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花びら散る頃に。

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花びら散る頃に。

1 - また君に逢いに行く。

♥

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2025年06月24日

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「__あのね、司くん、」

少し暖かい日が差す、お昼過ぎ。いつものように大好きな人と昼食を取っていた。

新しい年を迎えてもう1ヶ月が経とうとしていた。進路は決まり、残すところは卒業のみ。長いようで短い高校3年間だったな。

「ん、どうしたんだ?」

いつも通り、何気ない時間を過ごしショーの話をして。何も変わりない日に類が深刻そうな顔をして話しかけてきた。

「ご、ごめんね、その…っ」

いつもの笑顔とは裏腹に何か不安に汚れた、その顔はどこか消えてしまいそうで。声をかけることさえもできない。

「…言わなきゃ、いけないことがあって、」

そう言い、無理に笑顔をつくる類。その頬は引きつっている。

「ど、どうしたんだ!?、らしくない顔して…、」

あまりの顔に耐えられなかった。目の前の大好きな人がそんな不安そうにしてるとこっちまで胸が痛い。

「…っ、落ち着いて、聞いて欲しいんだ、」

振り絞った声は微かに震え、自分も呼吸すら忘れていた。その横顔は今でも忘れないほど、美しかったと思う。

「…..ぼく、もうあと…1ヶ月しか、…生きられないんだ、」

「…….は、?」

思わず間抜けな声が出てしまう。それほど、言ってる事の意味がわからなかった。

「な、何を言う、なにかのドッキリか?、卒業前にそんな…っ、」

なにかの冗談だと思いたかった。微かにある目の前の希望に縋っていたかった。

…大好きで堪らない人があと1ヶ月で死ぬ、?

信じれるはずがないだろ。馬鹿げてるのか?、それとも悪い悪夢なのか?

