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クレアたちにつけていた小蜘蛛に自分の視点を合わせる。
何と、クレアは男たちとまぐわっていた。
初級ダンジョンだから余裕があると思い込んでいるのだろう。
男のうち二人が周囲を警戒し、クレアは残った男二人の相手を同時にしている。
三人の耳には届いていないようだが、それも時間の問題かと思う大きな嬌声を上げていた。
お蔭でモンスターがひっきりなしだ。
モンスターを相手取る二人は、ドロップアイテムを拾いもせずにモンスターだけを牽制し、早く交代しろ! としつこく喚いている。
我慢できなくなったのだろう。
モンスターと対峙していた男が一人、クレアにむしゃぶりついていた男を無理やり引っぺがして、成り代わった。
「痛てっ!」
足元に下着とズボンを絡ませた男が、無様にも仰向けに転がった。
「おい! お前ら! いい加減にしろっ!」
転がった男の頭が、最終的に一人でモンスターを屠っていた男にぶつかってしまう。
男は怒りのままに声を荒らげる。
しかし、クレアに夢中になっている男どもの反応は鈍い。
転がった男はよろよろと起き上がり、戦闘に加わろうとせずに、そのままの格好でまだクレアを貪ろうとしていた。
「こんのっ!」
モンスターに剣を向けながら男は、器用に転がっていた男を蹴り飛ばした。
無理もない。
既にモンスターは一人で倒せる数ではなくなってしまっていた。
そのタイミングで彩絲は小蜘蛛たちに指示を飛ばし、モンスターを男たちに向かって追い立たせた。
対峙しているモンスターの軽く倍はいるだろう数が、一気に男たちとクレアへ躍りかかる。
「ひぎゃああああああ!」
男の股間にそそり立つそれが癇に障ったのだろうか。
人の顔ほどの大きさしかないニーカの鋏が、男のそれを無残に切り落としていた。
切り口からは、驚くほどの血液がぴゅーと噴射される。
「ぽ! ぽーしょん!」
部位欠損を治すポーションは非常に高価で、手に入りにくい。
王都の教会であれば治せるだろうが、ポーション以上に莫大なお布施が必要だ。
男はニーカが鋏に挟んでいるそれに手を伸ばそうとした。
モンスターなりに何かしら察するものがあったのだろうか。
ニーカは鋏で挟んでいたそれを、さくさくと切り刻んでしまった。
「うそだぁ! うそだぁああああ!」
切り取られた部位が残っていれば欠損部位の再生ではなく、くっつけての治癒となったので、かかる費用も安く、完治する確率も段違いで高かったのだ。
「ちくしょう! ちくしょう!」
股間からだらだらと出血をさせた男は、震える手で取りだしたポーションを股間に振りかける。
出血は止まったようだ。
ポーションを取り出すときに、ポケットに入っていたネラが転がり出したことには気がついていないだろう。
周囲を見回したネラは、誰を助けるでもなく、転がりながら走って岩場の影にうずくまった。
狂乱する男を見る目は、ざまぁみろ! とばかりの蔑みを孕んでいた。
ポケットの中は居心地が悪かったらしい。
「おまえ、おまえのせいだ! このやろうっ!」
「おいっ!」
いまだ一人で懸命にモンスターと戦っている男へ向かって魔法が放たれる。
「ぎゃああああああ!」
至近距離で放たれたファイヤーボールは男の上半身を焼いた。
特に顔の火傷が酷い。
「な、何をやってんだ? くそがっ!」
クレアの体を突き飛ばしたリーダーが、焼かれた男にじゃぶじゃぶとポーションをかける。
お蔭で火傷は随分と治まった。
それでも見た人が思わず顔を背ける、痛ましい火傷独特の引き攣れが顔に残ってしまっている。
「ばか、じゃ、ね? おれじゃなく、て。やるなら、やつ、だろ?」
リーダーからポーションを受け取った男が、ここにきてようやく独り占めしていたクレアを離した男に指先を向けた。
「あ? あ? あぁ! あああ! そうだ! そうだな! そもそも、きさまがおれを、ひっぺがさなければ、よかったんじゃねぇか!」
再びファイヤーボールが放たれる。
「きゃあああ!」
しかし炎は咄嗟に伏せた男を通り越して、クレアの頭部を焼いた。
