テラーノベル
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週明けの月曜日。教室の窓際にある自分の席に座って、ぼんやりと空を見上げていた。目に映るのは、季節外れに残った入道雲と、その向こうでじんわり色づきはじめた秋空。まだ夏と秋の境目を行き来しているような空は、まるで膨らんでいく自分の気持ちみたいだった。
(あれから氷室とは……)
先週の金曜日、図書室を出るときにかけられた「また明日な」のひと言。それを思い出すたびに、胸の奥が不思議とあたたかくなる。
(——でもあの微笑が、誰にでも向けられるものだったら? 俺だけに向けられているって、勘違いだったとしたら……)
そんな不安がふと過ると胸の奥がモヤモヤして、勝手に不安定になった。言葉にできない感情を、あの入道雲に預けて、どこか遠くに流してしまえたら、どれだけ楽になれるだろう。
「葉月、プリント早く回して」
「……あ、ごめん!」
前の席の女子に呼ばれてやっと我に返り、慌ててプリントを後ろに渡す。ぼーっとしていたのを見た、隣の席の林田が意味深にニヤニヤしていた。
「おいおい奏~、なにぼーっとしてんだよ。恋でもしてんのか?」
「は? してねーし!」
「なんだかなぁ。その反応が、逆に怪しいんだよな~」
からかい半分の林田の言葉に、思わずムキになってしまう自分がいた。
放課後。今日は学年行事の準備日で、文化祭の班活動がスタートした。廊下の窓の外には、赤や黄色に変わり始めた桜並木が夕日に照らされていて、校舎全体が少しだけオレンジ色に染まっていた。
班分けは2年生全員のくじ引きで決められる仕組みで、俺の班には氷室もいた。偶然といえば偶然だけど……それでも、胸がじんわり温かくなる。
「葉月、ここの寸法測っておいて」
「あ、うん!」
氷室が渡してくれたメジャーを手に、俺は装飾用のパネルのサイズを測りはじめた。氷室は資料を手にして、班員にテキパキ指示を出している。その真っ直ぐな声が、なんだか心地よかった。
班のメンバーがざわざわと雑談しながら作業を進める中、俺たちは淡々と手を動かした。でも、それが不思議と落ち着く。
「葉月、それ逆になってる」
「え、あ……!」
パネルの上下を間違えていた俺に、氷室がそっと近づいて正してくれる。指先が触れそうな距離に、思わず息が詰まった。
「まったく。本当に、君は注意力がないよな」
「う、うるさい……自覚はあるけどさ」
氷室がふっと息を漏らす。けれど、呆れたようなその表情は、どこか優しく見えた。
夕暮れの窓から差し込む光が、氷室の横顔を金色に縁取る。それは見惚れてしまうくらい綺麗で、その瞬間、なにかが胸の奥に灯った。
(あの笑顔をまた見たい。氷室、俺だけに向けてくれないかな——)
それが“恋”なのかどうかは、まだわからない。けれど、もっと近づきたいと思ってしまった時点で、もうきっと答えは出ている。
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