「…..っ、」

そんな悪い思考も類の顔を見れば、一瞬で現実に戻される。

「…..信じたくないのは、わかる…よ、」

僕も一緒だから、。とまた下手くそな笑顔でこちらを見てくる。

「でも、ね。言われてしまった以上、嘘じゃない…んだ、」

言葉が出なかった。突きつけられた現実に逃げ出したくて。

「…僕、さ。病気…で、もう治らないんだよね。その病気も特殊で、治療法も見つからなくって…っ、」

分かってる。…..っ、分かってるんだ。

「…本当は何も言わずに消えようって思ってたけど、」

今にも泣き出してしまいそうな類を見ることが出来ない。見てしまえば、自分も歯止めが効かなくなるから。

「こわくって、」

こんなにも未来は残酷なのだろうか。

神様はこんなにも理不尽でいいのだろうか。

精一杯、生きてる人間を。簡単にも奪ってしまうのか。

「…..っ、ごめんねっ、こんな暗い話っ、!。ただ聞いてくれるだけで良かったからっ、」

違う、違うぞ、類。

気づけばオレは類のことをぎゅっと抱きしめていた。それは力いっぱい。

「わっ!?///、つ、司くんっ!?///、」

「…いや、だ」

「…..っ、」

今、こんなにも体温を感じられるのに。1ヶ月後にはこれも冷めきってしまう。

…そんなの考えたくもなかった。この想いも、この熱も、まだ伝えられてない。どうしても、どうしても卒業式に伝えたかったんだ。

だが、それすら叶わないという。

「や、やめてよ、せっかく…せっかく、」

頭に落ちてくる、大粒の涙。オレも耐えられなかった。

「すま、ない。困らせて、」

結局、謝ることしか出来ない無力な自分が腹立たしくて。ずっと、ずっと、抱きしめていたい。離れたくなんてない。

「…..いいんだ、困らせてるのは、ぼくだから」

「話してくれて、…ありがとう、」

「ううん、司くんにだけは知ってて欲しかったんだ、。病気も余命も。」

涙で視界が揺れて、大好きな人の顔すら見えない。

「…もーうっ、僕より泣かないでよっ!」

「すまんっ、すまん…っ、」

きっと、どれだけ情けない姿をしているかは類にしか分からない。でも、そんな情けない姿を見せるのはお前一人しかいないんだぞ。

「…それでね、」

少しずつ落ち着き出した類が口を開く。

「残りの1ヶ月間をどうしよっかなぁ~って」

さっきの雰囲気とは打って変わって、勢いよく立ち上がり、こちらを見上げてくる。綺麗な青空の景色と重なって、何よりもキラキラして見えて…っ、。

「ふふふっ、何がいいと思う、っ?」

あぁ、眩しい。死に際の花は無情にも美しく咲いている。それを直視するのも、また一苦労で。その光に照らされるように、オレもまた立ち上がってしまう。

「はははっ、類らしいな、」

自分の気持ちに蓋をして、我ながら下手くそな笑顔をつくる。きっと、お見通しだろうけど。

「んー、ショーもやりたいし遊びにも行きたいなぁ、」

「なんだ、それ。いつでも、出来るし幾らでもしてやるぞっ!」

寂しさに滲んだその顔をオレはただ、ぼーっと見つめるだけだった。








そんな会話が昨日だったみたいに、残酷にも時は過ぎていく。バツ印がつけられたカレンダー。見るだけでも嫌だった。考えないようにって、ずっと目を逸らし続けて。

スマホの予定も全て埋まってる。楽しい予定も、夢も、全部全部詰まってる。嫌ってほど、ずっと居るのに、…苦しくって、。

「どうしたんだ、突然、海だなんて」

