前に、声の主は姿を現した。
――俺たちと同じ、霊体だと?
城の美麗さと無防備さに釣られて警戒心を失っていたものだから、飛び跳ねるほど驚いた。しかも異質で実体の無いフードローブ姿の亡霊というのは、心臓に悪い。
フードで陰になったそこには、なお暗い虚空が二つ、目の位置に開いている。
「ひゃっ」
「きゃぁぁ」
リグレザさえも小さく悲鳴をあげた。スティアは叫ぶと同時に、俺の後ろにしがみつく始末。
「お、脅かすなよ。勝手に来たのは謝る。だが俺たちは、敵対しに来たわけじゃないんだ」
リグレザ以上に感情の読めないそいつは、怒気を静めはしたが警戒は解いていない。そういう声に変わった。
重く、低い。腹の底に、恐怖がじわりと残るように響く。
「では、人間の成れの果てどもよ。何をしに来た。ここは目的なく到達できる場所ではない」
「ああ、目的がある。俺たちはお前ら魔族と、手を組みに来たんだ」
「……なんだと?」
彼の顔にある二つの虚空が、眉をひそめるように歪んだ。
「俺はラースウェイトという。まぁ、少し話をしようじゃないか」
「ふむ……。よかろう。我はファントム・ドラン。魔王様に仕える者。……話してみるがよい」
いきなり襲ってくるような奴じゃなくて良かった。会話が出来るなら、聞きたい事は沢山あるからな。
そうして俺は、このファントム・ドランに質問を始めた。
どうやらこいつは、魔王の身の回りのことや、教育係のようなことをしていたらしい。
ただそれだけのはずがないと思った俺は、霊体を生かした諜報活動はしないのかと問うと、「無論だ」と頷く。
意外と何でも答えてくれるファントム・ドランは、いい奴なのかもしれない。
聞けば今は、魔王城の手入れだけでなく、この草原に咲き誇る花々も管理しているという。
「……いや、まてよ? 手入れって、どうやって物に触れるんだ?」
俺にも可能な方法があるなら、ぜひ知りたい。
「細工はある。が……まだ貴様を、信用したわけではない」
――そりゃあ確かに。流れ的に教えてくれそうな気がしたが、さすがに甘かったか。
ただ、俺の話もすると「フ」と、短く笑ってくれたりもした。
女神を口説いたら霊体にされたという話は、彼にはウケが良かったらしい。
丁度いいので、魔族が人間と戦争を始めた理由も聞くことにした。
さすがに、雑談ばかりをしに来たわけではない。敵対理由あたりから聞いておかないと、俺は人間の敵になるだけでいいのか、それとも魔族とも戦うべきなのか……方向が定まらないからだ。
単純に「魔王になりたい」と言って、「そうか」とはいかないだろうし。
なにせ、このファントム・ドラン――話してすぐに分かったのだが――魔王への執着というか、熱量が普通ではなかったからだ。
「ところでさ。結局お前らって、なんで人間と戦ってたんだ?」
「人間は……放っておけばどんどん増える。むやみに自然を破壊したり、一定の動物を乱獲して滅ぼそうとしたり、果ては我ら魔族にも見境なく襲い掛かってくる。ある種の害虫よ。それを駆除しようとして、何が悪い」
「あぁ……いや、そうだよな。敵対するからには、お前らにも理由はあったんだな」
――さすがに魔族側からすれば、人間から襲ってきたと答えるか。
「敵などと。あれはまさしく、世界の害虫よ。魔王様が復活なされたら、また滅ぼす手はずを整えねばならぬ」
「何? 魔王は復活するのか?」
「当然であろう。魔王様は魔族の祖にして、常なる王。あのお方が真に滅される時は、我ら魔族の役目を終えた時のみ」
「お前らの役目って何だ」
「世界の安寧。ただひとつのみ」
「……目標デカすぎない?」
えらく抽象的だ……俺が魔王になるための理由よりも、漠然としている。
「矮小な人間の成れの果てよ。貴様らには果たせぬことゆえ、理解せずとも良い。ただ、我等の邪魔をしてくれるなよ?」
「いや、邪魔する気はないんだが……」
――はぐらかされているだけか?
あまり深く聞いても意味は無いか。それよりも、ここらでこちらの要求を聞いてもらう方が先か。
「……ちょっと俺の都合でな、力を貸して欲しいんだ」
「ようやく、本題か。……魔王様が復活するまではまだ、時が必要だ。聞くだけ聞いてやろう」
どうやら、ずっと俺に付き合ってくれていたらしい。
――読み合いじゃ、叶わない相手だったようだ。