アリッサが好んだ垂れ耳の上部が焼けただれて、長い耳が両方ともぼたりと落ちる。
「いたい! ひどい! ひどい! いたい! わたしがなにをしたっていうのよぉおお! あんたたちをよろこばせてあげたじゃないのぉ!」
男たちの鞄から素早くポーションを抜き出したネラが、クレアの肩に乗ってちぎれた耳の根元にポーションを振りかけようとした。
「よこしなさい! よけいなまねはしないでっ!」
しかしクレアはネラからポーションを奪って、ネラの体を叩き落とした。
「だいたい! なんであんたが、けいかいしてないのよ! おとこをよろこばせられないんなら! しゅういのけいかいぐらい、やってあたりまえでしょう!」
ポケットに突っ込まれて目を回していたネラに対して酷な話だと思うも、気がついてもネラはポケットの中で安穏としていたのではないかとも考える。
ポケットから出たあとも、ただ様子を見るだけで警戒を一切していなかった。
「ひ、ひどいっ! 聞いて! 聞きなさいよ! ネマ、ネイぃいいい!」
男たちが内輪もめしている間に追いついていた三人は、粛々と集まったモンスターを倒していた。
ローレルの調整されても凄まじい氷魔法に、男たちは自分の状況も忘れて見惚れている。
ネマとネイもローレルが取りこぼしたモンスターを確実に屠っていた。
「……何を言ってるの? 私たちに関わらないって、ネラ姉も入っているんだけど」
モンスターを絶命させながらも、ネイに替わって答えるネマの姿は、ネラと比べものにならぬほど姉らしい。
「それは! そう、だけど! こんな緊急事態なんだから! 助けてくれるの、当たり前じゃない!」
「愚かな、ネラ姉。ただの内輪もめが緊急事態とか、寝言は寝ているときに言って」
モンスターの数が減ったので、ネイはドロップアイテムの回収に入っている。
ニーカの身とレアドロップのニーカの爪肉、スカイフィッシュの切り身、焼いた肉特有の匂いがするミートスライムの肉、硬くて癖があるけれど栄養価が比較的高めなダントンの肉と、レアドロップのダントンの足に加えて、ゲジ肉の塊が山と落ちているのだ。
アリッサに食べさせたい料理の数々が頭に浮かぶ。
何でも完璧にこなす御方には遠く及ばないが、彩絲はそれなりに料理もこなす。
ノワールが黙っていなさそうなので、腕前を披露する機会に恵まれるかは微妙だが、一度くらいは手料理を食べてもらいたいものだ。
怒り狂ったネラが、またしてもネイに襲いかかろうとする。
一番弱いと分かっている者を狙う屑。
狙った相手が実妹だというのだから、本性が知れるというものだ。
彩絲は小蜘蛛を三匹ほど放って、ネラの体を蜘蛛糸で完璧に拘束した。
拘束したネラを見下ろす。
這いずって逃げようとするので、蜘蛛糸を爪で引っかけて目線まで持ち上げる。
背けた顔を無理矢理正面に向けさせた。
「妾は、関わるな、と言ったぞぇ?」
「緊急事態じゃないのっ! あんなっ! 酷い、けがっ!」
「自業自得じゃ。初級ダンジョンとはいえ、欲にかまけて盛っておるから、あんな目に遭う。尻拭いがしたければ、己が身でするがよい。転売時に借金が加算されるだけじゃから、
まぁ、ない頭でよく考えた方がいい、と最後に忠告しておこうかのぅ」
「転売って!」
「うぬとクレアは決定じゃろうな。主も拒否はせんだろうて」
「ふざげないでょぅ! あたしの、みみ! あるじだって、すき、って! すきっていったじゃないのよぅ!」
呆然とするネラに変わって、拙い口調でクレアが喚く。
クレアの言うとおりアリッサは兎人の耳を、特にへたれている愛らしい耳を好んではいる。
だが妹のセシリアもいるし、現時点でクレアの耳は欠損しているのだ。
転売するにしても、せめて治癒してから……と優しいアリッサは言うかもしれないが、彩絲は二人と男たちにこれ以上優しい対応をする気が、すっかり失せてしまっていた。
「今は、欠損しておろうが。主が愛でるのは何も外見だけではないのじゃ。貴様の無礼を許すほどには、好ましくはなかろうて。そもそもじゃ! 我らに関わるなと申しつけたであろう? 奴隷の分際で好き勝手をしたんじゃ、最後まで貫き通すがよい。欠損を治して主に縋りたいと戯れ言を吐くのならば、せめて欠損ぐらいは己で治すがよかろう」