電車に揺られ、ふと隣にいる類を見る。類にしては珍しい提案だった。

「いやぁ、ここ数日さ、みんなと遊んで学校抜け出して、すっごく楽しかったんだけど…」

月のように美しい瞳がオレだけを映し出す。

「…司くんと2人だけの時間ってあんまりない気がして…ねっ、?」

…..あぁ、やっぱり好きだ。どうしようもないくらい、胸が張り裂けてしまいそうなくらい、好きで好きでたまらなくって。

「…ずるい、」

「えぇ、なにがだい!?」

…伝えたい、類が死ぬ前に、好きだって。この一輪が消えてしまう前に伝えたい。

「ふふふっ、楽しみだなぁ」

だけど、だけ、ど…..っ、

__次は、○○駅ー、○○駅ー。

「さ、行こっか」

この想いを伝えてしまえば、オレは嫌われるんじゃないか。同性を好きになって、ましてやショーで大切な仲間を、”そんな風に”見てたなんて知られたら。

「お、おいっ!そんな走ったら危ないぞっ!」

「大丈夫だよ~」

伝えれるはずがない。肩を並べることさえ出来なくなる。あと少しの余命も一緒にいることすら叶わなくなるのなら、

…伝えない方が良い。もうその笑顔を奪ってしまうくらいなら。

我ながら下手な考えだなぁ、。








「わぁっ!!」

初めて海を見るみたいに目をキラキラと輝かせる類。何故かこちらまで嬉しくなる。

「久しぶりにきたねっ!」

「あぁ、前に来たのは夏休みか?」

夕暮れ時。2人だけの時間。楽しみで本当はワクワクするはずなのに。…今は類がいつか消えてしまいそうで怖い。

「なつかしいよねぇ、水鉄砲して美味しいもの沢山食べて、それで実験もして!」

「散々な目にあったがな…」

髪が海風に寄ってなびく。誰もが羨ましがる美しい髪。その髪に数cmでもいいから触れてみたい。…こんなに近くにいるのに、。

「にしても、海って落ち着くよね」

「むむむ、そうか?」

「…うん、僕のことを表してるみたい、」

え、と思わず変なこと声が出てしまう。類を表してる?、それは一体どういう意味なんだろうか。そもそも、意味なんて…、

「ねぇねぇっ!、海入ってもいい?」

「今からか!?」

えへへ、と眩しい笑顔を見せてくれる。ここ最近、ふとした時に類は良く暗い顔をしていた。周りと一緒にいる時だって、昼の屋上だって。ふとした瞬間に見せる、その顔に少し不安を覚えていた。

「そんな笑顔で言われたら敵わんな…」

そんな小さな声も海の波音で消されていく。波、結構高くないか、?

「少しだけだからな、」

「うんっ、!」

浅い所なら大丈夫か。…本当、に?

キラキラと光る海の中に類が入っていく。その光景は何ともまぁ綺麗だ。

「…..あと、何日一緒にいれるんだろうな、」

ぽつりと弱音が出てしまう。あと何日、こんな会話が出来るんだろうか。あとどのくらい、類は笑顔でいられるだろうか。

きっと類は死を受け入れてる、受け入れて残りの寿命を大切にしようとしてる。進もうとしてるんだ、。…..だけど、オレはずっと止まってる。今でさえも夢じゃないかって思ってる。

悪い夢だって。ただの悪夢だって。馬鹿みたいに言い訳作って、逃げ出してる。

「あーぁ、死ってこんなにも怖いんだな」

そんな弱音も波音が全部消してくれる。自分の思いも気持ちも全部全部、消えて無くなればいいのに。こんな醜い感情、早く捨てられれば。

「…..やめだ、やめだ、考えるだけで無駄だ」

落としていた視線を前に向ける。水面がキラキラと輝き、反射して…..って、あ、れ?

