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月日が経つのは早いもので。
颯懍を落としてから、もとい、弟子入りしてから20年がたった。
今日も今日とて私は、滝に打たれて精神統一。
仙骨を持ち修行中の者を道士と言うのだけれど、私は修行をしつつ旅をしている。
旅の目的地は仙人達が暮らす場所――桃源郷。
そこはとある山奥に入口があると言うのだが……。真っ直ぐに向かうのかと思いきや、馬に乗ることも車に乗ることも無く歩いてまわり、あちらこちらで寄り道をしては道草を食っている。
そんな旅も悪くないと思えるのは、颯懍が何気に人助けをしたり、施したりしているから。
私を助けてくれた時のような仰々しい事はあまりなのだけれど、サラッとサクッと誰かに手を貸してあげる姿は、本当にカッコイイ。
そして、もうひとつの要因。それは私の身体の時が止まったから。
修行を初めてから徐々に体の成長と老化が遅くなり、ここ十年くらいの見た目が変わらなくなったことから、完全に止まってしまったようだ。
だから時間を気にすることが無くなって、のんびりとした旅でも焦らない。
しばらく滝に打たれていたら、集中力が増してきた。今なら行けそうな気がする。
滝壺から抜け出して、足の裏を水面につける。
身体の中にある陰の気と陽の気を縒り合わせて一つにし、力を足へと流し込んで水を踏んだ。
いつもならそのまま水面を突破ってしまうところが、今回は違う。
足に力が入って、地を足で踏むように水面の上を歩くことが出来た。
「ぃっ……いやったーー! 師匠!! やりましたよ! ほら、水面を歩いて……っっ!!」
気を抜いた瞬間に、縒り合わせていた2つの気がバラバラに解けてしまったらしい。水の上に乗っかっていた体は沈んで、川の流れに足をすくわれてしまった。
いくら海辺育ちとは言え、急な流れの中を泳ぐのは容易いことでは無い。もっと神通力を上手く使えられるようになれば、こんな水の中でもへっちゃららしいのだけれど、私はその域には到底達していない。
「ど阿呆! 集中せぬからこうなるんだ」
いつもの怒鳴り声と共に、腕を掴まれ引っ張り上げられた。ゲホゲホと水を吐いて、新鮮な空気を肺いっぱいに取り込む。
「ず、ずみばぜん」
水を大いに含んだ服を脱いで絞り、木と木の間に渡した紐に掛けて乾かしている間に、颯懍が焚き火を用意してくれた。
火にあたって暖をとりながら、昼食の野草粥作り。
仙人というのは基本的に菜食主義だ。
道士になりたての頃は肉や魚が恋しかったけれど、修行を積むうちに欲求がなくなり、今ではむしろ食べたく無くなった。
山で採ってきた食べられる野草と米とを煮込んで作る野草粥は、今や明明の定番料理となっている。今回は枸杞の実も入れたので、紅、緑、白と彩りも良い。
鼻歌交じりにお粥を椀へよそっている所に、颯懍が鼻をクンクンさせながらやって来た。
「仙術はまだまだイマイチだが、料理の腕はあるよなぁ」
以前、颯懍お手製の野草粥を頂いた事があったけれど、これがまた不味かった。
作り方を見ているとあく抜きをしていなかったので、野草を軽く湯掻いてから改めて作り直してあげると、「同じ材料のはずなのに何でだ!」と不思議そうにしていたのたのを思い出す。
当然、師匠の身の回りの事は弟子がやる事なのだけれど、食事に関しては取り分け、私の役目となった。
3杯目の粥もペロリと平らげてしまったその身体は、食べた分が何処に消えてしまったのかと不思議な程に、無駄な贅肉が付いていない。
まだ他の仙人を見た事がないから分からないけど、大体みんなこんな感じなのかな?
「ああ、そうだ。明日には仙界に行くぞ」
食後のお茶をすする颯懍が、軽い口調で言った。
「ほっ、ほんとですか。うわぁ、緊張する……」
「着いたらとりあえず三清の一人、太上老君の所へ行くつもりだ」
三清と言うのは仙人界のトップ、元始天尊・太上道君・太上老君の御三方のことを指す。
3人のうちの誰かに認められると仙籍に入れられて、道士から晴れて『仙人』と名乗ることが出来るらしい。
「太上老君が師匠の師匠なのですよね」
「そうだ。だからまず最初に挨拶しに行かなければならんのだが……はあぁぁぁぁぁ」
こちらの精気まで抜き取られてしまいそうな程に、ながーいため息をついた。師匠に会うのがそんなに嫌なのだろうか。もしかして、太上老君ってめちゃくちゃ怖くて厳しい御方とか?
これは心してかからねば!
◇◇◇
翌日になってやって来たのは、昨日打たれていた滝とはまた別の滝。
昨日の昼から移動し始めて、今はもう日が傾いてきているので足がパンパンだ。
「この瀑布の裏が、仙界に続く門となっている」
「ごく普通の滝の裏のようですけれど」
想像していたのと全然違うぞ、と滝の裏側の窪みに颯懍に続いて入って行く。
薄暗いし、水しぶきと苔で地面がヌルヌルして歩いにくい。おっとっとっ、と足を滑らせて、そのまま颯懍を突き飛ばしてしまった。
「いったぁ……って、えっ! うそ、何ここ!?」
さっきまで滝の裏側に居たはずなのに、目の前に広がる景色は全く別。
まるで壁のように空高くそびえる巨大な山が一つと、周りにも切り立った山がいくつもある。空気が澄み精気に満ち溢れ、ここがあちら側とは別物だと言うのを肌で感じとれる。
「これが仙界……桃源郷」
仙人が住む場所を人々は桃源郷と呼ぶ。そこは桃の花が咲き乱れる美しい場所なのだと言うが、本当に桃の花があちこちで咲いているようで、桃色の塊がいくつも視界に入ってきた。今って、桃の花の季節だっけ?
「おいっ、早くどかぬか」
感慨に耽っている私の下で、颯懍が呻いた。
突き飛ばしてそのまま颯懍の背に跨ってしまったようだ。
「ご、ごめんなさいぃ!」
颯懍はパンパンと服を叩いてから空を仰ぐと、ピィーーっと指笛を吹いて甲高い音を鳴らした。
何が起こるんだろう?
そのまま黙って一緒に空を見ていると、遠くから猛スピードで飛んで来た鳥が1羽、足元へと舞い降りた。
三本足に金色の羽根。翼を広げた姿は、私が両腕を広げたよりも大きい。ただ、ざっくりと言うとカラスの様な見た目をしている。
「金烏だ。崑崙山の頂上まで歩いて登るのは骨が折れるからな。運んでもらう」
指示された通りに金烏の足を掴むと、いとも簡単に2人の人間を持ち上げて飛び立った。
運ばれている最中、颯懍が追加で説明をしてくれる。
「さっきの場所はただの人が通っても、ただの瀑布の裏だ。神通力を使いながら壁を押すと、こちら側に来る事が出来る」
「それでは私一人でも、自由に行き来出来るんですね」
「そうだ」
「師匠のお家も仙界にあるのですか?」
「さよう。崑崙山から南東へ少し行った辺りの山にある。挨拶が終わったらそこへ帰るつもりだ」
話をしているうちに、金烏が見事な御殿の前へと降下して行く。
降ろしてもらうと颯懍は、金烏の口の中にポイッと1粒、丸薬を投げ入れた。颯懍特製、滋養強壮に効くと言う仙薬だ。恐らく運賃代わりという事なのだろう。満足そうに「カアァ」と鳴くと、金烏はそのまま飛び去って行った。