クレアがネラから奪ったポーションは、最低限のものだったらしい。
出血こそ止まったものの、痛みは酷いようだ。
自分が持っているポーションは初心者セットに入っていたポーションのみ。
クレアは震える手で、使う必要のないポーションまでを使い果たしてもまだ、苦しげに喘いでいる。
「ちょっと! なに! ぼさっとしてんのよ! 早く高級ポーションを寄越しなさいよ!」
戻らなくてもよかった不遜な命令口調で、クレアがリーダーに向かって手を突き出す。
リーダーは、銅ランクパーティーが持っている中でも最低限の収納しかなさそうなマジックバッグの中を覗き込み、首を振った。
「すまない。欠損を完治できるポーションは切れているようだ。おい! もっとポーションを飲んどけ! おまえもだ!」
リーダーは口先ばかりの謝罪をすませて、パーティーメンバーへポーションを配っている。
火傷を負った男も、性器を失った男も、患部に振りかけたり直飲みしたりして、いくらかは状態は勿論、気持ちも落ち着いたようだ。
喚き続けるクレアの、欠損した耳や焼けただれた顔を見て、溜飲が下がったから冷静になってきたのかもしれない。
「……大変申し訳ないが、私たちは護衛を切り上げて帰還してもよいだろうか?」
初級ダンジョンとはいえ、パーティーの損傷を考えて続行は難しいと考えたようだ。
あと一階も我慢できぬのか! 生温いことを抜かすでないわ! と言い放ってもよかったのだが、ここはあえて許しておく。
その方がより多くの人間に、自らの犯罪行為を知らしめす嵌めに陥るだろうから。
「ふむ。それは我らに聞くべきことではないのぅ」
唇を噛み締めたリーダーは、クレアの前に跪く。
「護衛の依頼を最後まで達成できないで大変申し訳ないが、共に帰還してくれないか?」
「とも、に?」
「ああ。冒険者ギルドに預けてある金を引き出して、教会へ行くか、高級ポーションを購入するか、ギルドの職員に相談してみよう。君の欠損も、彼らの怪我も完治できるはずだ」
さてさて銅ランクパーティーの彼らにそこまでの預金があるのだろうか?
冒険者の大半は、宵越しの銭は持たねぇぜ! を信条としているし、この男たちは悪い意味での、典型的な冒険者でしかないように思う。
職員に頼んでクレアとネラを売り飛ばして、自分たちの治療費に充てる魂胆といったところだろうか。
「でも、彩絲さんが、助けてくれれば!」
「違反行為が過ぎる愚かな奴隷に、与える慈悲はない。このままダンジョン攻略ができぬというのなら、冒険者ギルドで我らの帰還を待つがよかろう」
潤んだ瞳で必死に訴えてきたところで鬱陶しいだけだ。
「そうそう。忘れずにネラも連れて行くのじゃぞ? 何度も言うようだが、貴様らは主の奴隷なのじゃ。ゆめゆめそれを忘れるでない!」
しつこく縋る目を向けてくるクレアに背中を向ける。
逃げようとしていたネラもリーダーに回収され、マジックバックの中に放り込まれた。
犯罪者の扱いに、ネマとネイが眉根を寄せた。
姉が犯罪者扱いされたのに怒りを覚えたのではない。
アリッサの奴隷が、犯罪者扱いされたのに怒りを覚えたのだ。
ローレルも、よろしいですの~? と窺う目を向けてきたので、目を閉じることで、構わないのだと、示してみせる。
「では、失礼いたします」
リーダーが深々と頭を下げるのに、パーティーメンバーも続く。
納得がいかないことだらけだ! という不満しかない顔をしているが、彩絲たちと離れてから、リーダーが上手く纏めるのだろう。
今までがそうだったように。
何処までも自分たちに都合良く、事実をねじ曲げるのだ。
クレアだけが頭を下げず、リーダーに強く手を引かれながら、ずっと彩絲たちの背中を見続けていた。
己の未来が絶望に満ちてしまったのだ、と少しは理解できたのだろうか。
「全く。自業自得だというのに、どこまでも不遜な輩じゃ」
「身の程を知らない輩でしたわねぇ~。結局、彩絲さんのお手を煩わせてしまって、本当に申し訳ございません」
ローレルが腰を折るのに倣って、二人も頭を下げる。
「実の姉が……あれほど、愚か者だとは……お恥ずかしい限りです」