目の前の光景に恐怖を覚える。…人影、そもそも、人自体が見当たらないのだ。顔が段々、青ざめていく。

「…ま、まさか、海で溺れた、?」

勢いよく立ち上がり、海の方に走っていく。砂浜だとこれまた走りづらい。だけれど、そんなの気にしている場合ではなった。

大好きな人が、オレにとっての希望が消えてしまう。たった、あと数十日しかないのに。

「…..ッ!、」

そんなの絶対に嫌だ。

オレは無我夢中で海の中に入っていく。いまさっきよりも波が高い。

…もし、もうダメだったら。溺れて、海に沈んでたら?

「やめろッ!、そんなこと考えるなッ!」

最悪の状態が頭に浮かび、冷や汗が止まらない。頼む、頼むから、まだッッ、

「あ…..、みつ、けた」

膝まで足が浸かったくらいのところでやっと見つけた。今まで荒かった呼吸を落ち着かせる。…よかっ、た、。

「っ、類ッ!!、戻ってこいッ!」

オレよりも数メートルも前にいる。何とか…間に合っ、

「る、類、?聞こえてるのかッ!?」

大きな背が段々と海に呑まれてく。は、止まらないのか、?このままでは、本当に溺れるんではないだろうか。

「おいッッッ!!、無視をするなッッッ!!」

自分なりの大きい声…、いつもよりも数十倍大きい。きっと、周りにいれば鼓膜が破れるくらいの声量だと思う。

どうしてだッッ?、あのまま進んでしまえば、もうッッッッ、

「類ッッ!!、類ッッッ!!!」

必死に彼の名を呼ぶが全くもって聞こえていない。180cmの長身がみるみるうちにもう下半身まで呑まれている。

「ッッッッッ!、くっそッッッ!!」

叫んだところで届かない。届きやしない。こんなにも目の前にいるのに。ただ、置いてかれてく。手を伸ばしたって、あの背中に追いつけるはずがない。…そうやって、オレを置いてくのか、?、孤独を嫌ったのはお前じゃなかったのか、?

「…..ッッ、」

海では足が酷く重たい。転けてしまえば、もう立ち上がれないであろう。

__たが、そんなのどうだって良かった。

お前を1人になんかさせない。…死ぬ時は誰かに看取られていた方が、嬉しくないか、?

「…ッッッ!!、待てッッ!、バカ類ッッ!!!」

「…え、?」

やっと、数メートルが埋められた。思いっきり手を伸ばし、手首を引っ張る。

「…つか、さくん、?」

目にはいっぱいの涙を浮かべた月色の瞳がオレを映し出す。

「…ッッッ!!、馬鹿ッッ!、馬鹿なのかッッ!!」

…あぁ、暖かい。生きてるんだ、まだ彼は。ここにまだ存在してるんだ。

「ほんとにッッ…おまえって、やつは…ッ」

「…..っ、ごめん、なさっ」

「__しぬなら…オレも連れてけ…ばかぁ、」

「へ、?」

本音がぽろりと漏れる。1人取り残されるぐらいなら、類と一緒に死ねるのなら、どんなに楽だろうかって。

この数日間ずっと頭の中をぐるぐる回っていた。こんな言葉、口にしてはいけない。類にとっては最低で禁句な言葉。分かってた。分かってた…のに、。

自然と言葉が溢れて、。

「つかさ、くん…なにいって、」

頬を伝う涙がキラキラと海の中に沈んでく。それが何よりも美しい。

「…そのまんまの意味だ、」

ごめんなさい。ごめんなさい。

類にとって死は苦しいことなのに。生きたくても生きられないのに。今出てくる言葉はどれもきっと間違いだ。

でも、これがオレにとっての正解であり、答えだ。

「…オレは本気だ、」

「…..っ、」

酷く驚いた顔も何もかも愛おしい。あーぁ、好きだなぁ、。…今なら、いや、ずっと好きだって言える。だってこんなにも…っ、

「…ありがと、う」


__バシャンッッ

身体が自然と引っ張られる。類がどんどん沈んでいく。海の中はこんなにもゆったりしてるんだな、。絡められた指は次第に力がなくなってく。

オレはこのまま死んで、__

「かひゅっ、」

肺に酸素が突然入らなくなる。まるで喉に何かが詰まったように息が吐けない。

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。

…くる、しい。くるしい、いきができない、。

溺れる、このまま、オレは海の中で消える、?オレは消えてなくなるのか、?

まだやり残したことは?、咲希は?、母さんや父さんは?、こんなこと分かってたはずなのに。

苦しいことだって、類と死ねることが嬉しいことだって、知ってたのに。

__何故か怖くって、。

あれだけ死ねるのは嬉しいと思ったのに。好きな人と一緒になれるのは幸せなことだって思ったのに。どうして、どうして、?

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい

しにたくな、い、っ、

バタバタと海の中で暴れ回る。苦しさで頭がパニック状態だ。…嫌だ、まだ生きたい。まだ、まだ、ッッ、。

必死に上に上がろうとするが、水面からは遠のいていく。繋いでいた指には力がない。

…..類はもう、死んでしまったのだろうか。

【オレのせい】で?、あんなこと言ったから、?、一緒に死にたいなんて欲張ったから?

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッッ!

オレのせいだ、オレのせいで類はッッッ!!!

もう、水面には到底届かない。…くるしい、。こんな、かたちで、おわるのか…、っ。あっけなかった、なっ、。”赤い花びら”が水の流れによって、キラキラと輝き続けている。

__今からオレもそっちに行くぞ、類っ、。

口と口を重ねる。海のせいでなのか分からないが異様に冷たく、…感覚なんてなかった。









「ん…..っ、」

目を覚ますと、いまさっき居た場所、砂浜に横になっていた。

「ぁ、ぇ、オレは死んでっ、?」

どうして生きてる、?、確か海に溺れてっ、。辺りはすっかり真っ暗になっており、数少ない灯りがこちらを照らしていた。

これは夢、?

「夢じゃないよ、」

「…え、?」

「おはよう、いや、こんばんは…かな?」

普段聞いて安心出来る大好きな声。大好きで大好きでたまらない彼が、今びしょ濡れの状態で立っている。

…夢、夢なんだよな、それか天国、???

頬を思いっきり引っ張るがとてつもなく痛い。これは現実なのだ。紛れもなく。じゃあ、どうやって…、?

「、ごめんね、巻き込んで…っ、」

突然開かれた口はずっと震えている。冷えきった身体はびくびくと震え、何かに脅えていた。

「…本当はさ、1人で消える予定だったんだよ、」

知ってる、そんなこと。お前のこと、いや類のことを1番分かってるのはこのオレだ。…..分かってるのに、。

「でも、海の中に入った途端怖くなってッ、もう大切な人とも会えないんだって。大好きなショーも出来ないんだって。」

海に月の光が反射し、キラキラと輝く。その光に釣られるようにぼんやりと眺める。

「…..正直怖かった、ずっとずっと、いつ死ぬかも分からない瀬戸際で、。生きてる心地がしなくって、」

吐き出される一つ一つが弱々しく、海の音と共に消えていく。

時は常に残酷で止まることなんて一切ない。現に今もずっとずーっと進んでいる。この一瞬一瞬も平気に過ぎていく。

そしてそれは__大切な人との時間も例外ではなかった。

「………..っ、」

何も言えなかった。言えるはずがなかった。

こんなにも怯え、苦しんでいるのに。オレはあぁも簡単に”一緒に死にたい”だなんて、。

__最低、だ。


そこからの話はよく覚えていない。類が必死に何かを伝えようとしてくれているのに言葉が耳からスっと抜けていく。

どこまでいっても最低で、自分のことしか考えられない自分がとにかく大嫌いで。

ごめん、類。

ただ、謝り続けるしか、オレには残っていなかったんだと思う。

__後悔してからでは遅いというのに。








「……..よし、以上が卒業式の日程だ。」

窓の景色をぼんやり見つめ、何も考えず無心になる。担任がなにか熱心にこちらに語りかけていたが、そんなのどうでも良かった。

……..残り1日。

そのことだけが脳内に響き渡り、そして何度も再生される。学校に来るのもこれで最後。クラスの皆と会うのも最後。勉強するのも、屋上で昼食を取るのも、どれもどれも全部全部全部最後。

もう後戻りなんて出来なければ、時間を巻き戻すことも出来ない。

決められた運命からはもう逃れられない。

「……..司、くん?」

大切な人を失う気持ちが周りにはわかるだろうか。好きでたまらない、手離したくない人を失う気持ちは一体誰が分かってくれる?

「……..どうした、類?」

家族、友人、恋人がいることが当たり前になっている奴らに何が分かる?

「少し、だけ…..話がしたい、な」

静まり返った教室に、今にも枯れそうな1輪の花がこちらをじっと見ている。何時散るか分からない、弱々しい花が。

「……..あぁ、構わないぞ。」

そう答えれば、嬉しそうに微笑む。その顔さえも、オレにとっては毒でしかないとは知らず。









ソファ近くにそっと鞄を置く。何度も見なれたこの家も、もう見れないのだろう。この踏み場のない床も、心做しか綺麗になっている。隅の方にはダンボールが置かれ、まるで引越し作業でも行うみたいだ。

「ごめんねっ、突然呼び出して。僕も家に呼ぶつもりは無かったから、」

あわあわと忙しそうに荷物をまとめ、

「座ろっか、」

教室で見た笑みを浮かべる。だが、その顔はさっき見た時よりも寂しそうに、そして今にも消えてしまいそうにも見える。

何時もなら、今までなら。このソファに座って話すことは、楽しくて仕方なかったのに。ショーの話だって、クラスのことだって、笑顔が溢れるものばかりだったのに。

………苦しい。

吐き出せないこの気持ちも、晴れることの無いこの現状も。

「…………….さいご、だね。」

顔を合わせず、俯くことしか出来ない臆病な自分も、類を安心させる言葉を掛けられない自分も、

「…..最後だけは、さ。君とどうしても一緒に居たくって、」

なにも、……できない、じぶん、も、

鼻の奥がじーんとして、零れてくる何かに必死に耐える。零す訳にはいかない、こんな姿が見られれば、きっと不安にさせてしまうから。

「あの、ね、僕、これまですっごくたのしかったん、だ」

いつも通り、明るい口調で話す類。だが、その声はどこか震え、怯えているようだった。

「皆で学校サボったりさ、屋上で大きい花火上げたり、校内でかくれんぼしたり、。」

思い出される、この1ヶ月間。類のやりたいことを詰め込んだ、あの手帳も何処か懐かしく感じる。

「ぁ、あと、海にも行ったりして、。海に入った時は驚いたけど、……」

くすっと笑った顔も見ることが出来ない。いいや、見たくない。見てしまえば、抑えていたものが零れて落ちてしまうから。積み上げてきたものが、想いが、壊れてしまうから、

「それと….、たくさんショーもしたよね、。セカイに行って今までやってきた舞台を振り返って、鑑賞会もして、。君に、たくさんの演出を付けて、」

「……..っ、」

「……..ほんとに、楽しかったなぁ、。この1ヶ月間。楽しくて…..たの、しくって、」

類のズボンの上にぽたぽたと落ちる大粒の雨。それはまるで我慢してたかのように、どんどん落ちていく。落ちて落ちて、ただひたすら、地面を濡らして、

「……..ねぇ、つかさ、くん」

大切な人、いや”大好きな人”から名前を呼ばれ、やっと目が重なる。

「ふふふっ、ひどい、かおだね、」

目元は赤く腫れ、微笑むその姿は何よりも美しく、そして何処か儚い。降り続ける雨は一層止まらず、こちらまで降ってしまいそうで。

「……..わがまま、きいてほしいな、」

絡み合った視線に、想いに、感情がぐちゃぐちゃで、

「……..ッ、良いっ、幾らでも聞いてやるッッ”っ、」

そう答えれば、心底安心して__



「……..しにたく、ないな、」



出された言葉と表情に、雰囲気に、

オレは耐えられなかった。


「…………….ぇ、?」

思わず思いっきり、床に押し倒し、覆い被さる。果たして今自分がどんな顔をしているか分からない。きっと酷い顔をしているんだろう。

「……..つかさ、……く、」

耐えることを忘れた雨が類の顔に大粒となって落ちていく。歯をぐっ、と食いしばり、涙を止めようとするが、一向に止まらない。ただ、自然に流れていくだけ。

「…………….ッッ”っ、」

類の左手首を離すまいと力強く握り続ける。もしかしたら、痣が出来るかもしれない。一生モノの、

綺麗な瞳がこちらをいっぱいに映し出す。

「……..ごめん、ごめん…….すまない、るい、」

こんな無力な自分が、何にも抵抗出来ない自分が、全部全部全部全部全部全部全部

__だいっ、きらいだ、

「……..っ、やめてよ、……..そんなかお、しないで….よ、。そんなの、そんなの、ぼく、は」

ずっと、苦しめてきたと思う。

オレがずっと逃げ続けていたから、ずっと、現実逃避してきたから。

大好きな人の死を受け止めきれず、時間に抗おうと無駄なことをして。

「……..ずっと、ずっと、…….怖かったんだ、」

目の前から、大好きな人が居なくなるのが。認めたくなかった、受け止めたくなかった、この状況を。変わりもしないこの想いも。

認められるはずが無かった。ずっと、隣にいた大好きな人に想いも伝えられず、突然消えることに。

「……..お前を手放すことが、離れていくこと、が、」

類の瞳は何かを見透かし、見ているだけで自然と素直になれる。不思議と何に悩んでいたか分からないくらい、

「……..オレって、とんだ臆病者なん、だな」

言葉と一緒に涙も流れてくる。

「…………….っ、」

「2人で海に行った時も、オレは何も出来なかった。海に入っていく類が逆に美しく見えたぐらい、」

あの時、あの瞬間、


「……..おいて、かれたくなか、った、」


1人がどんなに辛いかなんて、類が1番知ってる癖に。周りに仲間がいるのに感じる孤独を、ぽっかりと空いた穴が埋まらない喪失感を。…….1番知ってるはずなのに、。

「……..どうして、オレをおいていく、」

また、お前は先に行ってしまうのか、

海で1人で居なくなろうとした時のように、また1人で消えるつもりなのか?

__そんなの、オレは望んでない。

まだ、伝えきれてないのに。何ひとつ、伝えてないのに。類から沢山貰って、貰って、貰い尽くして。返すことすら出来てないというのに。

「何も返せてないっ、お前に何ひとつとして返せてないのに、」

「…………….、」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ。ひとりにしないでくれ…..オレの前から、居なく…..ならない、でくれ、」

きっとまた、苦しめている。オレの我儘のせいでまた締め付けられている。

でも、今は我儘でも何でも言わせて欲しい。伝えさせて欲しい。今にも枯れそうな”花”に、

また、涙がぽたぽたと類の顔を濡らしていく。

愛してやまない、ずっと、ずっと大好きな人、

「……..なぁ、、るい、」

震える手でそっと頬を撫でる。その頬はどこと無く冷たく感じる。未だ泣き止まない目元は赤く腫れ上がっていた。

「……..きいてほしいんだ、」

そう言って無理やり笑顔を作り出すが、上手く出来ない。上手く、……笑えない。

「この1ヶ月間、すごく楽しかった、」

色々なものに触れ、沢山のことを経験して。そんな時、隣には何時も必ず類がいて、一緒に泣いて笑って。その時間を共有して、

「お前と出会えた全てが、オレにとっては宝物なんだ、」

初めて知るこの感情も、止められない身体も。

外はすっかり陽が沈み、真っ暗になりつつある。部屋の電気を付けてないせいか、より暗く、まさに暗闇にでも入ってしまった気分で。

「宝物で、……絶対に失いたくない存在なんだ」

簡単な3文字が上手く声に出ない。何に躊躇っているのか分からないぐらい、その言葉は喉を通ってこない。

「…….だか、……..ら、」

唇をぎゅっと噛み締める。

伝えなきゃ、伝えなくては後々後悔するから。す、る……から、。

類はずっと、目を逸らさずに見てくれている。未だ、目元に涙を貯め続け、必死に抑えているというのに。

「……..つたえ、なく……ては、」

「……………ッッ”っ、」

つたえ……るん、だろ、

心を落ち着かせようと大好きな人の手首を握る。それはまだ暖かく、もう消えるなんて到底思えない。

__大丈夫、大丈夫だから。類はオレの全部を受け止めてくれる。

「……..あの、な、るいっ、」

揺れ続ける想いも今日で終わり。楽しかった思い出の、…..最後になるから、


「オレはるい、の笑顔がだい、すきで」

優しく笑った顔も、

「いつもとなりに、いてく、れてっ」

楽しそうに笑う顔も、

「いっしょに、時間を、共有でき、……て」

宝物だった、類と過ごした日々が、

「……..ッ、、幸せだった、」

泣き叫びたい気持ちをぐっ、と堪える。そして、ゆっくりと

「……..ずっと、ずっとまえから、オレはお前のことを、__」



































……..言うはずだった。

出かけた言葉を塞がれ、目を大きく見開く。口元は類の手で覆われ、言いたくても言えない状況になる。

類は何かに堪え、目を合わせてくれない。


__何故、どうして、


そればかりが頭に浮かび、類に何一つとして声をかけれない。何かを必死に堪える姿は見てるだけでも苦しくて。

涙が頬を伝って、綺麗な指に落ちていく。

「だめ………だ、め、、なんだ、よ、、」

喉から絞り出された声は初めて聞いたものだった。綺麗な瞳は揺れ、強く噛んでいた唇が血で滲んでいる。

「…….つかさ、くんは、」

やめてくれ、お願いだから、

「やさしい、から、」

嫌だ、そんなの聞きたくない、

「………ぼくじゃ、にあわないよ、」

無理やり作られた笑顔は顔が引き攣り、必死に涙を押さえ込んでいるのが分かる。

「それに、、さ、」

赤く腫れ上がってるであろう目元に類の手が当たる。その手つきはとても優しく、尚更涙が込み上げてくる。


「ぼくは、もう時期、死ぬんだから、っ、!」


安心させようとへらっと笑っているのだろう。だが、それでさえもオレにとっては、キツく苦しくって。

「………ッッ”っ、」

「きみに、……..後悔して欲しくないから、」

時は常に残酷だった。

「………つかさくんは、お人好しで、優しくて人想いだからさっ、」

明日にはもう、

「………ぼくよりもっ、素敵な綺麗な女の人がいると思うから”っ、!!!」

会えないというのに。

「だから”っ、だか……..らっ、」

両手で頬を引っ張られる。

「………さいごぐらいっ、わらってよ、」

「……..ッッ”っ、ぁ、……..ぁっ、、」

「ぼくね、つかさくんの笑顔が大好きなんだ、」

今さっきの作り笑いが嘘だったように、オレの大好きな笑みを浮かべる。その笑みはあまりにも暖かくって、

「………ぁっ、あ”あ”あ”あ”ぁ”ぁ”っ、!!」

思わず胸元に飛び込み、子供のように泣きわめいてしまう。ずっとずっと止まらない涙は類の服を濡らしていく。

「もう、やめてよっ、、そんなに泣いたら、ぼくっ、、」

この暖かさは、変わらずにここにあるのに。ずっと変わり続けること無く、ここにあるのに。

どうして、こんなに遠くに感じる?、


次は?、

「ぼくも、………っ、」

次は?、

「きみと、………出会えてっ、」


「しあわせだった、よ、」


いつ会えるの?、


床に綺麗な赤い花の花弁がひらりと落ちる。赤色はとてつもなく綺麗で美しく、地面を彩っていく。

この時間も止まってくれればいいのに。

オレの命を引き換えにしたっていい。

大好きな人の明日が、未来があるのなら、オレは何だって引き換えに出来る。

__いつだって、もう要らないって言われるぐらい好きだと伝えられる、のに。

「……..ありがとう、司くん。」

胸元で泣きじゃくるオレを包み込んで離さない。それに答えるようにオレも強く抱きしめ返す。












__大好きだ、類。この世界で1番。














































翌日、まもなくして類がこの世を去った。

僅か18年という短い人生だった。

亡くなった次の日は葬式で、それと同時に卒業式も一緒の日程になっていた。

オレは迷うことなく卒業式を休み、そして

__類のお墓の前にしゃがみ込んでいた。


似合わないスーツに、持っていた花を差し込む。鞄から類の大好きだった物を並べ、ゆっくりと微笑む。

「逢いに来たぞ、類、」

独特な匂いを放つ線香をさして、手を合わせる。

今にも流れてきそうな涙をぎゅっと抑えて、笑顔を無理やりつくる。

彼が大好きだと言ってくれた笑顔を浮かべて。

__きっとまた、逢えるから、



お墓の周りには綺麗な”白銀の百合の花”が咲いていた。それが風によって微かに温かく揺れる。まるで、大好きな人が逢いに来てくれたかのように。

オレは離れたくない気持ちを何とか押し込んで、立ち上がる。


__口元からは赤い花弁が静かに地面に落ちた。

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